第43話 壱になるまで


逃げろ。

本能が伝えてくる。

なんで?

敵は一体。こちらは2人。

それも、魔王なのに。


「はあ!」


さあ?

迫り来る触手はいとも簡単に斬れる。

果物を切る方が難しいぐらいだ。

着実に、本体との間合いを詰めれているのだ。


──誰かが言った。


何が?

頭痛は走るたびに酷くなる。

違和感程度だったのが、吐き気をもたらして来た。

ああ。


──この世で最も平等で、一瞬の出来事は何か、と。


彼の言っていることは、良く、分からなかった。

分かったところで、この足を止める訳にはいかない。


走る。走る。

寒さを振り切って。

走る。走る。

絶望を乗り越えて。

走る。走る。

後ろを振り返らず。


──それは……


「は?」


かざした手は、確かにアメーバの本体に触れた。

だが、傷がついたのは、アークの方だった。

何が起こったのか。理解できずにいたものの、第六感が彼を押し戻したのだ。


──だ。


厄災の言葉を理解した時には遅かった。

バックステップで間合いを確保した判断は決して間違いではない。

ナイフを構え直し、迎撃に入ったのも正解と言えただろう。

だが、


「はあ!?」


次撃の触手は、あまりにも数が多すぎた。

刹那に確認できた個体だけでも、20は超えるだろう。

それらが同時に、あらゆる方向から迫っているのだ。

アークがいかに超人であろうとも、


「ぐッ!」


物量には勝て無かった。

全身を切り刻みながら進軍し続ける触手。

ガード不可の連撃。痛みの発生源が認識するたびに増える。


(おい!バカ野郎)

──どうした。


余裕のない焦りの混じった声で、彼は内側に問いかける。


(無音を解禁させろ!お前が縛っているのは知っている!)


自分の意思で彼と変わった時、アークは己の魂に触れた。

それは、死。

憎しみでイッパイのそれは蠢いていた。

鎖に縛られた闇。

それが、固有魔術『無音』であると確信できた。


──俺にメリットは?


否定はせず、されども肯定もせず、厄災は話を続ける。


(俺が死ねば紐づけられたお前の身体も死ぬ!お前は2度と復活できなくなる!そうだろう!?)


──ああ、そうだ。


あっさりと認め、その上で厄災は否定をする。

彼自身、生だの死だのそんなこと、どうでも良かったのだ。

生きているのなら、使命を果たすだけ。

それが、彼の今だ。


──だが、興味はある。

(は?)


予想外の言葉に、ガードをしている肉体が口を開いた。

開いた口が塞がらない。歯を食いしばってガードしなきゃいけないのに。


──そこの骸が、何を成し遂げるのか。何者になるのか。


彼の視線?の先にはシキが映っていた。

ただ、今までの殺意に溢れた目ではなく、慈愛に満ち溢れた瞳だ。


──良いだろう。


その言葉が、どれほど嬉しかっただろうか。

すくんだ足が踏ん張っているのを感じた。


──『無音』使用許可。


「!」


ぴたりと、触手の猛攻が止んだ。

正確に言えば、全ての触手が引っ込んだのだ。

空気はこんなにも冷えていたのか……

寒い。

一瞬にも満たない静寂。

重くのしかかって、吐きそうだ。


「アーク。君は……」

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