私たちは屍を抱きかかえながら前に進んでいくのさ
それから暫くしてから、ネネが目を覚ました。念のため回復薬を使用した。彼女は串刺しになっているバーバラを見つけ、
「お前がやったのか」
「そうだね」
私はこともなげに答えた。
「殺す必要はあったのか」
「魔術士は不遜なのさ。自慰行為の道具のように見られるのは我慢ならなくてね」
「それなら男だけで良かったはずだ。バーバラを殺す必要はあったのかと聞いている。返答次第ではぶっ飛ばしてやる」
「おかしな話だ。君はそこでのびていたのに、後始末を行った私を殴ろうとしている。もう一つ面白いのは、君が勝てなかった男を私が倒しているのに、こと戦闘において自分が優位であるような言葉を吐いている。君に拳を振り上げる権利はあるけれど、それに対抗する権利もあることを忘れない方が良いよ」
「この距離ならアタシの拳の方が速いだろうが」
「ほんとうに?」
「違うって言うのか?」
「試してみたら?」
「死ぬぜ?」
「ハハ」
「何がおかしい」
「いや、少し怯えているなと思って」
「なんだって?」
「ネネは熱情に駆られやすいように見えるけど、実は冷静沈着だ。よく観察している。君は今私を得体の知れないものとして認識しているね。何故ならバーバラを貫いているのが地属性魔術には見えないからだ」
「……一体、何の話をしているんだ?」
「地属性魔術に詳しくない人間はよく分からないから違和感を覚えない。そういう魔術もあるのだろうと思ってしまうところを、君はその違和感を丁寧に咀嚼している。私は君のそういうところが魅力だと思っているよ。そしてもう一つ特筆すべきは、本当に怒ってもいるということだ。加入して日が浅い仲間、果ては裏切った女に対して情を持っている。少なくとも私には持ち得ない感情だ。君にはリーダーの資質があるよ。あとは戦闘能力をもっと磨いてくれたら言うことないけどね」
「余裕だな。この状況で説教垂れるってのか」
「そんな大層なものでもないよ。ただ本当に思っているんだ」
「ああ、知るかよ」
「私は小心者の平和主義さ。殴り合うのはやめよう」
「よく言うね、簡単に人を殺しておいて」
「小心者だから殺すんだよ」
「ああ、そのことについてはよく分かってる。ああ、よく分かっているよ。だが、不必要な殺しは好きじゃねえ」
「それでいいと思うよ。不必要な殺しは私がする。もちろんこれは、君にとって不必要ってだけの話だから、私にとっては必要な殺しになるのだけどね。今回のも必要な殺しだ。私の都合だけどね」
「どんな都合だ?」
「私が私であるためのものだから、言っても分からないさ」
「言う気がないだけに聞こえるけどね」
「そんなことはないよ?」
「うさんくさいな」
「ハハ、よく言われるよ。でも本当さ」
「なに、笑ってんだよ。アタシは怒っているんだ」
「そうだね、そうだろうとも」
「真面目に取り合う気がないんだな」
「そんなことはない。でも重要な事柄ではないのも確かだね」
「気が抜けるやつだなお前は」
「それも良く言われるね」
「怒りをいなすのが得意な奴は、得てして信用できない」
「ああ、私は狡猾な女だよ」
「クソが。ああ言えばこう言う奴だ」
「ひねくれていてね」
「口先では勝てそうもない」
ネネは握っていた拳を緩めた。
「勝とうとするからだよ。私は正直に答えているだけなんだから」
「ああ、クソッタレだ。バーバラを殺してんじゃねえ」
「ごめんね」
「謝ったら人を殺していいのかよ」
「人を殺すための免罪符なんて存在しないよ。私たちは屍を抱きかかえながら前に進んでいくのさ。そうしてまた、誰かに抱えられた屍となるんだよ。死屍累々が積み重なって、外観だけを綺麗に整えて栄光の兆しが聳え立つのさ」
私はバーバラに手をかざすと、縫い付けていた紙が揺らめいて消えた。バーバラは崩れ落ちながら地面に伏せた。
「もう一度だけ、真面目に聞く。殺す必要はあったんだよな」
「もちろんだ。バーバラは死ぬべきだった」
「ああ、分かったよ」
私たちはバーバラを地面に埋葬した。
私が魔術で土を掘り起こそうとしたら、ネネが自力でやると言い出したから、紙でスコップを作ってあげた。
これから先にチームを作るうえでネネをリーダーにすることは決まっていた。故に彼女は私が天恵を持っていることを知っておく必要があったのだ。バーバラにはその見せしめの役目も担ってもらったけど、一番はその死にざまを見た時にネネがどういう反応をするのか見たかったからだ。
その様子は概ね予想通りだった。彼女は私の思う通りの人物だ。
そしてそれを踏まえた上で、やはりネネはリーダーに相応しい人材だと思った。
KIKYO 寝々川透 @ripace57
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