第39話 想いを伝えたくて

退院直後、老後同盟グループラインに咲希は招集依頼を入れた

『みんなに話しておきたいことがあるの』

その指で南井にも連絡を入れた。

『お見舞いありがとうございます、無事退院しました。もしお時間あれば少し会えませんか?』


季節は5月、新緑がまぶしい季節。

公園で待ち合わせをし、少し早く到着した咲希は庭園を散策していた。

バラの花が咲き乱れとても美しく香りが良い。

柴田には明日から仕事を再開することを伝えた。

結局まるまる休んだのは金曜日。あとは土曜日の夜だけ。なんとか最低限の日数にとどめた。

柴田は結局その間顔も見せなかったが、むしろそのほうが精神衛生上よかった。

しかし彼の口から出たのは

「お見舞いなんて恥ずかしいから。別に命に関わる病気じゃないみたいだし」


何コイツ。自分のことしか考えてないのか。


慣れたといえばそうなのだが、やはりやりきれなさは残る。


「咲希さん、お待たせしてすみません」

遠くから声がする。

振り向くと南井が息をきらし駆け寄ってきた。

「早く来て散歩してたんです。そんなに慌てなくて大丈夫ですよ」

「ハァハァ…もう年ですね。少し走ると息がきれて…あぁ、バラがきれいですね」

汗を流すその姿は、誠実さが感じられた。

「あの椅子に座りましょうか」

バラのアーチに囲まれたベンチを指差し、咲希は誘導した。

「お加減はいかがですか?まだ顔色があまりよくないようですが…」

「貧血がひどいみたいで。血になるもの食べなきゃですね」

「じゃあ今度焼肉食べにいきましょう。レバーとらなきゃ」

にこにこと笑顔の南井をみて、咲希はドキドキしながら思いきって胸のうちを明かした。


自分の病気のこと

妊娠しづらいこと

子供時代のこと


「私今まで子どもいなくてもいいやって思ってたんですけど、この前南井さんが結婚を前提におつきあいをって言ってくれたのがうれしくて…これからの人生のことを考えてみたんです。病室で天井を見上げながら、考える時間がたくさんありました。そしたら心の底から思ったんです。私南井さんと家族になりたい、できたら子どもも…って。南井さんは子どものこと、どう思いますか?」


南井はしばらく顔を真っ赤にしながら、咲希のことをじっと見つめた。

「そ、それは…」


ドキドキドキドキ…


おたがいの心音が高鳴る。

「子ども好きなんで、僕たちの子どもができたらそりゃあうれしいです。でも一番大路なのは咲希さんの身体なんで。子どもは里親になって養子を引き取るという方法もありますし。というか、それはプロポーズOKっていうことですか??」


そっか…

養子とかもありか…

さすが議員さん、里親制度とかも詳しいな…


ノリノリな南井を前にしながら、咲希は結構別のことを考えていた。

そして我に返る。


「あっ、それはもちろん!ただクリアしないといけない問題が…」

「柴田さん、ですよね」


コクッ


ただつきあっているだけなら一方的に切り出してその後は一切連絡を断てば別れるのも容易いことだが、仕事絡みなのが難点だ。


「そこは折をみて切り出しましょう。僕は柴田さんがあきらめてくれるまで何年でも待てます」

「あの人は本当に執念深い男です。自分の約にたつと思う女は絶対に離しません。そして男なら恨みをかえば相手を破滅させるまで追いつめますよ」

「柴田さんも人間なんで完璧な人なんていませんよ。必ずどこかで油断し足元をすくわれることも出てきます。そこがチャンスです。僕は絶対あの人に負けません。そして咲希さんを守り、必ず幸せにします」


ジーン…


うれしい言葉に感動。


言ってよかった


どう思ってるか聞いてよかった


想いは、言葉にしないと伝わらない。


伝えないと何も変わらない。


最初からあきらめて自分の中で抱えこんでいては


真実は見えてこない。



咲希は


バラの花の下で


そっと南井の手を握った。




その夜。


老後同盟3名集結。


表向きは咲希の退院祝い。


「カンパーイッ」


2日ぶりに店に立ち、明日の仕込みの傍らふたりと話をする。

さとこも忍も心配し、病院にも来てくれた。

何かあった時、老後同盟の結束は固い。

まずは病名を告げ、妊娠しづらいことを医師に告げられたことも伝えた。

「……」

女同士思うことがあるのか、言葉が出ないようで。

「そんな悲しそうな顔しないでよー。数年前の検診でも指摘があったし、なんとなくそれはわかってたんだよね。まぁ子どもを持つことが人生のすべてじゃないし。それともうひとつ報告が…」

今度は南井とのこと。こちらはうれしい話。

「うそっ」

「何そのスピード展開!?」

そしてやはり気になるのは、

「今の彼どうするの??」

それはケリがつくまで何年でも待つ覚悟があるということを伝えると、南井の想いの深さに感心したようで。

「南井さんいい人…」

さとこが感涙している。自分の元旦那と比べているのだろうか。

「忍ごめんね、せっかく松木さんとデートだったのに」

「デートだなんてそんな、派遣の契約が終わる前に一緒に食事するだけだから」

「忍も、後悔しないようにね。伝えたいことは、ちゃんと言える時に言っておかないと。今回倒れて病院に運ばれて、心底思った。人間いつ何が起こるかわからないから、40歳過ぎたら悔いのないように生きなきゃって。平均寿命考えたら約半分の折り返し地点だもんね」

「なんだか言葉に重みがあるね」

ふたりとも、しみじみうなづく。

「それにしても腹立つのは柴田さんだよ。うちらの前でもあんなに咲希が大事だってわかった、別れたくない許してくれって土下座までしてたのに。咲希が倒れたのだってストレスや働き過ぎもあるって。それなのに見舞いも来ない心配しない、挙げ句売上のことだけ気にするってどうかしてるって。人として間違ってる」

普段冷静なさとこが珍しく憤慨している。

「どういう人生歩んできたら、あんなお金に固執した考えになるのかな」

忍も首をかしげた。







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