うるさ
私の噂は、というよりは地属性魔術士の存在は、冒険者組合に於ける低階級層の中では抜きんでて話題性に富んでいる。
というのは、もちろんガイやエリクセン、ネネのような新進気鋭のパーティーと行動を共にする事があったのと、組合も巻き込んだ、この大規模な争奪戦自体の存在もまことしやかに広まっているらしく、少し組合に顔を見せる度に、様々な人から勧誘を受ける羽目になっていた。
中には私の容姿に釣られるものもいたし、純粋な魔術士としての能力を欲したものもいる。ただ、私の思い描く道筋は既に確立されていて、今更よほどの存在でない限りは、よそ見をする余裕はない。ただ容姿に釣られるようなものは論外である。これは遊びじゃなかった。
しかしながら、遂に見定める時期は終わりを迎えるはずだ。
次のパーティーを以て最後なのだ、あの顔合わせの場にいた七組は。つまりそろそろ形を作っていかなければならないのだけど、その一歩目であるネネとの再接触は、彼女たちが魔宮に潜ってしまったためお預けとなった。
いつ帰ってくるのかも分からない。埋めた苗は密やかに蠢いているけど、それらはまだ先だと言っている。
そんなこんなで私は暇を持て余す日が生まれていた。そういう時は本を読んだりして過ごすのだけど、ウロの店には無限に本があるわけでも、無限に入荷出来るわけでもないのだから、当然いつかは頭打ちだ。そういうことである。私は速読の達人であるから、この状態は当然の結果と言えた。
「つまり暇を持て余してるから、俺で時間を潰してるというわけだ」
大猪の肉を頬張りながら、ガーメイルは言った。
「何故君ごときで時間が潰れると思っているんだろうね。私が君に期待していることは此処の飯代だけだよ。自惚れないでね」
「生意気な後輩に奢るほど、俺は出来た人間じゃないんでね」
「奢らないつもりなら、それでも一向に構わないさ。私は大いなる意思を以て抵抗するよ。ああ、断固として」
「具体的には何をするんだ」
「ひっくり返って喚き散らしてやる」
「それは酷いな」
「そうだろ。私も出来ればやりたくないからね」
「ここは奢ってやる」
「気が利く男は嫌いじゃないよ」
「奇遇だな。俺も喚き散らす女は嫌いだ」
私は肩を竦めた。金ならあるけど、ただ飯ほど上手い飯もないのである。
「最近はどうだ、冒険者は」
「結構順調かな」
「仲間探しをしてるんだってな」
「そうなんだよ。面白い人も多くて困る」
「背中を預け合う存在だ。慎重に選ぶのは悪いことではない」
「そうだねえ。ただ、勧誘も引っ切り無しだから疲れたよ。組合に居れば居るだけ声がかかるから、あそこは居づらくてさ。ほとんど口説いているような人とか、明らかに邪な気持ちのある人とか多いし」
「女性冒険者の宿命だな。基本男所帯だから」
「そういえば、受付嬢も大変みたいだね。この前マリーが告白されてたよ」
「ああ、あいつはよくされているな。確かに美人だが、愛想は皆無だ」
「愛想は皆無だね。だけど、そこが良いのかも」
「分からんな。女は愛嬌だ」
「そんな前時代的な考え方は止めてよ。今は男女のセオリーは関係がなく、あるのはどこまでも個性であるべきだ」
「ただ、俺は愛嬌がある方が好きなだけだ」
「ガーメイルは結婚してるんだっけ」
「ああ」
「どんな奥さん?」
「魔宮の最下層で戦った火蜥蜴よりも愛想が悪い」
「火蜥蜴に愛想もくそもないけど」
「昔はそうじゃなかったんだ」
「ああ、もういいやこの話。めんどくさいから」
「暖かな季節に咲く花のような笑顔で」
「もういいって」
「振り向くたびにその眼差しが」
「うるさ」
私は目の前の肉に集中することにした。
ガーメイルとはたまに昼飯を食べる仲になっていた。試験の時以来、妙に気に入ってくれたようだった。
ガーメイルは一線を退いてこそいるけど、現役は第三級冒険者である。一握りの人間しかたどり着けない領域に彼はいた。そして幾つかの魔境や魔宮を踏破した。今では若き新人たちのお父さんのような存在になっている。全盛期でもないのに、私の魔術を容易く対処するのだから驚きだ。
エリクセンもネネも将来性のある前衛だとは思うけど、まだこの領域にはないだろう。とはいえ、最初から強くても面白みがない。そんなものは、俯瞰者である私だけで十分だ。
「次は別の場所に連れてってね」
「奢られてる奴が文句を言うな。考えておく」
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