第2話 表裏一体


歪み、狂堕ちた者。

魔王は、討たれた。

その事実は変わらない。

実際に、魔王を討伐してからの魔物の数はに減少傾向にあった。

ここ数日ではあるが、魔物が人を襲う事例は、一つも報告されていない。


「だけど、コレは……」


嫌な予感が、背筋を刺激する。


「不味いかも、しれません」


戦いをしたことのないマスターでさえ、この異常事態を異常と認識していた。


「マスター、これいつ届いた?」


立ち上がりながら、アークが問う。


「つい先程です。黒いフードを被った男に手渡しされました。『運び屋グリンガルド』ではございません」


戸惑いながら、マスターは先程の記憶を口に出した。


「……マスター。これ、ツケにできる?」


その言葉に、マスターは目を細めた。

意地でもお代を支払う彼がツケにするほど、時間が惜しい。


「……わかりました」


意思を汲み取り、了承を出した。


「ありがとう。終わったら利子つけて払う!」


言って、アークは酒場を飛び出す。

外は相変わらず賑わっていた。

彼の焦りなどつゆ知らず、喜びの歌が辺りに響く。


目的地は因縁の地、魔王城。


手元に持つは、一本のナイフ。

比較的大型のサバイバルナイフと呼ばれるモノだ。


混雑する街中を潜り抜け、何とか町の外に出ることができた。

魔王城までは全力で走って半日はかかる。


あいつクエートは、何を考えている?)


雲一つない満天の空。

通り去る街には笑顔が咲き誇る。

街を突き抜け、彼は魔王城の手前を覆い尽くす森に入った。

だが、


「ギギギ……!」


木陰から覗く、無数の瞳。


「ッ、ゴブリン!?」


一体一体が巨大な棍棒を持つ、緑の怪物。


(一体なら余裕だけど、複数か……)


四方八方を囲まれ、逃げ道を失った。


「ギギ……


正面飛び出たゴブリンに、ナイフを向ける。


(は??)


人間以外、この世界では言葉を使う生物は存在しない(魔王は例外)。

数千年生きた魔物ですら、カタコトがやっとなのだ。

この世界のゴブリンは、歳をとるにつれ、色が濃い緑となって行く。

生まれたては、鮮やかな黄緑色。

最長の者は、苔を模した深緑色。


「話が通じるのだろう?急いでいるんだ。通してくれ」


者共は、全て


「コト、ワル」


生まれたてと言っても過言ではなかった。


「何が起きてやが……ッ!」


ばっと地面を蹴り飛ばし、ゴブリンが距離を詰める。自身の背丈以上の大きさを持つ棍棒をアーク目掛け、振り翳した。


華麗な身のこなしで、


「遅いぞ」


「!?」


ゴブリンの背後に立ち、その巨大なナイフで首を切り裂く。


少し昔の話だが、クエートは歴代の勇者の中で最強と呼ばれていた。彼の剣術に勝る者はいない。不意打ちでも勝てない。そう誰もが確信していた。


世界を見渡し、真実を見極める瞳『千里眼』敵の悪性を自身の力に変える『反転の印』。

その二つの呪いだけでもチートといっても過言ではない。

その上に、彼は魔術を扱うことができる。


そんな彼に不意打ちとは言え完膚なきまでに叩きのめし、なんなら、互いに事前に準備をして、ようやく対等に戦うことができる者。

それがアーク。


「さて、次は誰だ?」


勇者と同行していた時は、内側に潜む凶悪性を隠していた。

だが、今はその必要も無い。


「ギギ!ギギ!」


恐れをなした上で、更に数は増える。

命知らずも良いところだった。


「良いぜ、まとめて殺してやる」







「疲れ……いや、先を急がないと」


決着は1分足らず。

数えるのも億劫になるゴブリンの死体。

同じ死に方で、山を作り出していた。

はぁ、と小さなため息を吐き、死体の山から立ち上がる。

疲労が溜まっていたが、パンと太ももを叩き、城目掛け走り出した。


森を抜け、ようやく魔王城が地平線の奥に姿を現す。

今すぐにでも行きたかったが、日は暮れもうすぐ夜が訪れる。


(流石に、俺でも死ねるな)


夜は危険だ。

昼間の比にならない。

クエートですら、極力外出しなかったのだ。いくら相性が良かろうと、危険は危険。


森を抜けた先にある村『リアヌ』に泊まることにした。

都心部とは違い、未だ松明で明かりをとっている。レトロ好きな彼にとってみれば、味があるらしい。

村を彷徨ううちに、小さなボロい看板を見つけた。看板には矢印と民家と書かれている。

道なりに進み、民家と書かれた看板をぶら下げている家を見つけた。


「一人。泊まれるか?」


蜘蛛の巣がカーテンを作り、カウンター越しに佇んでいる老人に声をかける。


「……分かりました。一泊300ルーズです」


どこか虚ろな目で受付をこなしていた。

ビール一品5ルーズなのを考えると、比較的安価ではある。

疲れが溜まっていたのもあり、何も考えず案内された部屋へと入った。


2畳ほどの大きさでかなり狭いものの、肝心のベッドがかなりふかふかで、すぐさま眠りについてしまった。


明日には、魔王城に着くだろう。


(誰が、何の目的であんなことをしたんだ)


わからないことは無数にある。

不安は募るばかり。

明日には、いやでも分かる。

時計の針がカチカチと時を告げる。

あの言葉が、脳裏を走った。


──因果は、終わっていない。

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