後編

「では、殿下のお言葉のみを抜粋し、読み上げさせていただきますね。

 『大きくなったら結婚しようね。きっと君なら将来、いい皇妃になってくれると思うんだ。何より私は、君が好きだしね』」


「あっ」


「『君と出かけるのが私にとっては何よりの楽しみなんだ』『すまない、ずっと君のことを考えていた』『君以外とファーストダンスを踊るなんて考えられないな』」


「ペトロネラ・クヴィスト!」


「『不安にさせてすまない。一生君だけを愛するよ』『だから、君には手伝ってほしいことがあるんだ。ペンティ家のイルマ嬢の暗殺を実行してくれないか』」


「おい!!」


「『そうか、失敗に終わったか。でも大丈夫だ、暗殺者に狙われるような令嬢をわざわざ皇妃に据えようとは思わないはずだから』『君との婚約発表パーティーが楽しみだよ。私の愛しいペトロネラ』」


 わたしの手から報告書が奪われる頃には、すっかりパーティーホールがしんと静まり返っていました。

 殿下とペンティ伯爵令嬢へ白い目を向ける参加者たち。


 皇家の紋章入りの影の報告書という威力が凄まじく、信じずにはいられなかったのですね。


 ペンティ伯爵令嬢が「ひどい、ひどいですっ」と泣きそうな声で漏らしますが、全くの無意味。

 殿下は公の場で何もかもを暴露されて、膝に力が入らなくなったのか崩れ落ちてしまいました。


「私はただイルマ嬢と……どうして、こんな……使い捨ての駒のくせに……」


 せっかくの婚約発表パーティーだというのに台無しになって、完全にしらけてしまった様子。

 そろそろ締めにかかりましょう。


「口約束だからって破っていいとお思いでしたか、殿下? たとえ口約束でも婚約は婚約ございますよ。

 立派な詐欺罪です。ペンティ伯爵令嬢と二人がかりの、ね」


 さらにペンティ家への暗殺を唆し、形だけでも実行せざるを得なくさせたことへの慰謝料もあとで請求しなければならなくなりそうです。




 本題であった婚約発表が行われることなく、披露宴は閉幕。

 殿下とペンティ嬢はとある方・・・・の指示により、衛兵に連行されていくのでした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「情が残っていただろうに、容赦なく報告書を読み上げる様はなかなか痛快だった。お疲れ様」


 後日。

 王城に呼び出されたわたしは、殿下……ラウノ・ウェス・ヴァルヴォラ殿下によく似た容貌をした青年と向かい合っていました。


 この方こそが断罪返しを裏で手引きしてくださったお人。名を、トビアス・アゼ・ヴァルヴォラという、第二皇子殿下でいらっしゃいます。

 齢十六歳の、ラウノ殿下の弟君です。


 ラウノ殿下の言葉を真に受けて本当に暗殺を実行しようとしていたわたしに対し、わざわざ忠告してくださったのがわたしたちの関係の始まり。

 それからトビアス殿下は手を尽くし、いざという時に反抗できるよう皇家の影の報告書――その中には、ペンティ伯爵令嬢とラウノ殿下の逢瀬も記されていました――を授けてくださったのです。


 もしそれがなければどうなっていたでしょう。想像するだけでおぞましいですね。


「ありがとうございます。ラウノ殿下から受けた冤罪での糾弾を切り抜けられたのはあなた様のおかげ。感謝の言葉もありません」

「僕はただ兄が許せなかっただけだから気にしないで。甘言で貴女を騙した愚兄などが皇太子に相応しいはずがないだろう?」


 ということはまもなくラウノ殿下は廃嫡、トビアス殿下は皇太子となるに違いありません。

 新たな皇太子の誕生を心からお祝いできる気はしませんけれど、仕方のないことです。


 と、そんなことを考えていると。

 突然改まった調子になって、トビアス殿下が口を開かれました。


「それで、今日貴女をここへ呼び出したのは他でもない。貴女に大事な話があるからだ」

「……何でございましょう?」

「愚兄は父から促されていたにもかかわらず渋っていたものだから、今まで婚約者を作らなかった。つまり本当ならとっくに選ばれていたはずなんだ。クヴィスト侯爵令嬢、つまり貴女が」


 ――――ああ。

 打診を受ける予感は、していたのです。ただ目をそらしたかっただけで。


「僕はもうじき皇太子に選ばれる。故に、貴女を婚約者としたいと思っているんだ」

「ですが……っ」


 貴族の娘として、政略結婚をしなければならないのは理解しています。

 ラウノ殿下との恋を許されていたのは婚約前提で引き合わされた関係だったから。そしてその初恋を捨てたのはわたしです。


「口約束ではなく、きちんとした契約を結ぼう。皇太子の座にかけて、この国の名誉にかけて必ず貴女を幸せにすると。だから――この手を取ってくれないか」


 トビアス殿下は王家の印が押された契約書を、差し出してきました。

 契約だって約束の一種。手を取れと言われても信じられるわけ、ありません。


 ああ……でも。


 トビアス殿下の瞳は、どこまでも真剣だったから。

 トビアス殿下は恋に溺れていたわたしを救い上げてくださった方だから。


 裏切られないはずだと信じたい。


「承知、しました。約束破りしたら許しませんから」

「もちろん」

「絶対の絶対ですからね」


 捨てたはずの恋心は、まだ疼きますけれど。

 歳は一つ違えどラウノ殿下と瓜二つなトビアス殿下を、重ねずにはいられなくないこともあるでしょうけれど。

 この選択が正しいのかどうかなんて、わかりませんけれど。


 今度こそ約束が果たされることを祈りながら、契約書に静かに署名しました。

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口約束だからって破っていいとお思いでしたか、殿下? 柴野 @yabukawayuzu

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