第45話 駆け抜けろ


「逃すか!」


怯みはしたものの、切り替えて走りだす。

『無音』の崩壊というアクシデントは発生したものの、十分削れた。

今なら仕留め切れる。


『有光概』。

それは、対象の露出によって効力を発生させるモノである。

アメーバは心臓に『有光概』を仕組んでおり、アークが起爆させた。

それが空気に触れると、フラッシュバンが発生する。光自体に、何か特別なものがある訳ではない。

ただ、『無音』との相性が最悪だっただけのこと。

『無音』は光と強く関係している。

あくまでも『無音』は結界内の光を消し飛ばずだけの技。

それ故、内側から新たに発生した光には途轍もなく弱い。


アメーバは知ってか知らずか。

奇跡的な噛み合いで『無音』を砕いたのだ。


「じゃあね!」

「おぉ!」


即興で拾った木の枝に魔力を込める。

それを、全力で投擲した。

衝撃波を起こしながら進軍するそれを、


「触手!?」


黒い鞭が弾き飛ばす。

アメーバは笑い声を上げた。

苛立ちを覚えつつ、アークは脚に力を込める。跳躍する気だ。

だが、


「待て。行くな!」


それは魔王に止められた。

アークはその言葉を聞くと込めていた力を地面に放出し、魔王の方を振り向く。


「何故だ。アレを逃がす気か?」

「いや、そうではない。コチラとしても仕留め切りたい」

「なら、何でだ」


あくまでも冷静に。

少年は魔王に問う。

だが、


『南側1キロ先』

「は?」


先に口を開いたのは預言者だった。


『似たような邪悪な気配を感じ取った。それも、かなり強大な力だ』

「!?」

『さっきまでにも強大な気配があったけど……どこかに行ってしまった』


コンパスもなければ吹雪で方角を視認しづらかった。

だが、よくよく考えれば、アメーバが逃げた先は、南。


「もし、二つの気配が合流すれば、君は勝てない。それに、そこの少年の件もある」

「……」


悔しかった。

が、それ以上にシキの回復を優先しなければならない。

そもそも、目の前の男は敵なのだ。

共通の敵が居たから協力しただけ。

だが、お互い今は戦う気になれなかった。


「では、余はこれで」

「ああ。


心からの感謝を受けたクエートは、目が点になった。不気味に思って訝しむアーク。


「なんだよ。何か文句があるのか?」

「いや、君から感謝の言葉を聞くなんて」

「嫌味か?」

「そんなわけ」


言いながら、魔王は飛び上がった。

それは、アークらの進行方向。

ルーラリアだ。


「では、さらばだ」

「次あったらぶん殴ってやるよ」


魔王は微笑み、殺人鬼は嗤う。

そして、その場に取り残されたアーク。

ネメアの雫による修復が始まって、実に30分が経過しようとしていた。

さっきまでの騒動が嘘だったかのような静寂。

『無音』を発動させた時に感じ取ったが、辺り一体に脅威となり得る気配は無かった。

予言者の言っていた脅威が、仮にアメーバの仲間だとするのなら、仲間の回復を優先するだろう。

そう判断し、地面に横たわった。


『アーク』

「なんだ」


疲労が限界を超えた中、彼の声が耳に入る。


『お前に、話しておかなきゃいけない事がある』

「何のことだ」


以降の話を聞いて、アークは乾いた笑いしか出なかった。


「はは。嘘だろ?」


信じたく無かったからだ。

フィクションであって欲しかった。







〜アシキノ


「……マジ?」


少し前……アークとクエートが合流した頃。

彼女らは、巨大な蛇と対峙していた。

9つの首を持つ水蛇。

ヒュドラと呼ばれるものだった。

禍々しく煌る赤眼。

特段睨みつけているわけでもない。

だが、圧倒的なプレッシャーがあたりを包み込んでいた。


「これ……シグ。やるしかないよねぇー」

「そう……ですね」


2人は絶望というより呆れながら、己の武器を構える。

触手を追っていたらコレに出くわすとは思いもしていなかったからだ。

余裕なんて無い。

油断もして無い。


「まあ良いや。とっとと終わらせて、ジュースでも奢らせよ」


「──────────!!」


ヒュドラの咆哮が鳴り響き、豪火が燃え盛る。アシキノの人々の悲鳴。

怨讐に塗れた鱗。


「さぁ、を楽しませてくれよ」


誰かの言葉が怪物の中で響き、背中を押す。

9つの首は二手に別れ、それぞれに迫る。

ぼん!と轟音を立て、地面に激突した。

雪を荒らしながら、蛇は自由自在に、2人を追う。


「紅蓮」


刹那、蒼い炎が舞い上がった。

焼き尽くす紅を上書きして、蒼は広がっていく。彼女に迫った首は、弾かれてしまった。

ハルリの固有魔術『紅蓮』だ。


「はぁ!」


振りかざすは歴戦の大剣。

首は間一髪で躱しつつ、シグレとの間合いを詰める。


(巻きついてくる!?)


4本の首が四肢を絡め、その顔が彼女の顔面に近づいた。

そして、4方向から思いっきり息を吐く。

毒々しい紫色の息を彼女にかけた。

その息を吸った彼女は気づく。


(毒!)


四肢の痺れを感じた。

段々と身体が言うことを聞かなくなって来ている。


(『等価交換』!)


曖昧になってゆく意識で、彼女は唱えた。

彼女の顔が魔力に包まれ、歪な形に変形する。

それは、小さな清浄口のついた仮面。

ガスマスクと呼ばれるものだった。

『等価交換』では、自身の耐性は変化させることができない。

だが、それ以上の悪化ならば防ぐことができる。


(多少は回復したとは言え……身体を動かせない……!)


ただ、マイナスがゼロになっただけの事。

現状が最悪なのには変わりが無い。


(どうすれば……)


考えろ。

まだ、やりようはある。

一瞬、ハルリの方を見たが、蒼の炎と毒が拮抗していた。

こちらを助ける余裕は無い。


「ッ!」


時間が経つにつれ、縛りが強くなっていく。何か手はないのか。

血の流れが鈍くなり、

意識に影響が出始める。


「ぁ」


思考が止まった。

身体が動かせない。

意識が遠のいていく。


(ごめん……なさい)




刹那、轟音と共に何かが地面に激突した。


「いてててて」


腰を揺すりながら青年は立ち上がる。

青年は緋色の髪を靡かていた。


「あれ?懐かしい気配を感じたんだけどなぁ。人違いかぁ?」


青年は空気を読まず、首を横に振っている。かと思ったら、青年は1人ではしゃぎ出していた。


「いや!俺の山勘がアイツを間違える訳がない!おい、そこの少女。ハルリを知らないか!?」

「誰?」


シグレの話は聞かず、男は辺りをキョロキョロと見渡している。

イラついたシグレだが、それ以上に癇に障った者がいた。

それは、


「────────!!」


咆哮を上げ、男に襲いかかる。

直撃すれば、人間の骨など簡単に砕け散るだろう。

だが、男は動かず、それどころかニィと笑っていた。

そして、ごん!と言う轟音を立て、ヒュドラと男が激突した。


「───────!」


吹雪が舞い散り、視界を塞ぐ。

ただ、ヒュドラの咆哮だけが、事態を伝えていた。

それは、今までの狂気に塗れた咆哮とは違い、痛みに耐え切れない悲鳴の音。

見れば、


「いやぁ!良いねぇこの感じ。一体何年ぶりだろう」


ヒュドラの首が粉微塵になっていたではないか。

返り血すら浴びず、男はポケットに手を突っ込んだまま動かない。


「さて、やり返させてもらうぜ!」

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