4.真相

 僕の大声を受けて皆が振り返って立ち止まる。

「犯人がこうたんか?さすが、大学で金田一みたいなことしてるだけわあるわ」

 トメさんが目に希望を灯らせて、そう言った。

「はあ、早くしてくださいよね」

 夏美さんは少し呆れ気味でそう言った。息子さんはまだ幼く育児に忙しいのにこんなことに時間をかけやがって、という感じなのだろう。

「元夫を殺した犯人がわかったんですか?」

 疑うような目を浮かべて郁恵さんは僕を見てそう聞いた。さっき僕が言ったトリックが頓痴気とんちき過ぎたから信頼を失ってしまったのだろう。

「親父を殺した犯人がわかったんすね!「屯さん、すごい!」さすが、ミステリ研!」

 邦彦君と彼の彼女はほぼ同時に明るい口調で言葉を放った。トメさんと同じくその目には希望が宿っていた。


 よし、言うぞ…あの言葉を!!


 「犯人はあなただ!」


 僕が指さしたのは…

 

 幾田さんの自宅のだった。


「「「「「えっ」」」」」

 僕以外の5人が同時に驚愕の声をあげた。


「どういうことなんや?」

 トメさんが怪訝な表情をしながら、僕に聞いてきた。そりゃそうだ。

 それでは…始めるとしようか…解決編とやらを。


「トリックを今から話します!」


 皆を幾田さん家の屋根のできるだけ近くに僕は連れて行き、僕は屋根の一部分を指さした。

「あそこを見てください!この部分だけ雪が無いんです」

「あっ本当っすね」と合いの手をうつ邦彦君。

「そりゃそうやけどそれがどうしたんや?」とまだ訝しげな様子のトメさん。

「簡単なことですって知ってますよね?皆さん」

「そりゃあ、ここらへんは雪がよく降る地域ですからね。屋根の雪の一部が溶けて雪崩が起こることでしょ」と夏美さんがイライラした様子で答えた。

「そう、それです。それが、ここで起きたんです」

「「「「「えっ」」」」」

 一同がまた驚愕の声をあげた。驚き過ぎだろ。


「邦彦君は昨日の夜から今朝にかけて、どこ行ってたの?」

 突然、僕に名指しされ驚いた表情に邦彦君はなった。

「ええと、実は…隣町のラブホに…」

 邦彦君は顔を赤らめながらそう言った。

「ちょっと邦彦、それは言わんといてーな」

 顔を紅潮させ怒る彼女。

 そんなイチャイチャぶりをよそに、僕は推理を続ける。

「後、仕事、いや学校?はいつまであったの?」

「俺、もう仕事してるっす。一昨日で漸く仕事終わりって感じっす」

「仕事っていつもどれくらいに終わってたの?」

「18時には終わってたっすけど、最近は雪が酷くて、それから歩いて家に帰ったら20時には必ずなってたっす。ここらへん道以外は電灯無いじゃないっすか仕事終わった後はいつも、周りの家の明かりだけを頼りに家に辿り着いてたっす」

「だから、気づかなかったんだ…」

 僕は息をフーっと大きく吐いた。推理の肝の部分を今から披露するから気合を入れたのだ。

「邦彦君は毎晩夜遅くに帰宅していたわけです。そして、昨晩恐ろしいほどの大雪が自宅の屋根に積もっていることに気付かなかった。被害者の幾田さんは、今朝雪が止んだタイミングを好機とし、その雪を下ろそうとしてたんです。おそらく。そして、その時に屋根雪崩が起こって…シャベルで頭を強打してしまった」

 邦彦君の顔が曇り始めた。眉尻が下がっている。それもそのはずだ。彼がラブホに行かなければ、この事件、いや事故は防げてたかもしれないのだ。

「けど、元夫は屋根の雪を落とそうとしてたんですよね?だったら、なんで脚立きゃたつとかはないんですか?」

 と郁恵さんが暗い顔を浮かべて聞いてきた。

「簡単なことです。幾田さんは脚立を置けるように、雪搔きをして広範囲の地面を露わにしようとしていたんです。雪の上に脚立を置くと足場が不安定になり倒れてしまいますから…そして、シャベルで雪搔きをしている最中に…運が悪いことに大量の雪が屋根の上から落ちてきて…それも相当な勢いで。それで幾田さんが雪掻きをし終わった部分の地面に落ちた衝撃か幾田さんに当たった衝撃かで凍った雪が砕けて辺りに散らばった…」

 そして、僕は今朝撮った幾田さんの遺体の写真を見せた。

「多分、この感じから言って、とっさに身を屈めて頭を守ろうとしていたんだと思うんです。落ちてきた雪が多分運悪く放り投げて手放したシャベルの取っ手の部分に多く落ちたのでしょう…そして取っ手に対する雪の重みでシャベルが回転して、幾田さんの後頭部をえぐってから飛んでいき、木の下にズコっと落ちたんです。幾田さんは頭上の雪から頭を守っていましたが、後ろからの攻撃は想定しておらず後頭部は全く守っていなかったんです。当たり前ですが…」

 辺りに沈黙が走る…

 皆、一同青い顔をして、僕の方を見ていた。

 被害者に起きた陰惨な事故のことを想像しているのだろう。


 そのとき、僕の横から黒い影が現れた。

 僕が驚いてその影の方向を見ると…


「お待たせいたしました。警察です!」

 息を荒らげ、白い息を何度も吐く県警が立っていた。

 

 年が明けた。邦彦君は時折、表情に陰りが見えるようになったが、彼女の懸命な励ましのおかげで、元気を取り戻していた。これからは母と一緒に暮らすらしい。あんな事故のあった家に住みたくはないだろうしな…

 警察が来た後、夏美さんはタンス預金を狙っているという噂を邦彦君から聞いて、ふざけんな!と怒っていたという。邦彦君が家を出るとき、家中を探したが、出てきたのはへそくりぐらいでしかも2万7千円というゲーム機が1台買えるか買えないかレベルのものだった。噂とは恐ろしいものだ。

 僕はあの日、家の帰り道にあの2本のホースを元の場所に戻したのだが、置くやいなや、元気な柴犬がそれを持っていった。あのホースは放し飼いされている柴犬が噛み破ったものだったのだ。しかも、その柴犬はトメさん所の柴犬だった。

 年が明けて数日後、下宿に戻った僕のもとに邦彦君から連絡があった。幾田さんの検死の結果が出たが、傷口のえぐれ具合から言って僕の言った通り、雪による事故の可能性が高いとのことだった。


 ふと、下宿の窓から空を見上げる。

 粉雪が降っていた。

 雪を見てふと思う。

 邦彦君があの日、あの時ラブホに行かなければ、幾田さんの事故は絶対に防げたのだろうか?

 僕にはわからない…

 それは神のみぞ知るのだろう…

 

 僕は、学校からの帰り道コンビニで買った温かく苦いコーヒーを口に含みながら、実家から借りてきたあの名作SF映画をDVDプレイヤーに入れ、再生し始めた。


(完)

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田舎之町ノ事件 村田鉄則 @muratetsu

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