怖くないよ、美少女だよ
黄昏の荒野にある魔宮は『メイギス』と呼ばれている。
ご丁寧に魔宮の前にそういう看板が掛かっているのだからご苦労なことだ。その外観は石造りの遺跡群だった。
魔宮は場所によって外観が変わるらしいけど、一つだけ共通項として、その地の中心に巨大な幾何学模様が描かれた門を構えている。その門の中央にメイギスと刻まれているのである。
どういう意味があるのかは分からない。よほどよく分からないのは、私たちの親しみ深い言語で書かれているところだった。文献によると、大陸共通語が生まれたのは千年前で、メイギスが生まれたのは一万年以上前のことらしい。何が本当で何が虚構なのかは分からないけど、事実だとしたらなんとも奇妙な話だ。
ほとんど奇跡的な歴史によって誕生したはずの大陸共通語と、まったく同じ言語が更に過去に使われているというのであれば、歴史の整合性の是非、世界の不文律、繰り返し誕生した人類、ありとあらゆる陰謀論が顔を出し始め、心の中で終末戦争を繰り広げることとなる。
私は文筆家ではあっても考古学者ではなかった。
「さあ。気合い入れていくぜ」
ネネは不敵に笑った。組合の派遣員に冒険者証を確認してもらった。本来メイギスは七級からしか入れないけど、今回はネネたちがいる。メイギスの門は既に開かれている。門前に来ると、どういう理屈か自動で開くのだ。
先は黒々とした階段が続いている。一寸先は闇だ。幅は人が五人横に並んで歩けるくらいだった。
厳かな雰囲気を風が攫ってゆき、私たちはそれに乗っかるように階段を降りた。程なくすると光が見え、視界が開けてくる。左右の壁に松明の炎が揺れている。その光は等間隔に延びていき、私たちを手招きするように揺れていた。光源が用意されているとはいえ、少し薄暗く見通しが悪い。こんな場所で戦闘を行わなければいけないというのだろうか。
「安心しろ。階層によって趣が違うんだ。この階層は薄暗いが、二階層は外と変わらんくらいに明るくなる」
私が顔を顰めたのを見たのか、ネネはそう言った。
「それに、一階層は魔物が弱いんだ」
アルタイルは言った。彼女はおおよそ女性とは思えない巨体を持った斧使いだ。女っ気のない乱雑な茶髪に、長身のネネをも超える身長、ただその性格は限りなく温和であり、どうやらこのパーティーの調停役を務める母のような人だ。その攻勢は最も
私も事前に調べてはきたけど、一階層には罠などもないようだった。
先頭を進みながら、その罠を感知する役目を持つカレラを見た。黒づくめの装束に身を包んだ彼女の容姿は判別がつかない。女性ということだけは分かる。口数も少なく、何を考えているのか読めなかった。
このパーティー唯一、テクニカルな技術を持っている人間と言える。彼女がいなければ、魔宮攻略に付き物の罠解除がままならないからだ。
ここは突然槍が降ってきたり、矢が飛んできたりするらしい。何故そんなものが仕掛けられているのか、それを知るものはいないけど、世界でもっとも危険な場所と言われるだけはあるというわけだ。
自然的なものと比べて悪意すら感じられた。
無機質な壁が続いている。入り口の階段と比べ、少し道幅が広くなっている。幾つかの十字路を右折し、次は左折し、その次は真っ直ぐと、パーティーは迷いなく進んでいる。これはネネたちが既に一階層を攻略しているからだ。どこに下層へ続く階段があるのかをマッピングしている(簡易的な地図を作っている)。
味気のない行軍が続き、レイジュが欠伸をかみ殺した時、ようやく薄暗い中を揺らめく影の存在を捉えた。
「キキョウ。やってみろ」
ネネが先を見据えながら言った。
私は即座にルーンに
「記述詠唱」
「断罪する無機質な
空中に小さな岩が幾つか生まれる。それらは岩が積み重なっていくように大きくなると、そこから乱雑に削ぎ落されてゆき、左右非対称の、アンバランスな十字架の形に変化する。
地面につきたてる部分の先が鋭利に尖っている。
生成された十字架の真下を刃蠍が通り過ぎる瞬間、その残酷な刃は振り落とされる。それらは硬いはずの外殻を容易く砕き、そのまま地面に突き刺さる。刃蠍は悲鳴にもならない音を響かせ、ジタバタと手足を動かし続けていた。
「ひゃあ、怖え」
レイジュがおどけて言った。
「怖くないよ、美少女だよ」
「ハハハ。これだ、これだよ。アタシが欲しいのは」
ネネは少し興奮しているようだった。
「お気に召したようでよかった」
「ああ。もう正式加入しちまおうぜ。なあ、いいだろ」
「私はちゃんと約束は守るようにしてるんだ。全員と試してから考える」
「お堅いやつだ。浮気性のビッチ女が」
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