第5話 : 決心 [1]

およそ半時間を彼の尻だけを見ながらはあはあと走り回る。 息切れして止まりたいが、少しでも足を緩めると彼は視界から消えるだろうし、捕まえる機会が二度とないかもしれない。


相手が走るのが早いからか、それとももう距離がかなり開いているからか分からないけど、死ぬ気で走っているのにいざ追いつけない。 からかうように逃げながら目の前でちらつくのがいらいらするだけだ。


すぐ信号機が見える。 揺れる視界に入るのは、今にも変わりそうに点滅する緑色の光だ。


大変だ。今度渡らなければ彼を逃すことになる。


弘はスリが横断歩道を渡るのを見て、やはり歯を食いしばって走るが、いざ彼が到達する数秒前に赤信号が灯る。 スリが通りの向こう側の路地に入るのをじっと見ているしかない。 切羽詰った気持ちでその場で足をバタバタさせる。 道路を行き来する自動車に遮られるのが情けないだけだ。 できれば、空を飛んででも行きたい。


信号が変わるやいなや素早く道を渡って路地に行ってみるが、すでに消えた後だ。


無駄苦労したという思いで元気が抜ける。 仕方なく祐希のところに戻ろうとしたが、足の力が抜けてその場にどっかり座り込む。


「はぁ… 大変だな。 運も尽きない… 横浜でスリに遭うとは。 小説では主人公がスリにあって泥棒と競走をする内容はなかったじゃん。」 虚しい心を少しでも慰めようとしきりに嘆くが、何も変わらない。 膝にできた傷と同じくらい苦い事実を自らはっきりと認識するだけだ。


くらくらして揺れる弘の視野に祐希が急いで走ってくる姿が入ってくる。


「えっと…どうして分かったんですか?」


「ずっと待っているのに来ないから。 公園を通りすがりの人たちに聞いてみたら、足を引きずりながらこっちに急いで走っている男を見たという人が何人かいたんだ。 ただ不吉な予感がした。 それが君のような気がしてね。」祐希は真っ赤な顔に汗まみれになった弘を見て、緊迫した声で尋ねる。


「それが…大変です。 スリに遭いました。」まだ揺れ動く心臓が落ち着かなくてまともに話せない。 ただ息を切らしているだけだ。


「スリ?どうなったの? 捕まえた?」


「いいえ。捕まえようとしましたが、信号が変わって逃しました。 幸運の女神が私の味方になってくれなかったようです。」いざ切実に望む時は何の知らせもなかったが、このように全て終わった後に来て大騒ぎする。


「とりあえず警察署に連絡してください。 詳しい話は後でします。」 弘は祐希に電話を渡す。 言いたいことは多いが、何もまともに言えない。


「ああ、わかった。」 祐希は電話を受け取り,警察署に連絡する。


"実は、警察を呼んでもらおうと思ったんですが、電話に出なかったんです。」


「それが…私、電話の電源を切っておいたの。 本当にごめん. 本当に。」


「いいえ、それでは仕方ありません。 実はあの時警察を呼んだとしても逃したと思います。 先輩のせいにしたからといって解決できる問題でもありません。」


「ところで…どこか痛いの? 見たらずっと足を引きずっているようだったが。」


「それがさっき、そのスリが押して転んだんですよ。 膝が痛くてまともに歩くのが大変ですね。」


「そう?一度見てみよう。」


祐希が弘のズボンをそっとまくり上げて膝を見て眉をひそめる。


「これ結構痛そうだけど…」


その瞬間に通話連結音が終わる。


結城は宏がスリにあったことを警察に通報する。


二人は近くのベンチに座ってしばらく待つことにする。


まもなく警察が到着する。


「こんにちは。ようこそ。」


「こんにちは。スリにあったという知らせを聞いてきたんですが。 詳しい状況説明とスリ犯がどんな顔をしているのか教えていただけますか?」


「はい、そうですね。」


弘は短く答え、続いて一部始終と人相着衣を詳しく説明する。


「はい、ありがとうございます。 断言することはできませんが、最善を尽くしてみます。」


「はい、ぜひお願いします。」


「ところで、どこか怪我はありませんか?」


「大丈夫です。転んで膝を少し怪我しただけです。」


「それでは一応交番に行ってみたらどうですか? 救急セットでもあるはずなのに。」


「それが…そこまで行くには少し遠くて面倒くさいので。 大丈夫ですよ。」


「本当に大丈夫ですか?」


「はい。ただ流水で一度洗って、近くの薬局で簡単に軟膏でも買って塗ればいいと思います。」


「はい…本当にそうでしたら。」


「それよりもスリをしっかり捕まえてほしいです。」


「もしかしてそこに何か重要なものが入っていましたか?」


「それが…」弘が何と答えたらいいか分からず戸惑う時、祐希が口を開く。


「実はそんなに重要だと言えるようなものはありませんでした。 現金少しですが、あいつには一番重要な収穫物だったでしょう。」 お金を何銭も失ったのはそれなりに済ますことができるが、楽しい気持ちで旅行に来てこのようにスリにあって怪我をし時間も浪費したという事実に心乱した気分を癒す方法がない。


「残念だけど、今できることは信じて任せるのが全てだと思う。 私たちも旅行に来た立場なのに大切な時間をスリを捕まえるのに浪費するわけにはいかないじゃない?」祐希もやはり弘の気持ちが分かるから、今すぐ言えることは残った時間を楽しもうということしかない。


「とても悔しくて気になるのは当然でしょうが、信じて任せていただきたいです。 ここにいらっしゃった目的があると思いますので、その目的に忠実でいてください。 旅行をできるだけ楽しんでいただきたいと思います。」


「はい, 分かりました」 弘はどうしようもないように受け入れることにする。


「そうだね。私たちは今ここにスリを捕まえに来たのではない。」 祐希も罪悪感と申し訳ない気持ちにとらわれたまま暗い表情をしている弘を慰めてみようとする。


「そうです、私も実はそう思います。ひとまず私たちが同じような事件の近くで再び発生したり、スリが捕まったら連絡してあげます。」


警察官がそこを離れ、近くを散歩している栞奈と偶然出会う。


失礼します。ちょっとお時間をいただけますか


「え?」栞奈は首をかしげて尋ねる。


「この辺でスリ事件が起きたんですよ。」


「スリですか?」


「はい。怪しい人を見たことがありますか?」


「いいえ、そんなことはなかったと思いますが。 実は私もちょうどここに着いたんですよ。」


「そうですね。それでも気をつけたほうがいいと思います。 もし近くで怪しい人を見つけたら、ぜひ連絡してほしいです。」


「はい, 分かりました。」


「それでは…ご協力ありがとうございます。」


彼女は短い言葉を残して立ち去る彼をしばらく見つめ、訳もなく自分も同じ目に遭うのではないかと不安になる。


一方、みなとみらいにいる結城と弘もスリ事件の餡が心に残っているが、潮風を浴びながら努めて静めようとする。


「とりあえず宿に戻ったほうがいいと思います。 お金が必要ですが、私の財布から持って来なければならないようです。 スリにあってあまりにも事がこじれました。」


「そうだね。」


「本当にごめんなさい。 私のせいです。」


「いや、大丈夫。 仕方なかった。 このようになるとは誰も思わなかった。」


「はい…」


結局、二人は宿舎に帰って弘の財布を持ってくる。 祐希は今日だけでもう3回目でここに来るのだ。


「財布はちゃんと持ってきたの?」


「はい。」


「これからどこに行けばいいのか?」


「私もそれが少し悩んでいます。 元々は新横浜にあるラーメン博物館に行こうとしたが、どうもあきらめなければならないようです。 日程がとてもこじれました。 気分もあまりよくなさそうですし、たとえ行っても夕方の花火大会に間に合うようにみなとみらいに戻るには、予定していたところを全部ゆっくり見回ることもできないと思います。 焦って時間に追われながら、それならいっそ行かないほうがいいと思います。 そんな遠い距離を行き来する時間がもっともったいないです。 もうたくさん浪費しました。 まともに楽しむこともできず、物足りなさだけが残るのは明らかです。」


「じゃ、どこへ行こうか?」


「チャイナタウンはいかがですか? みなとみらいから特に遠くもないし、花火大会が始まる前に全部見回せると思います。」


「そう、そうしよう。」 結局、仕方なく計画を変更してしまう。


二人の決定が交錯してお互いに会うのはまた避けているようだ。


一方、栞奈はラーメン博物館に到着する。 あらゆるラーメンのにおいが栞奈の空腹を刺激する。 夕焼け色の灯りが照らす昔の街をそのまま移したような姿が印象的だ。 訪問客の騒がしい雰囲気さえ、このような懐かしい風景にふさわしい。 ざわめく群衆に混じったまま街を少し見回して、あるラーメン屋に入る。 こっそりメニューを開いてすぐ店員を呼ぶ。


「はい、何になさいますか?」店員は注文を取りに栞奈に近づいてくる。


「ここで一番辛いラーメンはどれですか?」 メニューの写真を一つずつ目を通してめくる。


「これです。」 店員は七味たっぷりのラーメンを指さす。


「はい、それをください。」


店内をきょろきょろして、しばらくするとラーメンが出てくる。 清潔な器に麺が盛られており、汁が器の半分以上浸かっている。 もやし、チャーシュー、卵のようなものが山積みになっているのを見ると、口に唾が自然に溜まる。 器に顔を近づけてモヤモヤする湯気を大きく吸い込むと、強烈な七味のにおいが鼻先を刺してはジーンとする。 これが思い出の香りなのか懐かしさに涙がにじむ。 汁を一口すくって飲む。 やはり辛さが舌を刺激しながら食欲をそそる。 チャーシューと一緒に麺を一口大きくすくって口の中に押し込む。 ひりひりするが、どうしても麺をすくい上げる箸の使い方を止めることはできない。


一方、結城と博は日が暮れようとした頃、ラーメン通りとは全く違う雰囲気の場所に到着する。 新横浜からかなり離れた極めてエキゾチックな感じがする街である。 華やかな中国風の建物が目を引くと、まさにチャイナタウンだということが実感できる。


道をたどって関帝廟に到着する。 官友を祀ったところだという。 色とりどりの瓦で見事に飾られた正門を通ると、祠堂が歓迎してくれる。 祠堂に小さな香炉の前ですでに多くの人が目を閉じて手を合わせたまま願い事をしている。


「ここで願い事をすればいいんですか?」サンタや信じる幼い子供でもなく、この年を取ってこういう迷信に従うというのがバカな気もするが、他の人のように自分も何かしなければならないようだ。 こうしたからといって実現するわけではないが、一種の群衆心理のようだ。 訳もなく真剣に願い事をする雰囲気にプレッシャーを感じ、ゆっくりと近づいていく。 きょろきょろしてばかりいるのがぎこちないだけだ。


「何の願いを祈るの?」ぐずぐずしている弘にまず祐希が言い出す。


「それは一つだけじゃないですか?」弘もやはり財布を取り戻したい気持ちだ。 訳もなくこのようなことが恥ずかしくては、努めてより堂々と香炉に近づく。 切実な祈りが財運を呼ぶという。 考えてみれば、ここまで来て敢えてやってみない理由がない。 数分余りの間祈るだけで、特別な代価を払う必要もないので、駄目で元元。


「そのスリを捕まえること?」


「言えば願いが叶わないそうです。」弘は他の人がするように自分も目をぎゅっと閉じて両手を合わせる。 弘はこれが自分の財布ではなく祐希の財布だからもっと切実になる。

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