第36話 零


「……ふぅ」


脳に酸素を送れ。

思考を巡らせろ。

五感を尖らせろ。

狙うはただ一点。


嵐の前の静寂が訪れ、その場にいる者を冷静にさせる。

大剣を突き出し、半身で構えた。

ゴーレムは殺気に怯む事なくアークを見る。触手が脈を打ち、眼を見開いた。


『──魔力──込め──放て!──』


途切れ途切れの予言者の声が、静寂を打ち破る。

そして、


「はぁ!」


それが、


「─────!!」


開戦の合図となった。

水溜まりを全力で蹴り、間合いを詰める。

距離にして、20m強。今の彼なら10歩もかからない。

アークが走り出すのに呼応する様に、ゴーレムは触手を繰り出した。

直線上。

回避は不可。

滑空の域に達した彼は、迎撃を選ぶ。


「だぁ!」


互いに怯まない。

アドレナリンが出ているのか、限界以上のパフォーマンスを出せている。

大剣から繰り出される横一閃。

触手は更に出力を上げ、標的に迫る。

二つの間合いは無い。


──『■』一時、真核解放。


剣が触れた。

触手が肉を裂いた。

互い、致命傷には至らない。

だが、厄災の言葉を彼が認識した瞬間、


(は?何が起こった……!?)


限界を超えたスピードで、ナニかが触手を切り裂いた。

光速を超えたソレは、触手の切断面を、染める。

それは、何よりもドス黒く。

ブラックホールみたいに、呑み込まれそうな黒。

同じ黒な筈の触手が灰色に見える程、それは黒く。

蠢き、触手を蝕んで行く。


だが、考えている暇なぞ彼には残っていない。


(本体を叩く!)


ゴーレムも何が起こったのか理解できていないのか、棒立ちで動こうとしない。

決めるなら、今。

全力で地面を蹴り、進む。

魔力を限界まで剣に込める。


『それは、亥ノ太刀。魔力によって、真価が発揮される』


その効果は、


(硬度を無視し、斬る!)


鉱石の身体に、剣が触れる。

鋼鉄に、鋼は止められるだろう。

だが、


「はぁ!」


鋼は止まらず、心臓目掛け進む。


「─────!!」


予想外だったのだろう。

ゴーレムは咆哮を上げ、斬られていない左腕を繰り出す。巨大な岩が如き腕。

直撃すれば、ひとたまりもない。

肉体が原型を保っているかも分からない。

だが、


(今は、こっちの方が、速い!)


回避を切り捨て、剣に力を込める。




斬った。


「あ?」


確かに、斬った。

真っ二つにした。

切断した。

なのに、


(なんだ……この、手応えは……)


空っぽ。ハリボテを裂いたような、カーテンを殴った様な感覚。

余りにも、奇妙。

嫌な予感が頭の中で巡る。

だが、それはそれ。

シキの方を見れば、触手が解かれ、自由の身となっていた。


「大丈夫か?」

「ああ。なんとかな」


疲れがどっぷりとアークを襲う。

肉体のリミッターを何度も超えたのだ。

仕方ないと言えば仕方がない。

ナイフの回収など、やらなければいけない事を億劫に感じながら、立ちあがろうとした。


──油断するな。まだ、終わっていない。


そのとき、厄災の声が脳裏に響いた。







「それで、ふーん。なるほど」


少年は白銀の世界で1人、資料に目を通していた。右手を顎に当て、考え事をしている。

かれこれ数十分は1枚の紙に注視していた。

答えが出せていないのか何度も首を横に振っている。


「ははは。いや、随分と面白い事になりそうだねー」


少年はテケリリ、

これから起こるであろう戦いを見据えて。


「誰かの言葉。あぁ、僕が叶えよう。僕が認めよう。誰に否定されようとも。この僕が!」




──因果は、終わっていない。

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