第14話 愛する者のために

 城内は連合軍が全軍撤退したことを受けて、歓喜の渦に包まれていた。


 その立役者は、もちろん例の神だ。


 突然姫たちに連れられてやってきた姿


 一夜とか言ったか。神とは言うが、強力な力を備えている槍を扱う、という姫たちの話を聞くに、その神自身の力と言うよりも、その槍を扱える者であっただけなのではないか?


 だとしたら、奴がその武器を持っていない時がチャンスとなる。奴が城へ戻ってくるタイミングに注意して動くべきだ。


 今回の一番の功労者である一夜に対して、姫たちが改めてその謝意を述べ、改めて場内の者たちへと紹介するために奴の姿を探しているのだが、奴は未だに城へ戻っていない。


 まさに今がその好機か……?


 あまりにも姿を現さない奴を心配し、姫たちの表情には不安の色が浮かび始めていた。


 ところが、運悪くこのタイミングで下層の門を守っていた衛兵から、おれの魔導器へ連絡が入った。



“報告します!ただいま一夜様が下層城門に現れました!”


「分かった。一夜様はもうその場を離れてしまったのか?おれが直接出迎え、姫様のところまでお連れしようと思っていたのだが……」


“す、すみません!姫様からは一夜様がいらっしゃった場合にはそのまま通すよう言われておりましたので、既に通してしまいました!”


「分かった、充分だ。あとはこちらに任せておけ」


“……?はい、分かりました”



 そうなったらそうなったで、やり方は他にもある。



「手の空いている者はおれについてこい。一夜様をお迎えにあがるぞ」



 そして何人かの兵を引き連れ、下層へ降りたおれは、共に降りてきた兵士たちに、姫様を待たせないよう、一夜様を発見したら直ぐに上層へ連れていき、報告はその事後で良いと伝え、下層部を兵士たちに見回らせることにした。


 そうしておれが一人になったところで、おれは隊長用の兜を魔法で収納し、他の兵士たちと同様の槍に持ち替えた。


 これも


 兵士たちに手分けをして探させ、他の兵士を自分から遠ざけておく。



 あとは、だ。



 この時間帯には誰も通ることがない廊下に、ガシャガシャと鎧の揺れる音が響く。


 その突き当り。王族が使う部屋にしてはかなり質素な装飾もほんの少ししか取り付けられていない、その扉を開くと、国王が横たわっている。



 よし、誰も居ないな。



「ここへ来るのは、あの日以来だな……」



 忠誠を誓ったはずの貴方に対して、あの日。


 当初は騎士にあるまじきその行為に、心が苛まれ、もがき苦しんだが……仕方がなかった。おれにはそうするしかなかったのだ。


 これもなのだ!!


 今、王を殺せば再び王国は混乱へと陥る。

 そしてその隙をついて、連合国軍は再度侵攻を始める手筈となっている。


 おれは街が戦火に飲まれる前に彼女らを救い出し、この王国を抜け出す。そして誰もおれたちのことを知らない土地まで逃げるのだ。


 そのためにも、おれは……!!



「っ……!!!!」



 ダメだ、視界が滲んでしまっては、狙いが上手く定まらない。このままでは、急所を外してしまう。


 苦しむことなく一撃で止めを刺すことが、唯一おれにできる貴方への報いだ。


 しっかりしろ……!

 これで、これで終わるのだから……!!



 寝台の上で眠る王の傍らに立ち、槍の切っ先が王の胸元へ振り下ろされるよう槍を持ち上げ、構える。


 今にも零れそうになる涙を目に蓄えながら、歯を食いしばって槍を振り下ろ―――



『動くな』


「っ!?!?」



 どこからともなく少年にも少女にも思えるような不思議な声が聞こえたと思った途端、おれが全力で振り下ろしたはずの槍は王の胸を貫くことなく、その真上でピタリと静止した。


 いや、動きを止めたのは槍の方ではなく、。文字通り身動き一つ取る事が出来なくなっていた。



「まさか、暗躍していたのが貴方だったとはね。ユディ



 もう一度聞いて確信に至った。

 このは間違いない。


 まさか……既に目を付けられていた?

 いつから気づかれていたんだ。



「……一夜様ですか。気配を一切感じ取ることが出来ませんでしたが」


「宙に浮くことが出来るだけでなく、相手の動きも止められるんですよ?姿と気配を隠すことなんて造作もありません」



 そう話しかけられてやっと、そのを感じることが出来た。恐らく姿を現したのだろう。


 背後から伝わるその圧に、冷や汗が止まらない。この現場を目撃されてしまったということもあるだろうが、それだけではない気がする。


 こいつの言葉を聞いていると……どこか心を見透かされているような気持ちになってしまう。


 それだけは……。


 この状況をどう打開するか、考えようとしても頭の中は真っ白になってしまい、思考がまとまらず、額から汗が次々と流れていく感覚だけが脳に伝わってくる。


 そうしているうちに、背後にいた神はおれの正面へと回り込み、ずいっと顔をのぞき込ませてきた。



「では、教えてもらいましょうか。は誰ですか?貴方の独断ではないでしょうし、貴方が敵方と通じていたとは思えません」



 ……!!こいつ、まさか気づいて……!!



 視線だけは動かせるようで、その声に反応して目を向けてみても、おれから見えるのはその顔に垂らされた不思議な紋様の描かれた布だけで、どんな表情を浮かべているのかは、窺い知ることは出来ない。



「うん、やっぱり首謀者が居るんですね。でも握られているのですか?」



 こちらからは読み取れないのに、相手はこちらの些細な反応すら見逃さずに、焦りや不安を読み取っていく。



「何も……言うことはありません……」



 いくら相手が国を救ってくれた守護神であろうと、これだけは絶対に言えない……!!


 あの時、あの方に言われた言葉が脳裏に蘇ってくる。



 ―――少しでも情報が漏れてみろ。お前の妻子は無事には済まないからな―――



 彼女とあの子の命だけは……絶対に……!!



「出来るだけ無理やり口を開かせるようなことはしたくなかったんですけどね……」



 その溜息混じりに吐かれた言葉は、それまでよりも一段と冷たくて、相手の中でのこちらに対する交渉のフェーズが終わったことを自覚させた。



『話せ』



 そう短く吐き捨てられた言葉が耳に響くと、即座におれの口が勝手に動こうとし始める。


 けれど、負ける訳にはいかない……!!!!



「……!!っ、私は……!!絶対に……言わ……ないっ!!!!」


「なっ……」



 どうにか耐えられたのだろうか。


 全身が鉛のように重く感じる。今にも倒れてしまいそうな程の疲労感だ。今は相手の「動くな」という命令のおかげで立っていられているだけで、その命令を解かれたら直ぐにこの場に崩れ落ちてしまうだろう。


 笑えてくる……「強力な」なんて言葉で片付けられるような力じゃない。


 こんな力が存在していいものなのか。



「効かない……なるほど、そんなパターンもあるんだ。でも、こっちだって引く気はありませんよ」



 パターン?一人で何を呟いているのかは分からないが、強い精神力を持てば、あの強制的に自白させる術は防ぐことが出来ることが分かった。


 同じ手は喰らわないぞ……!!


 ただ、そう何とか気持ちを立て直したはずなのに、おれの視界に入ってきたを見てしまった瞬間、心臓を掴まれたかのような動悸が全身に走り、息をするのも忘れてしまいそうなほど、目を離すことが出来なくなった。



「な、何だ……は……」



 一度おれの眼前から顔を離したかと思ったその直後、奴はそれまでその顔を隠していたはずの布を取り払い、今度はおれにその素顔を晒してきた。


 白く綺麗な肌によく映える、血のように燃える赤い瞳。目尻には花弁のような橙色の痣があった。


 瞳孔は猫のように細くなっていて、どこか妖艶さも覚え、その瞳に見つめられていると、意識が朧気になっていき、自分という存在の輪郭があやふやになっていく感覚に陥ってくる。


 ただでさえまとまらなかった思考はついに霧散し、もう何も考えられなくなってくる。



「やっぱり人と話す時には、いけないですもんね♪」



 奴はそう言って悪戯っぽく笑った。



『さぁ、話してくださいな』



 私が覚えているのは、奴のその優しくも圧のあるその言葉と、妖しく光る赤い瞳だけだ。




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