第6話 大きなノッポの古時計(朝のレシピ)



 寒い朝、老婆は体に鞭打つようにベッドから起き上がると、暖炉に火を入れる。


「今朝も寒いわね」


 毎朝のように呟く。


 彼女は、短い廊下を歩くと、大きな古い柱時計のネジを巻く。

これも毎朝の仕事。


 お湯を沸かし、大きなマグカップに、半分くらいの量で珈琲を注ぐ。


 暖炉に照らされた老婆の顔は、いつも優しい。

彼女は、珈琲を飲み終わると、台所へ行き、水桶にカップを沈める。

再び暖炉の前へ行くと、小さなテーブルに置かれた編みかけのマフラーを手に取る。

はて、誰のために編んでいたのかしら?

暫し間を置いて、誰のために編んでいたのかを忘れたなら、誰のために編んであげましょうか?

などと、膝の上に置いたマフラーの上に両手を置いて、考えてみる。


 僅か数メートルの廊下の向こうで、静かな鐘の音で柱時計が時を知らせる。

老婆は静かに目を開けると、台所へ向かい、食べようと思っては忘れていた一枚のバンを取り上げ、二枚用の小さなトースターに差し込み、レバーを下げる。

二枚用のトースター、毎朝一枚しか食べない彼女にとっては大きいくらいである。


 焼きあがるまでの間に、窓の外を覗いて見れば、毛糸の帽子を被り、小さな手には誰が編んでくれたのであろうか、それとも買って来てくれたのか。

黙々と雪だるまを作っている子供が見える。


「そうだわ、孫のためにマフラーを編んでいたんだわ」


 思い出せばそのまま、暖炉へ向かい、編み物を始める。

老婆の背中で、トースターが焼きあがったパンを勢いよく持ち上げるが、彼女は気付かずに、せっせと編み物を続ける。


 再び、柱時計が時を知らせる。

いつの間に眠ってしまっていたのだろうか?

彼女が台所へ行けば、狐色のパンがトースターに持ち上げられている。

老婆は頭を振り、そっと微笑むと、作り置きしておいたホワイトシチューを適量、鍋に入れて沸かし、硬くなったパンをシチューで溶かして、口に入れる。


 お腹が満たされると、眠くなり、暖炉の前に行き、薪を少し焚べる。

眠りについた老婆の顔は、再び優しく、赤い炎の光に照らされ出す。


 眠っている間に、どうして微笑んだのであろうか?

孫がマフラーを首に巻いて、小さな手で雪だるまを作っている夢でも見たのであろうか?


 彼女の胸の中には、嫌な思い出が全く無い。

その長い人生を台無しにしてしまうからだ。

良き思い出だけが彼女を包み、幸せな人生であったと思わせてくれる。


 また、柱時計が時を知らせた。

彼女は美しい笑顔を湛え、眠ったまま、まだ起きて来そうもない。

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