そう思いたいだけさ

 私は思い描くロンドを演出するために、街へ戻らなければいけなかった。正方形の小さな紙が指し示す方向には飲み屋が立ち並んでいる。もう一方の正方形の小さな紙は、恐らくは自宅で留まっていた。


 黄昏の荒野を抜けるために、幾つかの高台を超えていく必要がある。時間もいつもよりは早い帰還だったから、ノンビリと歩いた。


 最後の高台を超えようとしたとき、その頂上に一人の女性が立っているのが見えた。


 吹き抜ける風に綺麗なハーフアップの銀髪が靡いている。全身が純白色の装いだ。首元に留め金のあるノースリーブのドレススカート、太ももまでを隠しているニーハイソックス、ショートブーツ、おおよそ魔境に赴く装いではないものの、それよりもその白さに目が留まった。


 まるで何かを超越したような雰囲気を持っている。どこか憂いを帯びた蒼い瞳は空を見つめ、艶やかな唇が小さく開いていた。分かることは、認めざるを得ないほどの美少女であることだ。


 その造形美に至っては、この私と遜色ないレベルなのかもしれない。そして女性は恐らく強者である。私の感覚が分かりやすく警鐘を鳴らす。敵意は感じないものの、既に気付かれている。


「こんにちは」


 女性は鈴を転がすような声を響かせた。


「ああ、こんにちは」


 私も当たり障りなく答えた。


「ここから見ていたわ。貴方のこと」


「ここから?」


 私は自分が歩いてきた道を見つめた。多分、エリクセンとの模擬戦のことだ。


「強いのね。お名前を教えていただけるかしら」


「キキョウだよ。そちらは?」


「アリストス・ラトス。アリスと呼んでほしいわ」


「可愛らしい名前だ。アリスはここで何しているの?」


「ここは空が近く見えるから、たまに息抜きに来るの。面倒な事とか、色々考えなければいけない事とかを忘れるために」


「それは名案だ。私もここは嫌いじゃない」


「私たちは気が合いそうね。そろそろ街に戻る予定なの」


「それなら一緒に帰ろうか」


「そうしましょう」


 私たちは並んで歩き始めた。


「キキョウは冒険者ね」


「新人だけど」


「うそ。あんなに強いのに」


「強さと冒険者の等級は関係ないからね。隠れた実力者もいるはずだ。私もその部類なのかは所説あるけれど」


「それもそうね。ただ大体が結局ここにたどり着くの。一切合切の身分関係なく、魔境や魔宮に吸い寄せられて冒険者になる」


「不思議な力が働いているのかもしれない」


「きっとそう。そうだったら私たちが冒険者をすることには大きな意味がある」


「世界がひっくり返るような事が将来起こるはずだよ」


「そうなの?」


「さあね。ただ、そう思いたいだけさ」


「でも、確かにそうなるわ。私もそう思っているの」


「そう思いたいだけ?」


「ええ、そう思いたいだけよ」


「やっぱり気が合うみたいだね」


「そうみたいね。ああ、今後が楽しみね。また一人特別が現れた」

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