第10話ドレスとカメオの恋は実らず


 こうして、金貨はあるべき場所に帰っていった。


 これで、ユッカがアリテの店にいる理由もなくなる。ドレスの金貨は失敗した駆け落ちの名残だと聞かされたユッカだが、どうにも腑に落ちない。やはり、最初のカメオの存在が気になるのだ。


 アリテはドレスの秘密が分かれば、おのずとカメオの秘密も分かるような口ぶりであったから余計に気にかかるのである。


「分かった。領主様の実母は、未来予知が出来たんだ!」


 ユッカが、とんでもない事を言いだした。


 突拍子もない推理には、アリテであっても脱力するしかない。何を考えれば未来予知なんて言葉が出てくるのか。


「ルーレン様のお母様とステリア様のお母様は、若い時は仲が悪かった。けど、将来の息子の母親になる人物だとルーレン様のお母さま知っていたんだ。だから、ステリア様のお母さまに似せたカメオを持っていたんだよ」


 どうだ、とユッカは力強く推理を披露した。


 アリテの顔は、引きつっている。ユッカは、間違いなく自分の推理は間違っているのだと悟った。


「すごいですね。未来予知が出来たとしても様々な箇所が矛盾している。阿呆の極みを見ました」


 ユッカは、しゅんとした。


 阿呆とまで言われたら、もはや怒りも沸いてこない。自分でも後から考えてみたら、色々と説明のつかないことだらけである。


 ルーレンの実母がカメオを大事にしていた理由が全く通らないし、自分が亡くなった後に息子の継母になる人物に喧嘩を売る人間は少ないだろう。


「でも、それぐらいのことがないと説明がつかないだろ」


 ユッカは不貞腐れるが、予知能力を持っていたとしても説明がつかない事の方が多い。いや、予知能力を持っていた方が説明がつかない事になってしまっている。


「あまり気が進まないんですけど……。未来予知なんてものを持っていた思われた方が死者への冒涜ですからね」


 アリテは、渋々と説明を始めてくれた。


 予知能力の推理が、よっぽど癇に障ったらしい。


「まずは、単純なことから」


 アリテは、そのように前置きをする。


「他人のよすがを持ち歩くということは、相手に好意があるということです。しかも、高価なアクセサリーに穴を開けてまで、相手に特徴を真似ていた」


 アリテは分かりやすく説明したつもりだった。しかし、ユッカには通じていない。アリテは、ユッカが頭を使って生活しているのか不安になった。


「つまり、ルーレン様の母とステリア様の母親が相思相愛だったということです。仲が悪いという話はカモフラージュだった」


 ユッカは、目を見開く。


「えっ、女同士?……貴族なのに、アリなの?いや、貴族は絶対にダメだろ。色々と許されないだろう」


 冒険者の文化は、比較的ではあるが同性愛には寛容だ。しかし、それは間近に異性が極端に少ないからでもある。男女比がほぼ同じな一般人に関しては、地域差が大きいとしか言えない。ユッカが住んでいる町は、寛容な部類にはいるだろうが。


 そんな中で、絶対に同性愛を認めない人間たちがいる。貴族階級の人間だ。血と財産の継承を第一に考える彼らは、子をなせない同性愛を酷く嫌がる。それが原因で、息子や娘を追放するということもあるほどだ。


 無論、貴族側にも同性愛を悪しき風習と忌む理由はある。子供が生まれない場合は、貴族たちにも養子を取ることを認められている。だが、子供がいなくとも養子が取れば全てが解決するというわけではない。


 貴族が養子をとる場合は、その子供は一族の人間でなければならない。そして、相続に対して子供の実の親が口を出してくる場合もあった。


 貴族たちが恐れているのは、財産が下手な相続によって分散されることだ。それを予め防ぐためにも子供が出来ない同性愛を嫌っているのである。


 ルーレンの実母とステリアの母の恋愛は、貴族社会では絶対に認められない恋であったのである。しかし、それを跳ねのけてまで、彼女らは誰も知らない土地で二人で生きることを決めた。親も兄弟も家柄も全てを捨て、互いだけを欲しがったのである。


 それは、ユッカが知らないほどに強い愛の物語だった。


「二人は駆け落ちしようとした。あの金貨は、未来のためのものだったのです」


 だが、駆け落ちは失敗した。


 結婚した後もルーレンの実母はカメオを離さず、ステリアの母はかつての恋人の息子を大切に育てた。彼女らは、死に別れた後であっても互いに愛し合っていたのである。


「これは、二人の女性の真剣な恋の話だったのです。そして、ステリア様のお母様は……娘と兄が禁じられた関係であると思っている」


 これは、さすがにユッカも開いた口が塞がらない。


 ステリアは兄のルーレンを慕っているようであったが、恋愛感情を持っているようには思えなかった。彼女は兄を手伝うことを考えいたが、それだけだ。


 しかし、それだけを切り取って考えれば兄弟の禁じられた愛という勘違いが産まれるのだろうかとユッカは考える。


「いや、兄妹はさすがに……。片親だけだと言っても血が繋がっているし……。第一に、親が一番最初に止めるだろうが!」


 ユッカの言うとおりだ。


 兄妹が愛し合って子供が出来たら、血が濃くなりすぎる。血が濃いと子供の成長に差し障るという事は、ユッカだって知っている。両親の罪が子に現れるというのは、あまりにも不便である。


「そもそも兄弟は、愛し合ってないだろ。尊敬と保護の気持ちだけだ。あっ……でも、ステリア様のお母様はとしては、自分の娘と恋人の息子のラブロマンスかもしれなくて……」


 兄妹の間に恋愛感情があったとすれば、世代を超えて自分たちの愛が実るとステリアの母は考えてしまったのかもしれまい。ステリアの母は、自分たちは叶えられない夢を子供たちに託したのだ。


 金貨は、夢のための資金になるから。


 何十にも姿を変えていく金貨への想いに、ユッカは目眩を覚える。


「ほら、秘密なんて知らないほうが良かったでしょう」


 アリテの微笑みは、どうしてなのか哀しい。


 それは、大切な人を失った人間の顔にユッカには思えた。


「主観的で、理解しがたい。そして、人を納得させることもできない。それこそが、秘密になるんです」


 どろどろして、他人には理解されない秘密。


「ルーレン様とステリア様は、自分の母親の秘密には気がついたのかな?」


 言いながら、気がつくことはないだろうなとユッカは思った。それぞれの都合の良いように秘密は解釈されて、秘密は再び秘密になるのだ。

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