第34話 焦り


「2匹そっち行った!」


走りつつ、コミュニケーションを取る二人。

片や、細長い腕を大剣に変え、触手を斬る少女。

片や、魔術を行使し、足止めをし続ける女性。


「はい!」


返事をしつつ、足元に転がっていた石ころを拾った。

シグレが魔力を込めた瞬間、それは小さなナイフへと形を変える。

これが、彼女の魔術『等価交換』。

そして、触手目掛け、ナイフをぶん投げた。

無数の眼は、迫り来る死を認識した瞬間、軌道を捻じ曲げ、ナイフを躱した。


「残念。そっちはハズレ!」


眼が瞳孔を開いた時、それは碧く染まる。

下を見れば、触手を中心とした、巨大な魔法陣。


「『槍天』!」


ハルリの言葉に応じ、空から槍が降り注ぐ。

刹那に躱し続ける触手。

魔法陣からの脱出を試みるが、法陣の端に触れた瞬間、内側に弾き飛ばされた。

無限に降り注ぐ槍の中、新たに迫り来る者。

それは、


「はぁ!」


巨大な斧。

自身を魔術で武器に変えた少女だった。








「……どういう事だ?」


少々、クエートは困惑していた。

何故か。

それは、従えた筈の魔物が、黒い触手を纏い、襲いかかってきたからである。

無論、頂点に立つ者として、それらは脅威では無い。

だが、


「数が多いな」


物量に任せた人海戦術を受ければ、話は変わる。

正気の宿ってない虚の紅眼。

ヨダレを垂らし、ゾンビの様に襲いかかるソレら。

玉間、いや、ルーラリア全域にまで、ソレらに埋め尽くされていた。


「ダマ。君は……はぁ!……何か、知らないかい?」

「知らない。俺の従えた魔物の大半も、同じ様な状態。泣く泣く処分中だ!」


背中を預け、人理の敵は抗う。


「大半って事は、無事な奴もいるのかい?」

「ああ。「」の奴はな。ソレ以外は皆持ってかれた!」


魔王は斬り伏せ。

側近は魔術を使う。

実際、彼らに敗北はないだろう。


「そう言うお前こそ、何か心当たりがあるのだろう?」

「うん。一つだけだけどね」


クエートの魔術は対軍相手には、めっぽう相性が悪い。


「千里眼が……いや、あれ使うと身体が持たないか……面倒臭い」

「チッ。「」の門よ、開け!」


刹那、空が黒く染まった。

空に巨大な亀裂が走り、内側から巨大な手が現れる。

それは亀裂を持ち、力ずくで次元の割れ目をこじ開けた。


「───────────!!」


言葉にならぬ咆哮。

最悪の黒龍、バルボロス。

その声を聞いただけで、魔物は動きを止めた。それは、本能が故。

強者に服従する原初の本能が、今を刺激したのだ。

ただ、それは一時的なもの。

数秒も経たずうちに、魔物達は動き出した。


「文句無いな?アーク!」

「破壊は最小限にして欲しいけど、言ってられないね!」

「善処する。バルボロス!」


マスターの声を聞いた黒龍は城へと突撃する。

どん!と城全体が揺れ、巨大な風穴が空いた。

その軌道上に、生物は1匹たりとも存在しない。或るのは塵芥のみ。






──どうして、だろう。

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