第3話 悪意の目覚め


──裏切りもの!お前なんか、信じなきゃよかった!


どうして……私たちはあなたの願いで……


──嘘つき嘘つき嘘つき!死ね、死んじまえ!お前たちなんか!



かなり昔の話。

未だ3人とは出会わず、クエートと二人で旅をしていた頃の記憶。

旅自体は正直言って楽しかった。

いつまでも思い出に浸れる最愛の記憶。

けれど、コレは別。


唯一、記憶から消し去りたいモノ。


それは、南の村『タリスリア』での出来事。彼らは勇者として名声を広げるために、各地の問題ごとを解決して回っていた。

そんな中で、タリスリアの村長から依頼が届く。

依頼の内容は『東部の森にする巨大な魔物の討伐』。

なにやら、森に迷い込んでしまった子供がその魔物に出会い、怪我をしてしまったと言う。


正直言えばアークにとって村の事情などどうでも良かった。ただ恩を売りたい、困っている人を見過ごせない、そういう勇者のやり方に従っているだけだ。


依頼をこなすにあたり、クエートにはいくつかのステップを行う。


一つは実際に被害者に話を聞く。

一つは歴史の調べ。

一つは戦場の下調べ。


それをこなし、問題ないと判断すればようやく、討伐が始まる。

時間が惜しいからか、早速行動を起こすことにした。


被害者の住んでいる古びた小屋に二人はそそくさと入る。

中には被害者の両親と、赤い目をキョロキョロとさせている少年。

不安がっているのか、落ち着きを失っていた。座ってくださいと言わんばかりに下げられた椅子に座り、


「時間も無いし、手短に行きましょう」


それだけを言って、仕事モードに入った。


「ロウ、話しなさい」


「……」


母親の催促を無視し、少年は決してクエートと視線を合わせない。話したく無い事情があるのを感じ取ったのか、


「二人にさせてください。本人の本音を聞きたい。お母様たちの前で、話しにくいこともありますでしょうし」


優しく両親に退出を促した。


「アーク。頼めるか?」


勇者様の頼みなら、と素直に指示に従おうとする両親。


「はいはい」


両親は立ち上がり、アークについて行って外へ出た。



残された二人。

時計の針の音が部屋に響く。


「や、君が被害者のロウ君かな?」


優しく、クエートは怯えた少年に話しかける。


「誰?」


「勇者だよ。そこはどうでも良い。仕切り直して本題に入ろうか。

森で、何があったのかな?」


1分弱、少年は口を開かなかった。


(警戒してるのかな……こっちとしてもやりにくいな)


別方向から口を割らせるか……そう考えているうちに、


「……誰にも言わない?」


少年は、信じきれない人に問う。


「勿論だ。これで君に危害が加えられるのなら、私たちが全力で止めるとも」


「……信じるよ」


「話してくれ」


「……あの日、ボクは森に入った。道を外れ、最奥まで彷徨ってしまったんだ。森には沢山の魔物が居て、ボクはいつ殺されてもおかしくはなかった。

と言うか、実際に魔物に危害を加えられた。鋭い爪で、足を浅く裂かれた。

痛かった。辛かった。今にも帰りたかった。一心不乱で走った先に、光が差した場所があったの」


少年は一呼吸おき、手元に置いてあった水を口に運んだ。


「それが、巨大な魔物か」


ここまでは、彼の予想通りではある。

少し、大人たちとの証言に食い違いが生じていたものの、誤差として切り捨てていた。

ただ、その考えもすぐ打ち砕かれることとなった。


「うん。でも、彼は優しかった。ボロボロのボクを傷つけることなく、逆に保護してくれたんだ」


(食い違いが……いや、話を切るわけにはいかない)


捨てきれないほど大きくなった違和感を背負い、眉間に皺を寄せる。


「彼は凄いんだよ。ボクを追ってきた魔物を全員追い払ってくれた上に、森の外まで同行してくれたんだ」


(……大人の勘違いか?当事者の話を聞く限り、私たちが戦う怪物は、とても……)


悪意に満ち溢れているとは、考えられない。どこかで、話が歪んだ可能性が高い。


「それで、うちに帰って来れたんだな?」


「うん」


彼の千里眼は、。ただ、目の前で話してくれた人が嘘をついているかはどうかは分かる。

ただ、その性質がクエートを混乱させていた。


(どっちも嘘偽りないことを話している……どうするべきなんだ?)


どちらにも、千里眼は反応しなかった。

両者とも本心で、語りかけている。


時間はあまり残されていない。


(虚空の素は、使えるな)


「アーク。聞こえるかい?」


虚空の素。それは、魔術を使う上での基本技術の一つ。

遠く離れた対象に、直接意思を伝える魔術だ。言ってしまえば、電話。


『なんだ?』


「話が終わった。両親を連れ戻してくれ」


『分かった』








一人、暗闇の空を見上げるアーク。


「浮かない顔をしているね、アーク」


白い息が空へと昇る。後ろからポンチョを着た銀色の瞳クエートだ。


「そりゃあな。魔獣の討伐だろ?」


共に椅子に座り、湯気の出ているコーヒーを啜った。


「そうだね。困っている人がいるのなら、私たちは助けなければいけない」


寒さが優しく、身体を蝕んでいく。


「だとしてもだ。は……」


去り際の少年の言葉を思い出す。


──彼を、殺さないで。


「アーク。次のステップに入ろう。とやかく言うのは、それが終わってからだ」


「……そうだな」


完全な悪でないのは、正直なところ初めてだった。

勇者としての経験が浅いクエートにとって、善悪の天秤が傾かない敵は、頭を悩ませる原因以外の何者でもない。


「どうすれば、いいんだ」





「……ん?」


かちかちと、音がする。

ぼおぼおと、あったかい。

じわじわと、汗が出る。


まるで、燃えているかのように。

重い瞼をこじ開けてみた景色は、

紛うことなき、揶揄なき地獄。

村が、燃えていた。

夜だと言うのに、昼間のように明るい。


嫌な予感が的中し、宿を飛び出した。


「ッ!なんだよ……これ!」


煙が空へと舞い上がり、地獄は広がって行く。


「きゃぁぁぁぁぉあぁぁあぁあ!!」

「やめろ!やめろやめろ!くるな来るなぁァァァ!!」

「なに、お父さん!?お母さん!?どこ!?」


悲鳴が奏でられ、魔物が人を殺す。

多くの者は炎と家屋の戦いで命を落とし、生き残りは攻め込んできた魔物によって無惨に殺されていた。


「ッ!」


反射で、飛び出した。

死が蠢く戦場。


「なんだ!?お前もニンゲンか?食ってもいいんだな!?」


目の前に現れた、全長10メートルにも及ぶ鉱石の怪物。

並の戦士なら、傷一つすら与えることはできないだろう。挙句に言葉を話している為、強者と見据えても過言ではなかった。

だが、


「邪魔だ!」


相手が悪かった。

玉突き事故と言わんばかりに、ただナイフを刺す。無論、その強靭すぎる肉体には傷一つ付かない。

だが、。それが、彼にとってはその事実が重要だった。


「……ナン……ダ?」


怪物が気づいたのは、自身の身体がバラバラになってから。

切断されたわけではない。粘土が引っ張れば千切れるように、自然に起きたと怪物に誤認させた。


暗殺者アサシンは純粋な一対一が弱い。そう言うベクトルが存在していた。

暗殺が彼の本業ではあるが、正面切っても戦える理由も存在している。


「カウラの詩。あぁ、いつ聞いてもアレは良い曲だ。飽きない」


村の中央、かつて井戸があった場所に、男は立っていた。

オーケストラの指揮者のように手を動かし、リズムを刻む。


「お前が、犯人……か!?」


その面に、アークは見覚えがあった。

いや、見覚えしかなかった。


「久しぶりだね。アーク」


いつもと変わらない優しさ。


!?」


かつての勇者は、高らかに笑う。

絶対的な力を得て。


「──因果は、終わっていない」

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