こんなに可愛いんだから狙われるだろ

 次の日の朝は、少し寝坊した。


 ずっと目を瞑っていたから定かではないけど、思いのほか夜更かしをしてしまった。とはいえ貯金が底をついている訳でもないし、それほど急ぐ人生でもない。いつもの通りユックリと支度を済ませた。


「ずいぶんと偉い身分なんだねえ、魔術士様は」


 一階に降りると、ミランダにそんな小言を言われた。


「心に余裕がある大人のレディという訳さ。急いたってしょうがないだろ」


「そりゃそうさ。アンマリ緊張はなさそうだね」


「まあね。懸念があるとすれば、私のこの美貌と魔術士というネームバリューに釣られた男どもが粗相をしなければ言うことないかな」


「そんな奴がいたら股間を蹴り上げちまえばいいんだ」


「当然そうするよ」


「まあ、お前は大丈夫な気がするけどね」


「どうして?」


「そもそも狙われないからさ」


「いやいや、こんなに可愛いんだから狙われるだろ」


「なんだろうね。容姿が整っているのは、まあそうだろうが……なんだろうね。なんだかんだ。笑い方とか振舞い方とかがさ。裏があるような気がして、少し近寄り難い印象がある。加えて魔術士はお高くとまっている奴らも多いからね。昨日の食堂でお前が注目されていたのは気づいているかい? フリーの魔術士が呑気に飯食ってたら、誰もが声を掛けたがるもんさ。特にこの宿は比較的新人が多いからね、喉から手が出るほど欲しい人材だ。私がそう選別しているというのもあるが、兎に角声が掛からなかったのが良い証拠だよ。お前は独特の雰囲気を持っている」


「……胡散臭いねえ」


 私はその言葉を嚙み砕き、飲み込んでみる。


「それは興味深い意見だね」


「まあ、ただの感覚の話さ。当然十分気を付けな」


「分かってる。肝に銘じて行ってくるよ」


 本来なら朝飯が出るらしいのだけど、起きるのが遅すぎて出なかった。太陽はそろそろ一番高いところまで昇ろうとしていた。


 暖かな風が通りを抜けていく。冒険者となるには、冒険者組合に行く必要がある。そこで適性試験を受けなければならないらしい。


 まったく戦えない者を魔物と戦わせるわけにはいかないのだから、当然の処置である。流石に私が通らないとは思えないけど、少々面倒くさかった。昨日買ったキャンディを舐めながら、冒険者組合がある北区に向かった。


 冒険者組合は、木枯らし亭と比べても大きな建物だった。


 それに剣を引っ掛けた者や鎧を着こんだ者、筋骨隆々の戦士やローブを着た魔術士の姿もある。多種多様な人間がその入り口を賑わせていた。もしやこの先に人混みがあるのでは、そう思いながら恐る恐る中に入っていくと、想像よりは幾分マシな様子だった。


 というよりは見た目よりも広いのだ。天井が吹き抜けになっていて、半らせん状の階段が二階に続いている。


 一階には冒険者が集う酒場と依頼を受ける為のカウンターがある。そのカウンターの裏手から外に出ると大きな広場がある。

 その広場から続く先には解体場があるらしく、ここは血の匂いがするので、あまり立ち寄らない方がよさそうだった。


 二階に進むと、そこには書庫があった。冒険者でなければ利用できないらしいのだが、そこには戦闘指南書や地図、魔物の特性や習性、魔宮の仕組み、冒険者として役立つものが揃っているとのこと。後で絶対来ようと思った。あとは談話室や会議室などの部屋があるだけだった。


 一階に戻ると、受付のカウンターに向かった。

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