第21話 完璧主義ゆえの緊張症

忍です。

今まさに…極度の緊張状態にいます。


どうしようどうしようどうしよう


足が震え口が渇き、心臓が口から飛び出そうなくらいバクバク言ってます。


落ち着け、おちつけ


呪文のように心の中で唱えても全く効果はありません。

指先が冷たくなり、頭の中が真っ白です。


今日は社内コンペの発表会。

夏のイベントシーズンに向けて集客できるおもしろい企画を挙げ、取引先の人達にもみてもらい共同で運営できるものを選出するそうです。

基本全員参加で、これ自体が毎年恒例のお祭りになっており社外の方々も楽しみにしていらっしゃるそうで。

ただでさえ人前で発表することは学生時代から苦手なのに、社会人になってまさか派遣先ですることになろうとは。

それが新入社員くらいならまだ経験が浅いので多少へっぽこでも気が楽ですが、この歳で変なもの出したら笑われるんじゃないかと気が気ではなくて、昨日はよく眠れませんでした。


忍は完璧主義だね

と、よく言われます。


なんていうか、失敗することが許されないと思ってはいます。

昔からちょっとかわいい子は笑って許されるようなミスでも、私は冷たい視線を浴びてきました。

だから仕事でもなんでもちゃんとできるように、細心の注意をはらい、入念な下準備をして完璧にこなしてきました。

だからでしょうか。

必要以上に自分のハードルを上げ、自分を追いつめている。

完璧にやらないと、そう思えば思うほど余計な力が入り、どんどん緊張が高まってしまいます。


かえりたい…


こわくて不安で泣きそうです。

でも私が泣いたところで誰も気にとめないし、気持ち悪いと思われるのがオチだから人前で泣いたことはありません。

美人は得ですよね、涙一筋流すだけで心配してもらえるから。

辺に卑屈になってしまうのは、自信がないからです。

失敗しては指さされ叱責されブスは何やってもダメと自尊心を傷つけられ生きてきたので、完璧にやり遂げないと自分は価値のない人間なんだと思ってしまうんです。

その結果、極度の緊張症になってしまいました。


拍手と笑いに包まれながら前の人の発表が順番に終わっていき、自分の番が近づく。


緊張はMAXになり、吐きそう。

でもここで急にトイレにたったり、最悪の場合吐き気をもよおしたらそれこそ一生の汚点。

私は人間をやめなくてはいけないくらい、恥ずかしくて生きていけない。


「忍ちゃん」

「ひゃあっ(変な声出た)」

背後からぽん、と肩をたたき声をかけてくれたのは、松木さん。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

ボソッと脳髄に響き渡るいい声でささやく。

「…き、緊張して…私極度のあがり症で…は、初めてだし…」

涙目の私を、松木さんは部屋の外に連れ出した。

「一回、深呼吸しようか」


スー

 ハー


促されるまま、大きく呼吸する。

「呼吸するのも忘れてるくらいだった?」

「は、はい。そうですね…」

「僕ね、忍ちゃんの企画おもしろいと思うんだ、お世辞抜きで」

「えっ、そうですか??」

「だから、それを忍ちゃんの言葉で、ぜひ伝えてもらいたんだ。僕も聞きたい」

「松木さん…」

「緊張してる時はさ、意識が全部自分の方に向いてるでしょ?ドキドキとか、頭の中とか」

「確かにそうですね…」

「そうすると余計に不安な気持ちにクローズアップしてしまい、怖くてからだが固まって緊張状態になってしまう。そしたらあの企画に込めた忍ちゃんの想いが、誰にも伝わらない。それじゃあせっかくたくさんの時間もかけて作ったのに、もったいないよ」


ジーン…

そんなふうにいってもらい、感無量です。


「内側に向いてる意識を、自分の想いを伝えたいっていうふうに、外側に向けてごらん。自然に緊張もやわらぐはずだよ。大丈夫、忍ちゃんならできるから」


ダイジョウブ

信頼している人からのその一言は、これ以上ないくらいの安心感を与えてくれる。

「で、でも、私なんかただの派遣だし大したことできないし…」

若干落ち着きは取り戻したものの、まだグダグダがとまらない。

往生際が悪くてスミマセン。

「うーん…それなら」

松木さんは、奥の手に出た。

「これ終わったらごほうびにおいしいもの食べに行こうか?」

「えっ!?」

ふ、ふたりでですか??いやそれは相手既婚者だしダメですよやっぱりそれはでもそのごほうびはとてもとても魅力的だけどいいんですが私なんかで(心の声)

青ざめていた顔が逆に赤くなっていくのを感じます。人間リトマス試験紙が今ここに誕生しました。


ふっ

そんな私をみて松木さんは笑ってる。

「まぁいいや、考えといてね」

促され席に戻ると、ちょうど私の番になっていた。


ごほうびごほうび

さっきのまでの緊張はどこへやら、気持ちがうれしい方へシフトチェンジしつつある。

ふと社内側の席に目をやると、松木さんと目が合う。


ファイト

小さめのガッツポーズに、パワーをもらう。


自分の言葉で

自分の想いを


伝えたいこと、意識を外に。


落ち着いて、丁寧に。

かつ小気味良く、時間内にまとめ。

無我夢中だったけど、全部語り終え

頭を下げると、拍手の嵐。


逃げずにやり遂げた。

称賛された。

そのことがひとつ、私の誇りになった。




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