夕日だけれど朝日でいいや

Danzig

第1話

『夕日だけれど朝日でいいや』


登場人物

江里(えさと)

宇良出(うらで)

死体(田中)

細尾(ほそお)

使者の青年





(公園 ベンチの横に死体が転がっている

そこへ人がやってくる)


江里:あぁ、これだな・・・・よしよし


(携帯電話を取り出す)


江里:あー、もしもし、言われた場所に来てみたが、言われた通りに、死体はあったよ。

江里:で、権藤(ごんどう)さんは後でここに来るんだね?

江里:じゃぁ、この死体を調べて、その時に報告すればいいんだな、うん分かった

江里:え? 権藤さんが来るまで死体を見張ってろって?

江里:ははは、死体が動くわけないじゃないか、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、

江里:はいはい、言われた通り、ちゃんと見張ってるから、じゃぁ


(電話を切る江里)


江里:さてと・・・


(死体を検死する江里)


江里:ふむふむ・・・死体の人物は、蒼いパンツに赤色のシャツ・・・この帽子は麦わら帽子か・・・

江里:脈はなし、確かに死んでるな。

江里:ほっぺたがプニプニして、なんだか、引っ張ったら、どこまでも伸びそうだな

江里:うーん・・・・それにしても、この死体の人物は一体誰なんだ・・・・

江里:誰かこの人の事を知っている人でも通らないかな・・・


(鼻歌を歌いながら宇良出が通る)


宇良出:(鼻歌)


江里:お、いい所に

江里:あー、ちょっとちょっと、そこの君


宇良出:え? 僕ですか?


江里:そうそう、君だよ、君


宇良出:僕は君じゃないですよ?


江里:君が僕じゃない事は分かってるんだ


宇良出:いや、そうじゃなく、僕は君じゃないって事ですよ。


江里:ちゃんと名前があるって言いたいんだろ?


宇良出:ええ、そうです、僕は宇良出(うらで)と言います。

宇良出:宇良出の「うら」に宇良出の「で」で、宇良出です。


江里:あぁ、宇良出君か、すまなかったね、宇良出君。

江里:私は江里(えさと)いう者だ、よろしく頼むよ。


宇良出:はい、よろしくお願いします。


江里:ところで宇良出君、ちょっといいかな


宇良出:僕に何か用ですか?


江里:用があるから呼んだんじゃないか、ちょっとこっちに来てくれないか


宇良出:どうしてですか?


江里:ちょっと宇良出君に、聞きたい事があってね


宇良出:僕は先程、コンビニでパンを買って食べましたが、それと何か関係がありますか?


江里:いや、それとは関係が無さそうだな


宇良出:でも、期間限定のメロンパンですよ


江里:うーん、残念だがパンではないんだよ


宇良出:すると、おにぎりですか・・・・僕はあまり食べないですね


江里:そうか、それも残念だな、おにぎりは美味しいのに・・・特に明太子のおにぎりは何とも言えない美味さがある。

江里:あぁいやでも、コンビニとは関係なさそうな話なんだよ


宇良出:とすると、僕の趣味の事ですか?

宇良出:僕の趣味は昆虫採集ですが・・・


江里:そうでもないんだ・・・

江里:いや、ちょっと待てよ・・・という事は、宇良出君はひょっとしてボランティアか何かかね?


宇良出:いえ、違いますね

宇良出:どちらかといえば、フリーターに近いかもしれません


江里:そうか・・・

江里:だとすると、やはり、この事件に関係があるかもしれないな


宇良出:事件って・・・どういう意味ですか?


江里:あぁ・・事件というのはだね、意外な出来事という意味だよ

江里:例えば・・・そうだな、もめごととか、争い、犯罪、騒ぎとか事故なんかの、こう、人々の関心をひく出来事の事だね。


宇良出:なるほど、そういう事だったのですね、わかりました。

宇良出:それで、僕は何をすればいいのですか?


江里:ちょっとこっちへ来て、これを見て欲しいんだ


宇良出:ん? どれですか?


(宇良出が死体に近づく)


江里:この死体なんだが・・・君はこの死体に、何か心当たりはないかね


宇良出:心当たりって言われても・・・え? 田中さん?


江里:おお、なんと宇良出君、君はやはりこの死体と知り合いなのか?


宇良出:いや、知り合いという訳ではないのですが

宇良出:この人、田中さんでしょ?


江里:田中さん?


宇良出:「田中さん?」って・・・あなた、田中さんを知らないんですか?


江里:田中さんくらい知ってるよ、ほら、あれだろ? 大学で先生やってる


宇良出:それは斎藤さんでしょ


江里:いや、田中さんだよ、五ラン大学の


宇良出:いやいや、それは斎藤さんですって、

宇良出:あなた、もしかして斎藤さんを知らないんですか?


江里:斉藤さんくらい知ってるよ、ほら、あれだろ? コンビニでバイトしてる。


宇良出:それは高橋さん!


江里:でも、高橋さんは、美容師さんじゃないか?


宇良出:美容師なのは、元町さんでしょ?


江里:じゃぁ、この人は?


宇良出:それは田中さん。


江里:うーん・・・どれも関連性は無さそうだな


(間)


宇良出:ところで、どうしてここに死体があるんですか?


江里:それが分からないんだよ、だから俺がここに来たんだ。

江里:宇良出君も何か心当たりはないかね?


宇良出:そうですね・・・心当たりですか・・・

宇良出:やっぱり最近腰が痛いのは、運動不足だけじゃなくて、和式の生活様式に問題があるんじゃないかと思ってるんです。


江里:ほう


宇良出:和式はテーブルが低いから、どうしても猫背になりがちですからね。


江里:俺は冬にコタツは無くてはならないと思うがね


宇良出:でも、それってネコが入って来るじゃないですか?


江里:いいじゃないか、ネコくらい入れてやれば


宇良出:まぁ確かに・・・


江里:コタツで食べる雪見大福は美味いぞ


宇良出:確かに、そう言われれば、そんな気もしてきますが、でも僕はコタツで食べるラーメンが好きなんですよ。


江里:あぁ、それも美味いな


宇良出:それもインスタントではなく、断然、店屋物(てんやもの)ですね。


江里:餃子は?


宇良出:チャーハンですね。


江里:なるほど・・・・

江里:そうなると、もう少し聞き込みが必要なのかもしれないな


宇良出:それにしても、田中さんの死因は何なんですかね


江里:それも調べないとな


宇良出:うーん・・・


(死体がもっそり起き上がる)


死体:あのぉ、お取込み中すみませんが・・・


宇良出:何ですか田中さん、急に起きて来ちゃって


死体:え? あのぉ、私、田中という名前なんですか?


宇良出:そうですよ、あなた田中さんを知らないんですか?


死体:ええ、残念ながら・・・何だかすみません・・・


宇良出:いえまぁ、それはともかく、今は取り込んでる最中なんですよ、見て分かりませんか?


江里:そうだよ、君は死んでるんだから、大人しく死んでてくれればいいじゃないか


死体:いや、そうですけど、このまま死んでるのも退屈ですし、地面は固くて冷たいし、身体も痛くなってくるし・・・


宇良出:でも、死体だから普通、動けないでしょ


江里:そうだな、さっき脈も止まっていたし、確かに君は死体だったよ。


死体:あれは心臓を止めてただけですよ。


江里:そんな事が出来るのかい?


死体:ええ、少しくらいなら


宇良出:変わった特技ですね


死体:割と出来る人はいますよ。


宇良出:へー、そうなんですか?


死体:ええ割と、特に年寄りになると、出来る人が多いですね。

死体:眠っている時に時々心臓を止めたりしている人って結構いますよ。

死体:まぁでも、そのまま止めてる事を忘れちゃう人も多いんですけどね。


江里:なるほどねぇ・・・でも、君はまだ若いじゃないか


死体:ええ、だからここで死んでてくれって頼まれたんですよ


江里:誰に?


死体:誰だかはちょっと忘れてしまって、思い出せないんですよ。

死体:でも、迎えがくるまでっていう事だったんで、とりあえず、迎えが来るまでは死んでいればいいかなぁと思って


江里:なるほどねぇ


宇良出:じゃぁ、やっぱり起きてきたらダメじゃないですか?


死体:いや、そうなんですけどね、ずっと待ってたら、段々とトイレに行きたくなって来ちゃって


宇良出:でも、死体なんですから、我慢しなきゃ


死体:我慢してましたよ、あなた達が会話している間も、ずっと我慢していましたよ、

死体:私はチャーハンよりは唐揚げだなぁ・・・って思いながらも、ずっと我慢してたんですよ。

死体:でもトイレに行きたくて仕方がなくなってしまったんですよ。


宇良出:いやいやいや、そういう気持ちはわかりますけど、田中さんは死体なんですから、トイレに行っちゃダメでしょ


死体:でも私、ずっと我慢してたんですよ、トイレに行きたくて、行きたくて、でも、ずっと我慢してたんですよ。

死体:どうして死体がトイレ行っちゃいけないんですか? 死体がトイレに行っちゃいけないなんて差別じゃないですか!


宇良出:まぁ、そう言われれば、確かに・・・


死体:でしょ、だからトイレに行かせてくださいよ。


宇良出:それはいいですけど、でも田中さんが居なくなったら、死体が無くなっちゃうじゃないですか。

宇良出:誰かが迎えに来るんですよね?


死体:そうなんですよ、

死体:ですから、私がトイレに行っている間、この場所を見てて欲しいんですよ


宇良出:場所を見てればいいんですか?


死体:ええ

死体:あ!、でも死体にはならないで下さいよ、私の居場所が無くなっちゃいますから


宇良出:いや、ならないですよ。 私が死体になったら、死んじゃうじゃないですか


死体:でも、ちょっとした興味本位とかで・・・


宇良出:ないない


死体:そうですか、なら安心してトイレに行けますね。


宇良出:でも、田中さんがトイレに行っている間に、その迎えに来る「誰か」ってのが来たらどうするんですか?

宇良出:それに、私はその「誰か」ってのが誰かも知らないですよ。


死体:うーん、私も「誰か」が誰なのかは分からないですけど、きっと「誰か」が来たら、あぁ「誰か」が来たんなんだなって直ぐに分かる気がするんです。

死体:死体の直感ですかね。


宇良出:そうですか・・・で、田中さんが居ない時に、その「誰か」が来たら、どうなるんですか?

宇良出:その時、僕はどうすればいいんですか?


死体:それは私にもよくわかりませんから、その時に考えましょう。

死体:とにかく私はトイレに行きたくて仕方ないですから、今からちょっとトイレに行ってきますね。

死体:後はお願いします・・・


宇良出:あっ、ちょっと・・・・

宇良出:あぁ、行っちゃった・・


江里:まぁ、トイレなんだから直ぐに帰って来るだろうし、待ってればいいよ


宇良出:そうですね。


江里:俺も死体からは、いろいろ聞いておかないといけないからな、権藤さんが来るまでに・・・

江里:あぁ、早く帰って来ないかなぁ


宇良出:ははは、今行ったばかりなんですから、そんな直ぐには無理ですよ。

宇良出:それにしても、田中さんはどれだけ死体だったんですかね?


江里:うーん、確かな事は分からんが、俺が来た時にはもう死体だったよ


宇良出:なるほど、そりゃきっと、トイレも長そうですね


江里:まぁ、そうだな


(間)


宇良出:そういえば、話を戻しますけど


江里:なんだ?


宇良出:江里さんは、どうして、さっきコンビニの限定メロンパンの事は聞かなかったんですか?


江里:それは、明太子のおにぎりがあったからじゃないか?


宇良出:そういうもんですか・・・・


江里:まぁ、そうとばかりは言えないかもしれないがね


宇良出:でも、本当に限定だったんですよ


江里:君はそう言うが、世の中、何が起きるか分からないならな


宇良出:ふーん・・・


(少しの間

 一人の人間がやってくる)


細尾:刑事さん、こっちこっち、こっちですよ


(細尾が現場につく)


細尾:ふー、ようやく着きました。

細尾:刑事さん、ここが死体があった場所です・・・・って、あれ? 刑事さんは?


(辺りを見渡す細尾)


細尾:おーい、刑事さーん、刑事の荒木さーん、どこですかー!


江里:ん? どうかしましたか?


細尾:はい、ここに死体があるというので、刑事の荒木さんをここへ連れて来たのですが、どうも彼とははぐれちゃったみたいです


江里:そうですか、それは御苦労様です。


宇良出:あれ? 田中さん?

宇良出:もうトイレは済んだんですか?


江里:あ、そう言われれば、さっきの死体だ、 でも服装は違ってるな


細尾:何言ってるんですか、私は死体じゃないですよ。


宇良出:顔だけじゃなくて、声もそっくり


江里:うんうん、そうだよ、やっぱり、さっきの死体なんじゃないか?


宇良出:そうですよね、やっぱり田中さんですよ。


細尾:いや、だから私は死体じゃないですって、私は細尾といいます。

細尾:それに、誰ですか、その田中さんって?


宇良出:え? あなた田中さんを知らないんですか?


細尾:いえ、田中さんくらいは知っていますよ、ほら、あれでしょ、大学で先生をやってる・・・


江里:ほらっ!


宇良出:それは斎藤さんでしょ


細尾:いや、田中さんですよ、五ラン大学の


江里:ほら、ほらっ!


宇良出:いやいや、それは斎藤さんですって、

宇良出:あなた、もしかして斎藤さんを知らないんですか?


細尾:私だって、斉藤さんくらい知ってますよ、ほら、あれでしょ? コンビニでバイトしてる。


江里:ほら、ほら、ほらっ!


宇良出:それは高橋さん!


細尾:でも、高橋さんって、美容師さんじゃないですか?


江里:ね!、そうだよね、ほら!


細尾:そんなの、当たり前じゃないですか


宇良出:いや美容師なのは、元町さんですよ?


細尾:違いますよ


宇良出:それじゃぁ、あの死体の人は?


細尾:名前は知りませんよ


宇良出:うーん、あの人は田中さんなんだけどなぁ・・・・


細尾:まぁ、そんな事はいいとして、お二人は刑事さんを知りませんか?


宇良出:あれ? 刑事さんならここに居るじゃないですか?


細尾:え? どこにですか?


宇良出:ほら、ここに


(宇良出が江里を指さす)


細尾:あなた刑事さんだったんですか?


江里:え? 俺? いや、俺は刑事じゃないよ?


宇良出:えぇ! あなた刑事さんじゃないんですか?

宇良出:でも、警察関係の人ですよね?


江里:いや、まったく、全然

江里:どうして俺が刑事なんだよ


宇良出:だって、死体を調べてたじゃないですか?


江里:死体を調べてたからって警察の人間とは限らないだろ


宇良出:限るでしょ!


江里:限らないよ

江里:手術をするからって、医者とは限らないだろ? それと同じだよ


宇良出:いや、それもっと限るでしょ!


江里:うーん・・・なんていえばいいかなぁ

江里:分かりやすくいえば、車を運転するからって、運転手とは限らないって事だよ


宇良出:まぁ、それはそうですけど・・・

宇良出:じゃぁ、どうしてあなたは死体を調べていたんですか?


細尾:あなた、死体を調べていたんですか?


江里:そりゃ、調べていたけど、頼まれたからなんだよ

江里:ここに死体があるから、それを調べて、後から来る権藤さんに報告してくれって


細尾:誰にですか?


江里:誰にって、そりゃ・・・・

江里:あれ? 誰だったっけな?


細尾:分からないんですか?


江里:いや、分からないんじゃなくて、思い出せないだけなんだ

江里:えーっと、誰だったっけな・・・

江里:あ、そうだ、携帯! 携帯電話で聞いてみればわかるよ


細尾:それなら大丈夫そうですね、じゃぁ早速聞いてみて下さい。


江里:携帯、携帯・・・あれ? 携帯電話がない


細尾:どうしたんですか?


江里:携帯電話が無いんだよ、ここに来た時には確かに使ってたはずなんだが


細尾:まさか、嘘をついてるんじゃないでしょうね?


江里:いやいや、嘘じゃないんだ


細尾:もし、嘘だったら、あなた方、二人とも罪に問われますよ。


宇良出:えー、僕も?


細尾:そりゃそうですよ


宇良出:そんな・・・ねぇ江里さん、もっとよく探して下さいよ。


江里:分かってるよ、でも、さっきから探しているけど見あたらないんだ・・・


宇良出:そんな・・・


細尾:やっぱり嘘だったんですね、それなら、残念ですが二人とも・・・


江里:いや待て、待ってくれ、

江里:後でここに「権藤」という人がやって来るんだ、その人に説明して貰えば分かるはずだ


細尾:権藤・・・ですか?


江里:あぁ、そうだ権藤だ

江里:俺は権藤さんを待ってるんだ


細尾:そうですか、わかりました。

細尾:で、その権藤って人が来なかった時は、あなたはどうするつもりなんですか?


江里:え?


細尾:だから、「権藤という人が来なかった場合、あなたはどう責任をとるつもりですか?」という話ですよ。


江里:いや、権藤さんは来るよ。


細尾:どうしてそう言えるんですか?


江里:いや・・・だって・・・来るって言ってたし・・・


細尾:はぁ・・・まぁ、ひとまずそれはいいとして、で、死体は何処にあるんですか?


宇良出:死体は・・・・


細尾:どうしたんですか?


宇良出:今、トイレに行ってるんです・・・


細尾:トイレ? 死体がですか?


宇良出:ええ・・まぁ・・・


細尾:そんなバカげた話がありますか

細尾:死体がトイレに行ける訳がないでしょ


宇良出:でも、行きたいっていうから


細尾:行きたいからって行っていいもんでもないでしょ

細尾:どうして止めなかったんですか?


宇良出:いや、そうはいいますが、死体がトイレに行けないというのは差別ではないかと・・・


細尾:まぁ・・・そう言われれば確かにそうですね


宇良出:分かって貰えてよかったです。


細尾:それはいいとして、それで死体はいつ帰って来るんですか?


宇良出:トイレなんで、もうすぐだとは思うんですが・・・


細尾:そうですか・・・それで、もし死体が帰って来なかった時は、どうするんですか?


宇良出:いや、帰って来ますよ


細尾:どうしてそう言えるんですか?


宇良出:だって、そう約束したし、田中・・いや、死体だってここが自分の居場所だからって・・・

宇良出:それに「誰か」が迎えにくるからって・・・


細尾:誰かが迎えにくる?


宇良出:ええ、そう言ってました。


細尾:その「誰か」とは?


宇良出:いや、それは分からなくて・・・


細尾:どうしてそれが本当だと思ったんですか?


宇良出:どうしてって・・・それは・・・なんとなく・・・


細尾:はぁ・・・困りましたねぇ・・・いるんですよ、そうやって騙される人が


宇良出:騙されるって・・・僕は騙されてなんて・・・・


細尾:まぁ、いいです。

細尾:とにかく、死体が無いのなら、私はここに用はないですから


宇良出:え?


細尾:死体の事は、あなた方二人で何とかして下さいね。

細尾:では、私は失礼します。


宇良出:あの、ちょっ・・・


江里:はぁ・・・行っちゃったな


宇良出:ええ・・・


江里:何だったんだ、あいつは


宇良出:さぁ・・・


(間)


江里:どうする?


宇良出:どうするって何をです?


江里:死体だよ


宇良出:もう、いやだなぁ江里さんまで・・・ちゃんと帰って来ますって


江里:ホントにか?


宇良出:・・・多分・・・


(間)


江里:見て来なよ、トイレまで


宇良出:でも、トイレに見に行っている間に「誰か」が来たらどうするんですか?


江里:それは・・・


宇良出:じゃぁ、江里さんが見てきて下さいよ。


江里:俺だって行けないよ、権藤さんが来るかもしれないんだぞ


宇良出:そうですよね・・・


(間)


宇良出:ところで、権藤さんが来た時に死体が無かったらどうなるんですか?


江里:それなんだよ

江里:よく分からないけど、何か凄く嫌な予感がするんだ、この世の終わりが来るみたいな、何か凄く嫌な予感


宇良出:実は、僕もなんです。


江里:「誰か」ってのが来た時に死体が無かったらか?


宇良出:ええ・・・


江里:そうだな、俺もそんな気がする


宇良出:そうですよね・・・すごくそういう気がするんですよ


(間)


宇良出:田中さん、帰って来ませんね


江里:あぁ


宇良出:そういえば、権藤さんっていう人はいつ頃来るんですか?


江里:分からんよ、後で来るとしか聞いてないから


宇良出:でも、もう随分経ちますよ


江里:分かってるよそんな事は、だったら、宇良出君の方の「誰か」ってのはいつ来るんだよ


宇良出:分かる訳ないじゃないですか、そもそも僕は「誰か」が誰か知らないんですから・・・


江里:まぁ、そうだよな


宇良出:ええ・・・


(間)


江里:悪い事したな


宇良出:何がですか?


江里:君にさ・・・・

江里:おれが声を掛けちゃったから、何か巻き込むみたいになっちゃって・・・


宇良出:そうですね・・・・あの時声を掛けられなかったら・・・

宇良出:でも、考えると、何が切っ掛けになるか分からないものですね


江里:あぁ、そうだな

江里:それはきっと夢と同じなんだろうな


宇良出:夢・・・ですか?


江里:そう、夢と同じ

江里:夢ってさ、何故か突然、シーンが切り替わったりするだろ


宇良出:ええ、そうですね


江里:シーンの切り替わりには、何かの切っ掛けがある筈だんだけど、そういうのって分からないよな


宇良出:まぁ、そうですね・・・


江里:だろ?


宇良出:関係ありますか?


江里:・・・ないな


宇良出:ですよね


(間)


宇良出:田中さんも権藤さんも来ませんね・・・


江里:そうだな


宇良出:でも、来るなら権藤さんの方が早く来そうですよね?


江里:そうかな?


宇良出:そうですよ、きっと権藤さんの方が早く来ますよ


江里:何言ってるんだよ君は、権藤さんの方が早かったら何だっていうんだよ

江里:まさか、君は、俺の方が先に・・・・


宇良出:・・・


江里:そういう事なのか?


宇良出:・・・


江里:黙ってないで、何とか言ったらどうなんだよ


宇良出:そうじゃないんです


江里:そうじゃないって、じゃぁ、どういう意味なんだよ


宇良出:僕が死体をやりますよ


江里:え?


宇良出:権藤さんが来た時には、僕が死体になります。

宇良出:そうすれば、少なくとも権藤さんの一件は方が付くじゃないですか


江里:でも君は、死体になったら死んじゃうって言ってたじゃないか?


宇良出:ええ・・・でもそれしか方法が思いつかないんですよ。

宇良出:権藤さんがいつ来るか分からないから、もう、今のうちに死体になってようかと思いまして


江里:いや、まてまて、「誰か」の方が早く来るかもしれないだろ

江里:だってほら、死体がトイレを我慢できるくらいの時間で、迎えに来るっていう話なんだから・・・

江里:それに、君は死体に言われたんだろ? 居場所を奪わないでくれって


宇良出:ええ、それは確かに・・・


江里:だから君が死体になっちゃダメなんだよ


宇良出:そうですか・・・


江里:あぁ、俺に変な気は使わなくていいよ・・・


宇良出:・・・


江里:でも、俺なら、まだ大丈夫だろ、「誰か」が来ないうちに、今から俺が・・・


宇良出:ちょ、ちょっと! 待って下さいよ!

宇良出:そんな事しても意味ないですって


江里:何でだよ


宇良出:だって、僕は「誰か」を知らないんですよ。


江里:でも、「誰か」が来たら直ぐに分かるんだろ?


宇良出:それは田中さんがそう言っているだけで、僕が分かるかどうかなんて、分からないじゃないですか


江里:まぁ、確かに


宇良出:だから、やっぱり僕が・・・


江里:やめろって言ったろ

江里:それに、俺だって権藤さんが誰か知らないよ


宇良出:そうですよね・・・


(間)


宇良出:僕達って、何を待ってるんですかね・・・・


江里:あぁそうだな・・・

江里:権藤さんを待っているのか、死体を待っているのか、「誰か」を待っているのか・・・


宇良出:それが分からないと死ぬに死ねないですね


江里:そうだな


(間)


(死体に似た誰かが登場)


青年:あ、いたいた、ここでしたか、ちょっと迷ってしまって・・・探しましたよ


宇良出:・・・田中さん・・・・


江里:はぁ・・・よかった・・・助かった・・・


青年:お二人ともどうしたんですか?


宇良出:「どうしたんですか」じゃありませんよ、もう、ずっとあなたの事を待ってたんですから


青年:私を待っていたのですか?

青年:私が来る事を、良く知ってましたね?


江里:そりゃそうだよ、君が来なければ、俺達はどんな目に会うか・・・


宇良出:それにしても、田中さん、随分長いトイレでしたね、お腹でも壊れたんですか?


青年:は? 田中さん?

青年:私は田中さんじゃないですよ?


江里:ほら、だから言ったろ、死体は田中さんじゃないって


青年:いや、死体の名前は田中さんですよ?


宇良出:ほらっ!


江里:いや、だってさっき・・・・


青年:あなた、田中さんを知らないんですか?


江里:いや、俺だって田中さんくらい知ってるよ、ほら、あれだろ? 大学で先生やってる


青年:それは斎藤さんでしょ


宇良出:ほらぁ!


江里:いや、田中さんだよ、五ラン大学の


青年:それは斎藤さん。

青年:あなた、もしかして斎藤さんを知らないんですか?


江里:斉藤さんくらい知ってるよ、ほら、あれだろ? コンビニでバイトしてる。


青年:それは高橋さん!


宇良出:ほら、ほら、ほら、ね、そうでしょ? そうだったでしょ?


江里:うーん・・・・

江里:ちなみに、美容師さんは?


青年:元町さん。


宇良出:よっしゃー! よーし、よし、よしよし

宇良出:あれ? そんな事より、僕達、とんでもない事を見逃している気がする・・・


江里:え? とんでもない事って?


青年:ところで、お二人はさっきから何の話をしているんですか?


江里:だから、死体である君の名前が、田中かどうかって事だよ。


青年:私は田中ではありませんよ


江里:だろ?

江里:だからさっきから言ってるんだよ、死体は田中じゃないって

江里:それを君がややこしくしたんじゃないか


青年:いや、死体は田中さんですよ


江里:でも、君は自分は田中じゃないって言ったじゃないか


青年:ええ、私は死体ではありませんから・・・


江里:え?


宇良出:あぁ・・・やっぱり・・・・


江里:じ、じゃぁ、あなたは誰で、何しにここに来たんですか?


青年:私は権藤さんの伝言を、権藤さんを待っていらっしゃる方に届けに来た者です。


江里:俺に?


青年:あぁ、あなたが権藤さんを待っていらっしゃる方ですか?


江里:ええ、まぁ一応


青年:そうですか、権藤さんからの伝言です。

青年:「今日は行けなくなったけど、明日の明け方になったら、そっちに行くよ」という事でした。


江里:え? 明日?


青年:ええ、明日の明け方ですって


江里:明け方・・・ですか?


青年:明け方というのは、夜が明ける頃という意味ですね


江里:そうですか・・・


青年:伝言は確かにお届けしましたよ

青年:では、お二人さん、さようなら


江里:あの・・・えっと・・・


(去っていく青年)


(間)


宇良出:権藤さん、明日になるんですね


江里:そうらしいな


(間)


宇良出:江里さん


江里:ん?


宇良出:さっきから、ずっと考えていたんですが、なんだか僕、分かった気がするんです。


江里:そうか・・・実は俺もそうなんだよ

江里:俺もなんだか、今分かった気がするんだよ


宇良出:そうですか・・・


江里:あぁ、


宇良出:僕達って、権藤さんを待っている訳でも、死体を待っている訳でも、「誰か」を待っている訳でもなかったんですね。


江里:そうだな、俺達は「その時」を待ってたんだな


(間)


宇良出:あの夕日、綺麗ですね。


江里:もう、夕方になっちまってたんだな


宇良出:ええ、何だかんだで、知らないうちに時間が過ぎて行ってたんですね


江里:そうだな、あっという間だったな


宇良出;ええ


(間)


江里:あれは夕日だよな?


宇良出:ええ、夕日ですね。


江里:やっぱり、夕日だよな?


宇良出:ええ、夕日です。


江里:あれが夕日でも、もう朝日でいいかな


宇良出:そうですね、それでいいと思います。


江里:そうだな、よし、じゃぁ行こうか。


宇良出:はい、行きましょう。



(二人去る)

(完)

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