第11話 側にいるのにさみしいなんて

咲希の恋人、柴田浩輝(しばたひろき)は、人として何かが足りないと彼女は感じていた(やっと名前出たか)

一見どこにでもいるような中年だが、頭の中は常に金と仕事のことだらけ。

本人曰く

「たった30分目を離した隙に大事なメール見逃しただけで何千万というお金が動くような世界にいるから、気が抜けない」と。

なのでデートの時も道を歩きながらスマホ確認。

食事のあとも、セックスのあとも、最初に見るのはメール。

優先順位は

仕事→金→恋人

そんなところか。

そもそも恋人といっても、ようは自分に都合のよい相手を求めているに過ぎない。

かわいくて従順で、いいカラダをしている自分より若い子。

ただそれだけ。


咲希は、見た目ほど軽い女じゃない。

つきあっていれば情も生まれるし、自分のことを好きといってくれる人を大事にしようと思う(だから騙されやすいんだけどね)

柴田もつきあい初めは、咲希の気を引こうと人並みにドライブに連れていってくれたり、会話も大切にしてくれた。

けれど人間慣れていくもので。

彼女が逆らわないことをいいことに、柴田は徐々に遠慮がなくなり、デートの時間もほったらかしになった。


柴田は、側にいるだけでいいと思っている。

咲希は、会話のコミュニケーションをしたいと思っている。


以前韓国旅行に行った時のこと。

帰国便の飛行機搭乗まで時間があり待合室で待っていると、柴田は何も言わずスマホを握りしめ仕事のやりとりをメールでしていた。

それは到底話しかけれる雰囲気ではなかった。

それから日本に帰るまで、ふたりは一言も話さなかった。

それなのに柴田が空港で放った一言、

「今回の旅行も楽しかったね」


はい??


どこが??


終いよければすべて良しって言うでしょ


逆にいえば帰りが散々だとソレまでの楽しいことも帳消しになるんですケド



小さなモヤモヤは塵も積もれば山となり、

どんどん大きな不満に変化するものだ。


そんな心理状況で、

会うたびにマンネリ化したデート。


流れが見えてるということは、エンディングを知ってる映画を観てるようなものだ。


彼の部屋に行ったら、すぐエッチして

終わったら食事に行って

帰りにはお決まりの言葉。


「今日も楽しかったね」


彼女は心の中で思う。


楽しいと思ってるのはアナタだけよ。


私はもうこのワンパターンに飽き飽きしてるのに。



しかし店のお客さんでもあるし、

機嫌を損ねられたらまずいので、

とりあえず愛想笑いで手を振る。


でもなんだろう…

この虚しさは。



謎の虚しさの正体は、

姿形を変えて

ある日突然露呈する。



生理前になると気分が不安定で、イライラや涙脆くなったりする場合がある。

咲希はPMS(月経前症候群)と診断され早や数十年。漢方薬やピルを飲むほどひどい。

それもあって毎月気分の落ちこみが激しい時がある。

普段ならさほど気にならないことも、この時期になると過剰反応してしまう。


いつものようにデートの最中、話しかけると

「ごめん、後にして」

と冷たく言われた。

普段なら流せることも、その日は100倍辛く感じた。

気分的に性欲がわかなくても、デートにセックスは付き物と考えている柴田は毎回求めてくる。

乗り気じゃないのにしたって、気持ち良くもなければ幸せも感じない。

それでも彼氏はそれなりに満足しているが、終わったあとの後戯もなく、射精して拭いたらすぐベッドを出て、ガウンを羽織りソファでスマホを見始める。


それがすごく悲しくて。


こんなに近くにいるのにさみしいなんて。


ねぇ、こっちを見てよ。


私のこと、ちゃんと見て。


泣いてるのに、どうして気づいてくれないの?



咲希は布団をかぶり、彼氏に悟られないよう静かに涙を流した。


虚しい


温もりの消えたセミダブルのベッドは寒すぎる。




「…とまぁこんなことがあったんだけど」

今日の女子会はさとこと咲希のふたり。

何か落ちこむようなことがあると、緊急招集をかけて集まる。それが老後同盟の結束。

「忍も来れたらよかったのにね。あ、でも新しい派遣先の人達が歓迎会開いてくれるなんて、いいところだね。たまにはサシで話そうかさとこさん」

ちょうど仕事が休みだった咲希は、仕事終わりのさとことカフェで早目の夕食。

「うーん、なんかわかるー。彼氏さんはあまえてるんだろうけどね。咲希はやっぱさみしいよね、そんなんじゃ…。私の元ダンも似たようなもんだったもん」

「へー、そうなの??」

「クラス担任持ってたから問題ある子のことが頭から離れなかったりで、いっつもうわの空だったもん。それ指摘したら怒るし」

「えー、すぐ怒る人ってやだなー。それにダイレクトな怒りじゃなくても、言い方キツかったりあれも攻撃的だよね。案外言ってるほうは自覚ないけど」

「そうだよね〜、でも心のキャパがいっぱいだと余裕なくてすぐ爆発するよね」

「でもその怒りを一番身近な人に当たるのはよくないと思うわ。言われてるほうは嫌だししんどいもん。妻や恋人はアナタのご機嫌とりのために存在してるんじゃないのって言いたいわ。もちろん相手が大変な時には支えたいって思うけど、何しても許されるわけじゃないよね」

「そうそう、自分がしんどいのを受け止めてほしいならこっちのも聞いてもらわないと。夫婦も恋人も長くつきあうなら精神的にフェアじゃないとね」

男で苦労したもの同士、話が弾む。


「私今小学生低学年見てるんだけど、子供ってさ、見てみてーとか、よく言うじゃない。それを大人がきちんと拾ってあげると、自己肯定感の高い子に育つんだよね。人って元々注目欲求あるよね、自分をみていてほしい。ちゃんとみてあげると安心感を得て、感情も落ち着く。大人になってもそうだよ、大事な人に自分をみていてほしいって思うのは自然なことだから。このままの状態が続くなら彼氏にさり気なく言ってみてもいいんじゃない?そんなほったらかしで他の男にとられたらその時慌てるタイプだよね、咲希の彼氏」

「そもそもほったらかしてると思ってないよね。あの人感情ってものがない気がするわ、特に愛情。優しさとか思いやりとか」

「えっ、それってヤバっ。もしかしてサイコパス系??」

「だってさ、こんなことが気になったわけよ」


胚芽パンとミネストローネスープを食べながら、

ふたりの会話は続く。



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