第31話 同窓会

というわけで、俺は帰国早々後輩に頼んで何件か合コンをセッティングしてもらったが、あまり戦果は芳しくなかった。

もちろん、久しぶりに遊ぶ日本人の女子は本当に可愛い。みんな爪の先から足元まで、綺麗に手入れしてオシャレしているし、何を話しても楽しそうに聞いてくれるし、俺の駐在話の鉄板ネタに大げさに驚いたり笑ったり、リアクションしてくれる。

――しかし、俺は深刻な後遺症を負っていたらしい。

誰と話していても、ミディの顔がちらつく。今はこんなに明るく感じが良い彼女も、実は猫をかぶっているのでは?本当は何人も彼氏候補がいて、一番いい男を吟味しているのでは?

そのくせ、ホテルに誘うと簡単についてくる女の子に対しては、「本当にいいのか!?流されてないか!?もっと自分の気持ちをストレートに伝えてくれ!!」と説教したくなったりして(でもしっかりセックスはする)、俺は完全に迷走していた。



そんな中で、俺が帰国したことを知った友人が企画してくれて、久しぶりに大学のサークル時代の仲間たちと集まることになった。

大学時代、俺は国際協力サークルに所属していて、主にケニアに孤児院を作るためのプロジェクトに参加し、渉外担当として企業から協賛金を集めようと営業をかけまくっていた。自慢じゃないが俺は学生のころから要領がよく、歴代最高の協賛金を集めることに成功し、大学の広報誌やら地元の新聞やらにインタビューされたこともある。

とはいえ、俺が特別優秀だったわけじゃなく、そのサークルに所属する奴らはみんなデキる奴ばかりで、俺のほかにも2人が総合商社に入ったし、そのほかにも外資系金融やら世界的なメーカーやらテレビ局やら、いわゆる就職偏差値の高い企業に就職した同期や先輩がゴロゴロいる。

逆に言うと、女子もみんなガツガツしててオスっぽいというか、帰国子女も多かったし、よくも悪くも日本人離れしたタイプの子が多かった。だから、仲間に会えるという意味では楽しみだったけど、正直恋愛的な意味ではまったく期待していなかったのだ。


しかし、そんな俺のほぼゼロに近かった期待は、良い意味で大きく裏切られることになる。

レストランを貸し切っての飲み会で、あちこちのテーブルを回りながら旧交を温めていた時だった。俺は後輩の女子が集まるテーブルで、久しぶりに彼女と再会した。


「涼介先輩、お久しぶりです」


 ちょっと恥ずかしそうに微笑む、その笑顔を見て、一瞬で大学時代の記憶がよみがえってきた。市原奈々子。控えめでおとなしくて、サークル内ではまったく目立つタイプではなかった。キャンパスで、いつも集団のはじっこにいて、静かに微笑んでいた彼女の姿が、脳裏に鮮やかに浮かぶ。

俺たちは同じケニアのプロジェクトに参加していて、彼女は会計を担当していた。裏方的な役回りで、そのくせお金に関することだから責任だけは重く、みんなが避けたがる係を、彼女は文句ひとつ言わず引き受けていた。


――そうだ、俺は、当時からちょっとかわいいと思っていたのだ、彼女のことを。

だけど、当時サークル内でそれなりにモテていた俺は、自己顕示欲や承認欲求も人並み以上に強く、“みんなが可愛いという女子”を付き合うことを最優先していた。競争率の高い女子を“オトす”ことで、自分のランクも上がるような気がしていたのだ。愚かなことに。

だから、地味で特に人気があるわけでもない彼女とは、ほとんど個人的な話をしたことがないし、もちろん恋愛対象として見ることもなかった。


「おお、久しぶり奈々子ちゃん」

「イギリスに赴任されてたんですね。おかえりなさい」


 ふんわりと微笑む彼女の薬指をとっさにチェックしてしまう。よし、両手とも指輪はナシ。久しぶりに会う奈々子ちゃんはちょっと瘦せて、髪も長くなっていて、シンプルな紺のワンピースがよく似合っている。

――なんだなんだ、この奥ゆかしい大和撫子感は。俺がまさに求めていた理想像じゃないか!?めちゃくちゃ可愛くみえるぞ、奈々子ちゃんが。


「奈々子ちゃんは、今何の仕事してるの?」

「学生を支援するNGOで、留学アドバイザーとして働いています」

「あーめっちゃ向いてそう。めちゃくちゃ相談しやすそう」


 本心からそう言うと、大げさな言い方に聞こえたのだろう、奈々子ちゃんがくすくすと笑う。なんだこの笑い方、可愛すぎないか!?


「先輩こそ天職じゃないですか。大学時代の夢、かなえたんですね」


 大学時代の、ユメ。――俺、なんて言ってたっけ。

 ぽかんとする俺を見て、奈々子ちゃんはちょっと首をかしげて見せる。


「大学のとき、先輩言ってましたよ。商社に入って、世界中のモノを動かしまくってやるって。食料でもエネルギーでも自動車でも、モノを動かせばそこにお金が生まれて、仕事が生まれて、交流が生まれて、世界がポジティブに変化するんだって」


――そうだった。

ただでさえ忙しい日々に追われて、さらにイギリス生活でのストレスが溜まりにたまって、見失いかけていた。俺は、夢があって、今の会社に入ったんだった。

学生のころ、何をやるにも必死だった自分を思い出す。要領がいいやつ、器用なやつとみんなから言われたけど、実際は企業にアポを取る際にはその会社の創立から現在までの社史を丹念にたどり、理念やミッションを分析し、プロジェクトの重要性と企業側のメリットをどんな観点からプレゼンするか、熱意を込めてコツコツと準備していた。誰もがポジティブな影響を享受できるような、前向きな変化を作れる人間になりたかった。


「――よく覚えてたね」


 ポツリとつぶやくと、奈々子ちゃんは優しい茶色の目を輝かせて、ふわりと微笑んだ。


「すごく感動したんです、先輩の言葉。当時の私も、だれかの役に立ちたいっていうぼんやりした思いがあって。それを、具体的な夢として叶えようとしている先輩の姿に、すごく刺激されて、今の仕事を選んだんです」


 今の仕事、すごく楽しいんです、と嬉しそうに話す奈々子ちゃんを見ていると、俺は自然と胸の内側がじんわりと熱くなるのを感じた。久しぶりの感覚だ。

学生時代に目標額の協賛金が集まって孤児院の建設が開始したときや、新入社員のころはじめて大きな契約がまとまったときと同じだ。全身の血液の温度がぶわっと上昇したような興奮と、だけど頭は冴えわたるように冷静な、不思議な気分。

――奈々子ちゃんを手に入れたい。


「そう言ってくれてすごく嬉しいよ。俺も奈々子ちゃんも、まだ夢の途中だね」


 冷静を装ってそう言うと、奈々子ちゃんは嬉しそうにうなずいた。仕草のひとつひとつが、キラキラして見える。


「留学したくてもお金がないとか、家庭の事情で諦めざるをえない学生さんたちに、こんな道もあるよって提案したり、サポートできるのは本当にやりがいがあります。もっと活動を広げていきたいんです」

「素晴らしい仕事だよ、ほんと。国際的に活躍したい学生さんを後押しできるチャンスがあればって、俺もずっと考えてたんだ」


 俺はぐいっと身を乗り出して、彼女の目を真っすぐに見つめた。ここは押しの一手!


「来週どこかでメシいかない?もし奈々子ちゃんが嫌じゃなければ、もうちょっとゆっくり話したいんだけど…」


俺の言葉に、奈々子ちゃんは円らな瞳をパチパチと瞬かせ、ものすごく驚いた顔をした。


「えっと……私とですか?」

「そう、できれば二人で」

「し、仕事の話を……?」

「それは口実というか、プライベートなほうでお願いします」


奈々子ちゃんの頬がほんのりピンクに染まり、戸惑いながら目を伏せる。もしかして、彼氏がいたか…!?


「ごめん、もしかして迷惑かな?彼氏に怒られる?」

「い、い、いえ、彼氏なんていませんよ」


 心の中でガッツポーズをしてから、改めて彼女の様子を伺うと、明らかに警戒されている感じがする。そりゃそうだ。特に仲良くなかったサークルの異性の先輩から、突然サシでご飯に誘われたら、誰だって不審に思うだろう。

俺は奈々子ちゃんを安心させるように、自分がもっとも無邪気に見える“人畜無害モード”の笑顔で、再度飲みに誘う。


「あっ、俺も俺も!いやーよかった、じゃあお互い何の罪悪感もなく飲みにいけるな!」

「罪悪感って…」

「なんなら、ノンアルコールでも!俺、ウーロン茶でもウーロンハイでも同じ酔い方するタイプだから」


 やっと肩の力が抜けたようだ。奈々子ちゃんが、おかしそうに笑う。


「……それじゃあ、私でよろしければ、ご一緒させてください」

「よかった、ありがとう!!」


俺は心底ホッとしつつ、無事に彼女と連絡先を交換し、翌週の食事の約束を取り付けたのだった。

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