題名のない物語

八咫鏡光

題名のない物語

 俺の名は田鰤俊介たぶりしゅんすけ。高校二年生の冴えない小説家志望だ。今宵も自室のノートパソコンの画面と睨み合いながら、とある小説サイトの短編小説コンテストの応募に向けて執筆を行っている……行っているのだが……。


「ダメだ……。全然書けてない」


 実は短編小説を書くことが誰よりも苦手で、今まで長編小説だけを執筆して苦手な短編だけ避けていた。たかが短編小説ごときでと思った人もいるだろうが、短編は長編よりも厳しい文字数制限でいかに起承転結バランスよく書けるかが要求される。俺の場合、いくつかの伏線や設定を前半で少しずつ張り巡らせてから、後半一気に回収し物語を終結させていくスタイルなので、短編より長編の方が一番書きやすいと思っているタイプなのだ。そんな俺が何故……苦手な短編小説に挑んでいるのかというと、ここ最近のスランプでその長編すらまともに書くことすら出来ず、徐々に焦燥感に駆られていた。そこで思いきってSNSで仲良くなった同じ小説家志望のフォロワーに相談し、”短くてもいいから、書くことを止めない方がいい”というアドバイスを受けた。またそのフォロワーから短編小説のコンテストが開催されていることを知らされ、そのコンテストに挑戦しようとなったのが理由だ。


「……っとまあ、勢いよく始めたはいいが」


 いざ真っ白な画面に文字を刻んでみると、どれもこれもとてもコンテストに出せるような代物ではなかった。良くも悪くもありきたり、長編で書く方が物語ストーリーとして面白い……そんなものばかりだった。


「はぁ……書くことが苦痛になるなんて、今まで全然感じなかったのにな」


 そう呟きながら、部屋の床に寝転がった。ふと俺は小説を楽しく書いていた過去を思い浮かべていた。俺は生まれつきよく頭の中でを考えることが癖で、自分の頭の中でその世界を作り上げるのが好きだった。それを何かしらの形で世に具現化させたい……。そんな変わった夢を幼い頃から漠然と考えていた。初めは絵画や漫画だった。しかし、絵を描く才能が皆無に等しくたった一、二年で諦めていた。小説を書くきっかけとなったのは中学二年生の時、文化祭で個別でどんな作品を展示するのか悩んでいた時だった。


*****


『絵が苦手なら、小説を書いてみるのはどうかな?』

 

 絵が苦手でありながら美術部に所属していた自分に、そんな言葉を投げかけたのは美術部担当の女性顧問……汐咲しおさき先生だった。


『小説?俺、これでも美術部員ですけど?』

『でも絵は抜群に下手くそではないか……』

『どストレートにその事実をぶつけてくんの、やめてもらいません!?』


 事実ではあるし、誰よりも自分自身それを自覚しているから”下手くそ”という言葉には深く刺さった。苦手なのに、他にやりたい部活がないから消去法で美術部に入部した俺に対するちょっとした嫌がらせ……あるいは”美術部を辞めろ”という遠回しな脅しなのだろうと当時はそう思っていた。そんな俺の推測を察したのか、汐咲先生はやれやれと首を横に振っていた。


『違う違う。嫌味でも、ましてや遠回しに退部を促しているわけじゃない。これは私なりの助言だよ』

『でも、美術部は絵を描く部活ですよね?絵が苦手だからといって、一人だけ小説書くのはおかしくないですか?』

『確かに美術部は絵を描いたりするのが基本の部活だ。だが、美術部というのは絵を描くのが全てではない……。それは君自身も知っているだろう?』


 確かに美術部の活動は絵を描くだけが全てではない。粘土や石膏を用いた造形作品など多種多様な芸術を作る。だが、あくまでも美術部の展示だ。俺は反論する。


『小説を文化祭の展示として出すなら、それこそ文芸部みたいな部活の人がやるもんでしょ?俺は美術部員だ。美術部員が小説を書いて展示するなんて違和感ありまくりですよ』


 そんな俺の言葉に先生は呆れたようにため息を吐く。


『じゃあ、今からでも文芸部を作るか?』

『え?それは……それしか他に方法は……』

『この学校には文芸部は存在しない。ないなら一から作るしか方法はない。だがな、部活を新たに作り出すには色々と条件とか存在する。専用の顧問や部員をかき集めたり、学校の許可も必要になってくる。だが、文化祭で小説を作るためだけに文芸部を作るなんて馬鹿正直に言ってみろ?学校の先生方からすれば、こいつは馬鹿かと一蹴されるのがオチだぞ?』


 俺はただ黙るしかなかった。先生の言う通りだ。一個人の我が儘で学校が首を縦に頷いてくれるはずはない。


『まあ周りが何か言ってきても、私が上手く対応して見せる。だから、君は私の言う通り……小説を書け』


 書けって言われても……。そもそも文章力はそこまで高くない。小説を初めて書く俺にとっては絵を描くのと等しく難しい話だ。だから……。


『ですから俺は……』

『ああ……。この前の夏休みの宿題で出てた作文、先生方……特に国語担当の甘利先生はそれなりに評価されていたぞ?』


 俺はもう一度断ろうとして口を開くよりも先に出た汐咲先生の口から、思いも寄らない台詞が飛んできたことで、驚きのあまり再び黙ってしまった。


『は?評価されていた?俺の作文がですか?』

『君は少々自分を過小評価しすぎるきらいがあるから、信じられないとは思うがね』


 夏休みの作文……。確かに宿題として書いていた記憶があるが、どんな内容だったかは覚えていなかった。しかし、言われてみると国語担当の甘利先生から割と褒められてはいたような記憶は微かにあった。


『一度甘利先生に君の作文を見させてもらったことがあってね。文章はお世辞にも上手いというわけではない。だが、文章の一文字毎にその時の感情と情景が、読んだ相手の頭の中に叩きつけるようにそのイメージが刻まれる……。読んでいて、そんな感想が浮かんだよ』

『……』

 

 何も言葉が出なかった。今まで、他人からそのように褒められるようなことなんてないと思ってどこか諦めていた。だから、真っ直ぐ他人に誉め言葉をもらったことに、心から嬉しいと感じる自分がいた。


『芸術は多種多様だ。時に芸術は人々に喜びや感動を、そして芸術はあらゆる表現や技術を以て人々にある種のメッセージとして届けたりすることも出来る。故に私は小説もまた一つの芸術だと思っている。小説はその物語にを以て人々に喜びや感動、そして新たな気づきを与えたりする。君には、その力がある。何も高尚なものを書けと言っているわけではない。ただ、自分が思い描いた世界を……文字を込めて作り上げればいい……。校正は私や甘利先生が引き受ける。君はただ、自分の思い描いた世界を思いのままに描いてくれればいい。だから……』


 ”再度、この言葉を君に告げる”と言って、真っすぐ俺に視線を向ける。

 

『小説を書け、田鰤君』


 俺はゆっくりと口を開き……。


*****

 気づけば俺は日付が変わるまで眠りについていた。ゆっくりと体を起こす。部屋の固い床で寝ていたはずなのに、不思議と体は軽かった。思考もいつも以上に冴えている。


(かな……)


 田鰤俊介が小説を書くきっかけとなったあの記憶。書かないといけないという焦燥かそれとも単に記憶が自然と薄れていただけなのか……。どっちにしろ、顧問がかつて俺に告げた”自分が描いた世界を思いのままに描け”という言葉は、焦燥感で薄れていた創作意欲を呼び起こした。スーッと深く深呼吸をし、いつものように頭の中でを描く。そして、白い画面に再び文字を刻む。


『タイトルは……”題名のない物語”』


~FIN~

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