21.編隊
そのサステナブルな石碑から二、三キロほど離れた遠方に、引っ越し先の監視塔ナンバー4が見えている。
ルシルはうんざりした顔で、
「あんなに遠くまで歩くのですか?」
「おいらは先に行って、様子を見てくるよー!」
トレグラスだけ、妙にはりきった様子で飛んで行ってしまった。
「あっ、ズルい……」
文句を言っても人間に翼は生えてこない。残された三人はしかたなく荒地を歩き始めた。
フューリーがもうしわけなさそうに、
「ごめんなさいねぇ。歩くのが遅くて……。ドラゴンがうらやましいわ」
「いいえ! フューリーさんがいっしょで心強いです。ぼくのほうこそ、みんなの足を引っ張らないか心配です……」
言いながら、祐太は鼻をすんすんさせた。
「ユータ、ミントのニオイが気になりますか?」
「うん……。さっきから具合がおかしいんだ。鼻の奥がヒリヒリする感じ」
「わたしもです。ミントのせいではない気がします」
ルシルの言うとおり、ここはミントの森から離れている。ミントとはちがう別のニオイが混ざっている気がする。
(何だろう?)
まったく見当がつかない。
ようやく半分ほど歩いたところで、三人は深い溝を発見した。
「なんだろ、これ」
溝はえんえんと荒地をつらぬいて、監視塔ナンバー4の方向につづいている。
ルシルはあたりをキョロキョロして、
「これはきっと、お堀の跡だと思います」
「おほり?」
「この場所に、かつてはエルフのお城があったのでしょう。そのお城のお堀です。おそらく」
いまは一滴たりとも水の流れていない溝を見下ろして、考古学者みたいなことを言った。
祐太はちがうような気がする。
「堀というより、水路の跡じゃないかな。薬草園に水を運ぶための」
「これは
二人してフューリーを見た。
「ざんごう?」
「人間の兵隊たちが掘ったのよ」
フューリーは近くの岩に手をかけて、ふぅと息をついた。
「エルフがこの土地を去った後、残された貴重な薬草をめぐって、人間同士の争いがつづいたの。何年も何年も……。とても激しい戦いだったというわ。その時に掘られた塹壕が、あちこちに残っているのよ。あの監視塔も、その時代の名残りね」
二人とも、ただ驚くしかなかった。
(まさかここが戦場だったなんて)
この赤茶けた土地のそこかしこに、戦いで死んでいった者たちの血が染みついている。そう思うと、祐太はそら恐ろしく哀しい気分になってきた。
フューリーが手をかざして、
「おや、トレグラスがもどってきたね」
みずから偵察に出ていた上官が、猛スピードでこっちへ向かってくる。
「みんなー! はやく隠れてー!」
何か叫んでいる。
「何かあったんでしょうか?」
「よく聞こえないけど、隠れろって言ってない?」
隠れろと言われても、身を隠す場所なんてどこにも無い。
「はやく塹壕の中へ!」
そう言って、フューリーは身をかがめると、ヒザをかかえたまま塹壕にすべり下りた。
「あー、いたた……。ふたりも、はやくこっちへ!」
わけもわからずにルシルと祐太も塹壕に飛び込んだ。ローブが土まみれだ。
「なんですか? 何が始まるって言うんですか?」
「しーっ! じっとして、動いちゃだめだよ!」
三人は塹壕のすみに身を寄せ合うようにうずくまる。そこへトレグラスが合流して、三人のあいだに無理矢理もぐりこんだ。
やがて、祐太の耳に不穏な音が聞こえて来た。
死者の叫び声? まさか……。近づいてくるにつれ、それはしっかりとした振動音にかわった。
ブゥンという羽音だ。祐太は頭だけを動かして、土壁にはさまれた空を見上げた。
そう高くない上空を通過する、大きな影が見えた。
一つではない。二つ、三つ……隊形を組んで飛行する影の群れ。
鳥? ちがう。
ドラゴン? それも形がちがう。
(何だ? あれ……)
左右にひろげられた逆三角形の羽に、逆光がするどく反射する。
盾のような形をした胴体のシルエット。折りたたまれた脚のようなものが、側面に複数見える。
謎の飛行生物の編隊は、不気味な羽音を鳴らして上空を通過してゆく。
「行ったようね」
フューリーのひとことで、全員の緊張がとけた。祐太は我知らずほーっと息をついた。
「いまのは?」
「害虫だよー。いやぁ、あぶなかったー」
こともなげに教官が答えた。
「がいちゅう? あんなに大きな?」
つまり、モンスターということだ。自動車くらいの大きさはあった。
「まさかあの害虫モンスターも人間を襲うとか……」
フューリーもトレグラスも祐太の言葉を否定しない。
ルシルがだるそうに頭をふった。
「やれやれ。人喰いミントの次は、人喰い虫というわけですか。いったい何の虫ですか? 人喰いバッタですか? 人喰いカブトムシですか?」
「人喰いカメムシだよー」
そろそろここへ来たことを後悔し始めた新人隊員たちだった。
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