第48話 決戦2日前


──2日後、ルーラリアにテレポートさせる。最後の休憩だと思ってくれ。


そう言われて、10時間が経過しようとしていた。

未だ、アークは眠っている。

シキに関しては、


「はぁ!」


ずっと、剣を降り続けていた。

汗水を流しながら、無我夢中でトレーニングをしている。

ハルリに関しては「やることがある」と言ってどこかに行ってしまった。

シグレに関しても常時魔術を発動させていた反動が来ているのか、深い眠りについている。


これが、最後になるかも知れない。


皆、心のどこかでそう思っていた。

けれど、限界を超えた疲労には皆、勝てそうになかった。


(まだだ……)


絶技を極めながらも、シキは現状に満足できていない。


(これじゃ、厄災あれに勝てない!)


その身で味わった厄災の破壊力。

たった2分間だと言うのに、手も足も出なかった。

『無音』が砕け散るアクシデントが無ければ1分も持たなかっただろう。


(アレに勝たないと!)


あれが敵である事は明白だ。

死をばら撒く、本物の厄災。


「負けたくない」


その一心で、剣を振るう。

左手の甲が、痒かった。




──強く、貴方はどこまでも。


誰かの言葉が脳裏に響く。

その言葉の重みを、当時は知らなかった。

だが、今ならわかる。


──全てを、手に入れて。


魔術は使えない。

斬れ。斬れ。斬れ。

そう、頭がいっぱいになって。

斬り裂いて。斬り裂いて。


「いや、一回休むべきだと思うぞ?」


ふと、声がした。

背後を振り向くと、そこにはフードを被った青年。予言者だ。

華奢な椅子に座り、優雅にコーヒーを啜っていた。正午の日差しに照らされるシキを見て、微笑んでいる。


「無理に鍛えても、いずれ身体にガタがくる。休める時に適度に休め」

「……魔術の準備は?」

「今は魔力の補給中だ。儀式の開始までまだ時間はある」


彼の言葉通り、シキが剣を振るのをやめた瞬間、疲労がどっと襲いかかった。


「ッ!」

「だから言ったろ?」


片膝をついたシキに、椅子から立ち上がる予言者。

ゆっくりと近づき、手を差し伸べた。


「時間はまだ残っている。充分、休んでおけ」


言いつつ、予言者はシキの肩を担ぎ、宿の方へと向かい始める。


(魔王に殺させるわけにはいかない。あいつは、俺の……の希望なんだ)




そこは、草原だった。

草と花の生い茂ったそこに、6人の男女がいた。

1人はボロボロのフードの青年。

残りの5人は、■■一行。

この段階で、観測者は気づく。


(これは……夢?)


自分であって自分でない誰か。

その彼は、焦っていた。


──俺が厄災?何言っているんだ。


誤魔化しではない。

本当に、訳がわからないのだ。


「いいや。お前のその殺人衝動は、紛れもない『厄災』だ」


──はぁ?そんなこと言われて納得できるかよ。


仲間たちの目が怖かった。

味方だと思っていた。

一緒に旅をしたのだ。

なのに、


──お前らだって、俺より予言者の方を信じるのかよ!?


その視線は冷たく。

まるで、蔑むような。

犯罪者を見下すような眼差し。


「……」


彼女の沈黙が、重かった。

なにか、言って欲しかった。

フードの中の眼は見えない。

だが、嘘はついていないのは明白だった。


──……ッ!


「……ぁ」

「いい。俺が言う」


喉の奥からの掠れた言葉。

彼は彼女の言葉を止め、一歩前に出た。


「お前、今まで何匹殺した?」

──は?急に何だよ。

「いいから答えろ」


声色に混じった怒気。

それは、とても味方に向けるものでは無かった。


─罫線知るか。覚えてない。

「1247」

──は?

「お前が殺した数だ」


余計に、意味がわからなくなった。

彼の意図が掴めない。

だが、そんなこと気にせず、彼は言葉を続ける。


「内、殺す必要が無かったものが幾つあるか、知っているか?」

──知るか。

「1238だ」

──何だ?正当防衛だろ?


はぁ、と小さくため息をついたのが見えた。呆れているのか。


「そういうとこだぞ」

──だから何が言いたいのか言えよ!

「率直に言うぞ、アルグリア。お前は、殺り過ぎた」


漸く、彼の意図が伝わった。

その言葉を受け止めると同時に、物理的な衝撃が腹を突き抜けた。


「いずれ、お前は人類の敵になる」


彼の一撃。

衝撃は全身に伝わり、吹き飛ばされた。

何度か地面に叩きつけられながら、立ちあがろうとする。

だが、それよりも何倍も早く、彼が迫る。


「俺たちだって、大切な仲間を殺したくない」


そんな言葉とは裏腹に、彼の拳は威力を増していった。

迫り来る拳を何度も弾きつつ、彼女の方を見る。

だが、彼女は両膝をつき、下を向いて項垂れていた。


「だから、汚れ役は俺が担えばいい」

──だから、俺を殺すと?

「ああ」


本音をぶつけ、更に威力は上昇する。

だが、


(!?)


打撃が両者に打ち込まれたと同時に、ノイズが走った。

映像が乱れ、雑音が混じる。


「答え──お──あ──の──い!」


彼の言葉が途切れ途切れとなった。

映像に靄がかかり始め、黒く染まりゆく。


──ははははははははは!!


最後に聞こえたのは、不気味に笑う厄災の声。


(なんだ……これ)


アークがいくら考えても結論は出ない。

黒いモヤが消えると、


「あ……シキ?」


元いた部屋。

けれど、寝る前とは違う点が一つ。

地面に倒れる形で、シキが眠っていた。

アークはゆっくりと立ち上がり、ふと気づく。


(手紙?)


シキの首元に、小さな紙切れが落ちていたのだ。

手紙には汚い字で『頼んだぞ』と書いていた。

部屋の時計は18時を指してあり、窓が緋色に染まっていた。アークは紙をポケットに入れるとコップに手を伸ばし始める。

そして、ぐぃっと水を一気に飲んだ。


(やっぱ水が1番目覚めるな)


疲労は十分取れた。

なら、最後の準備をしなければ。

予言者の話が事実なれば、自分は長くない。


(後輩が頑張ってんだ。俺もやらなきゃな)


そう思い、自分の頬を叩く。

ぺちっと音がし、小さな痛みが走った。

丸テーブルの上に置いていたナイフを取る。


(協力しろよ。厄災)


彼からの返事はない。

当たり前と言えば当たり前だった。

だが、


「……ん」


変わりと言わんばかりに、シキが目覚めた。彼は辺りを見渡しながらゆらりと立ち上がる。


「ッ!」


目眩でもするのか。

ふらつきながら壁に寄りかかっていた。

だが、意識自体はあるようで、アークが近づくと反応した。


「大丈夫か?」

「……ああ」


少し掠れた声。

無理をしているのは明白だ。

アークはテーブルに置いていたコップを持ち、シキの口元に近づける。


彼が水を飲むと、ふらつきが治ったのか1人で立てるようになった。


「すまん、助かった」

「どうも」


最低限の感謝を告げる。


「悪い。トレーニングしなきゃ」


そう言って、部屋から出ようとするシキ。

だが、


「ちょっと待て」


それは、アークに止められた。

気になって彼の方を振り向くシキ。

そして、アークは一呼吸置いて、言葉を紡いだ。


「お前に……もし、万が一俺に何かあった時の為に、伝えておく」

「なんだ?」




だ」

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