第27話 苦手意識

「いらっしゃいませ」

さすがビジネスマンの集まり、時間に遅れることなく柴田を入れて総勢10名が集まった。


スーツの集団って、なんか苦手。

みんな同じようにネクタイしてキチッとしていて、そぐわない格好したはみ出し者はまるで社会の脱落者として烙印を押されるような気がしてしまう。

それは自分のコンプレックスがそう認識するのだろうけど。


咲希の心中は穏やかではなかった。


みんなと同じ、が難しい。

何の疑問も持たず、まわりと同じように大学行って就活して、昼間働いて残業して、結婚して子供を持って、親戚づきあいやご近所づきあいをこなしながら、家事と仕事を両立し安定した生活を送っていくこと。

人により多少の違いはありけりだけど、大多数が支持する。そんな人生が当たり前と思い生きていく。

そのほうが幸せになれるのかもしれない。


なのに


あえて世の中の流れと違う道を選んでしまう。

右ヘ習えの同調をしていると息が詰まってしまうから。

そんな人達もいることを世間がもっと認めてくれれば、誰もが生きやすい優しい世界になるのにね。


ふとそんなことを考えながら、笑顔で来客を迎える。

「咲希のこと彼女とはみんなに伝えてないから。なんかそういうの恥ずかしいし」

柴田はそう言っていたが、言わずとも普通わかるだろう。雰囲気とか、慣れ親しんだ話し方とかで。


この人どっか抜けてるよね


会社社長がひとまわりも年下の若い恋人のために店をもたせたっていうのはよくあることだと思うけど、この人はビジネスの場ではそういう恋愛ごととか隠したいのでしょう。

咲希はそう思い、ビジネスライクに徹していた。


気軽に楽しめるようにバイキング形式にしたので、取り分けしながら挨拶を交わし、手が空いたところで名刺の交換などをする。

ホステス時代はきれいに飾っていた指先のネイルは、料理をするのですべてとり、素のままにした。

メイクもナチュラルにし、服も白いシャツとロングスカートという、露出を控えたもの。

ベージュのエプロンを付け、家庭的な装いに。


『自宅のようにくつろいでもらえたら』


自分なりに考えたコンセプトは清潔感があると好評だった。

ヘルシーな料理も好評で、出足は好感触。

それには柴田も大満足だった。

「まぁこれは知り合いの集まりだから。これから一般のお客さんをどれだけ集めれるかが鍵だね。咲希、オレ意外の男に色目つかうなよ〜」

帰りがけ、ほろ酔いの柴田は上機嫌で帰っていった。


そんな店じゃないっちゅーの


また余計な一言を…。

内心腹ただしく思いながらも、無事柴田を満足させておもてなしを終えたことにほっとして、着座。

覚悟はしていたが、立ちっぱなしはかなり足がむくむ。


むくみ防止ストッキングなんて経費で落とさせてくれないよね


彼氏のドケチぶりは身にしみてわかっている。

足をさすっていると、つま先に何か当たった。


「?落とし物かな」

カウンター席の下をのぞきこむと、パスケースが落ちていた。

「誰か落としたのかも!」

この席にいたのは…確か政治家の人だった。市議会議員の人とか言ってたような…


トントン


のれんをしまった玄関をノックする音がする。


「はい」


扉を開けると、思い描いていたその男性が息をきらして来ていた。

「あ、あの…パスケース忘れてなかったですか??ハァハァ…」

「あっ、ちょうど今テーブルの下に落ちていたのを見つけたところです。お持ちしますね」


手渡して、確認を求める。

「あっ、これです!よかった、電車乗ろうと思ったらないのに気付いて…」

「上着を脱いだ時に落ちたのかもしれないですね」


どうぞ、と渡すと、男はすぐには帰らず咲希に話しかけた。

「あの…今日の料理とてもおいしかったです。柴田さんにはお世話になってますし、また来ますね」

「そう言ってもらえてよかったです!」

「どこかでお料理の勉強されてたんですか?」

「いいえ、全然。お料理は昔から好きでよく作ってましたが、自己流ですよ」

「そっか、それがいいですね。家庭的なやさしい味。僕ね、子ども食堂とかを市内に増やしていきたいって思ってるんですよ。もしご興味あれば、いつか手伝っていただけたらって思うんです」

「そうなんですね!実は子ども食堂とかに関心があって、ぜひやってみたいです」

「そうですか!それはうれしいです。僕ね、子どもの頃とても貧しくて食事も満足にできない環境で育ったんです。貧困をなくしたくて政治家を志し、柴田さんの人脈の応援もあり、数年前市議会に当選したんで、僕の恩人なんです」


まさかあの人がそんなに人に感謝されてるなんて…


オフィシャルな顔とプライベートな顔は随分違うものだ。

「子どもの頃の記憶って、大人になっても消えないものなんですよね。ひもじくて惨めな気持ち、あんな想いをする子をひとりでも減らしていきたい。そのために僕の政治生命を費やしたいと思っています。あ、すみません、自分の話こんなに長々と…ご迷惑ですよね」

「全然、迷惑なんかじゃないですよ。でもちょっと…選挙演説みたいですね」

「ほんとですね。くせになってるかもしれないですね」

はははっ、と屈託なく笑う姿は無邪気で、咲希はこの男性に好印象をもった。

「南井さん、でしたね。今度子ども食堂のチラシとかあればもらえますか?私も応援したいので」

「そうですか!ありがとうございます、また持ってきますね」


それでは、と帰る後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。

今まで政治家なんてホステス時代にも数多くみてきた。

そのほとんどが私腹を肥やすような腐った根性で、女や金にだらしないのが政治家だと感じていた。

苦手な人種だと思っていた。


「政治家でも、あんなにまっすぐないい人もいるんだ…」

南井と出会えたことで、咲希はひとつ、苦手意識が軽減した。






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