悪いとは思っているさ

「なに?」


「これではパーティー加入はしてあげられない」


「理由を教えてほしい」


「君以外が弱すぎるからだよ」


 名前を覚えられてない。それくらいの印象でしかなかった。彼らは明らかにムッとした表情を浮かべたけど、何も言わなかった。これは私に配慮したわけではなく、今話しているエリクセンの言葉を待ったからだ。


 統率が取れている。確かに良いパーティーかもしれない。ただ私はその歯車にはなれない。そもそも、なる気がなかった。最初から決まっていたことだ。ある程度の道筋が見えたから、思えばそんなに遠慮する必要がないのかもしれない。ここは思い切ってしまうべきだ。


「エリクセンは天恵を持つ優秀な前衛だ。だから私は君を気に入っていた。どんな仲間が居るんだろうとワクワクしていたのに、なんてことはない、エリクセンの邪魔をしないだけの置物があるだけだ。彼らは君が命の危機に瀕した時に何もできないよ。何故なら、エリクセンよりも優っている部分が何もないから。エリクセンで対処できないことは、この人たちにも無理なんだ。ある意味良いパーティーだとは思うけどね。エリクセンはよくやっているよ。ただ、本当に上を目指そうとしているのか。よく考えてくれ、この人たちは必要か。人数があることに一定の効果があるのは認める。ただ、より広い世界に於いては、ずっと質より数が優っていた筈なのに、ある線を越えたところから、急に数より質の世界になる。その世界に彼らはいないのさ。どれだけ頑張ろうと」


「……それは認めよう。彼らは強くはない」


 エリクセンは熟慮じゅくりょした上でそう言った。仲間は吃驚したようだった。


「ただ、それでも仲間だ。俺との間に差があるのなら、それを引き上げてやるのもまた仲間なのだ。人は成長するのだから、待ってやればいい。なに俺はたまたま天恵を持っていただけなんだ。その差は仕方がないだろ」


「確かに仕方がないね。ただ、その理論には穴があるよ。多分君も気付いている。ひとつ、人間には全盛期がある。彼らの肉体的強度はこれ以上増すことはない。それこそ奇跡を手にしない限りはね。ふたつ、彼らにはその気がない」


「そんなことはない。彼らは勤勉だ」


「勤勉なだけじゃ駄目なんだ。分かるだろ」


「分からないな。彼らは捨てられない」


「では決裂だね」


「仕方がないな」


「……もう。めんどうくさいな」


 私は前髪を弄りながら、舌打ちをした。


「少々手荒いけど、君たちには質を見てもらうことにするよ」


「なにを言っている?」


「君たち鉄血戦線と私で模擬戦をしよう」


「意味が分からないな。何故そういう話になる?」


「頭がお花畑の君たちに厳しい現実を見せてやると言ったんだ。言っておくけど、一人ずつではないよ。君たち七人と私で模擬戦をする。本当にこれから先に進む気があるのなら、この勝負を受けたまえ。君たちの人生観をひっくり返してやる。分相応の人生を、私が適切に引導を渡してやる」


「舐められていることだけは理解した。君はそういう奴だったんだな」


 エリクセンは背を向けた。


「君とはここでお別れだ。模擬戦はお断りする」


「ではエリクセンもここまでだ。これ以上夢を見ることは出来ない」


「お前、言いすぎだ」


 仲間の一人が立ち上がって言った。


「お荷物は黙ってろ」


「なんだと!」


「おい、エリクセン。言われっぱなしでいいのかよ」


「相手にするな。そいつとは決裂した」


「エリクセンは利口だね。その冷静さがあるから、雑魚を束ねてこれたのかな」


 仲間たちは次々に声を荒げた。エリクセンは私が皆を激昂させようとしていることに気が付いていたけど、その表情は怒りに満ちていた。彼は自身を律することは出来たものの、仲間を律することまでは手が回らなかった。


「もう一度言うよ。模擬戦をやろう。こんな小娘に雑魚だと言われたくなければね。なに、命が掛かっているわけじゃないさ。お互いにそこは配慮する。少し時間を使うだけだ。君たちが勝てば私は誠心誠意謝罪する」


 私はエリクセンを見て言った。


「そして君たちが勝てば、魔術士が一人パーティーに加入する」


 結論から言うと、模擬戦は行うことになった。私がもし負けてしまったら、彼らの言うことを何でも聞く、従順な魔術士として扱われることになる。エリクセンは合理的だ。怒りもあっただろうけど、最終的には仲間に背中を押されて了承した。黄昏の荒野は、魔物が居ることを除けば模擬戦の会場としては優秀だった。広く見晴らしの良い場所がたくさんある。私と鉄血戦線はお互いに距離を取った。


「後悔するなよ」


 エリクセンは鋭く眼を光らせていた。


 私は大きく言った手前、負けるわけにはいかなかった。鉄血戦線は恐らくは普段通りの陣形を組んだ。先頭にエリクセンが立ち、扇状に広がっている。彼らは得物を逃がさないように立ち回る。


 自分が殺す必要はなく、すべてはエリクセンがひき殺していくのだ。ただ、こんなのは広いから出来る形だ。屈強な戦士たちに囲まれたら、私でもきっとただではすまない。今回ばかりは、少し気合を入れなければ。私は手のひらに生成した小石を空に放り投げた。これが落ちたら模擬戦闘の開始だ。


 空に浮かび上がる小石を眺めながら、懐から紙を一枚取り出した。ゆっくりと地面が近づいていく。前方を見据え、怒りに満ちた眼を受け止めると、その間を小石が通り過ぎる。小さく乾いた音が響いた。


「これは私たちの内緒の話。ああ、悪いね。悪いとは思ってるさ」


 一斉に駆けてくる鉄血戦線を見渡しながら、そっと取り出した紙を放り投げた。その紙に書かれた文字は光り輝いている。


「記述詠唱」

「秘密の花園」

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