第13話 城に潜む陰
一方、一夜は西門で傷ついた兵士たちを回復させた後、再び王国の上空へと浮かび上がり、怪しい影が無いか見渡しながら、ふと考え事をしていた。
「たぶん、いや確実に仕組まれた戦争だよね……」
国王が病に倒れたタイミングで始まった戦争。そして何故か中立国であるはずの王国が全方位からの侵攻を受けた。
強国である皇国が、王国に対して斥候を出していて、何らかの方法を用いて国王の病態に関する情報を手に入れ、前々から王国を手に入れようと考えていた皇国が侵攻を始めた。そして、今回の戦いに参加した他三国には、更に前の時点で皇国が王国に対して宣戦布告した場合には、戦いに参加するよう働きかけていた……。
そう筋書き立てれば違和感は無さそうだけど、仮にそうだとして、皇国は何が狙いで王国を攻めたんだ?王国の地を奪うことで何が得られる?
宗教的な聖地だったりしたのだろうか。それとも、何らかの貴重な資源があるのか。
「まぁ、とりあえず今はこの戦いを止めることが出来たことを喜ぶべきか」
レッドネイル皇国を筆頭にしているようだったから、他三国は皇国がまた侵攻しようとしない限り、自ら打って出るようなことはしないだろう。
その皇国軍のことは、もう王国に近づけないようにしたから、他三国からの小規模な攻撃はあるかもしれないけど、今回と同等規模の戦いは起きないはず。
「さて、あとは国王様の病を治すことが出来れば、ひとまず王国の状況も立て直せそうかな」
国王がどれだけの人物なのかは分からないけど、わざわざ国王を戦場から遠ざけたということは、国王が健在である王国には皇国でさえ手が出せなかったということだ。
そして、国王が倒れてもなお、皇国だけではなく、他三国も協力させたうえで侵攻をしてきていることから、余程警戒していたことが窺える。
「あ、もう一つやることあるか……」
国王が病に伏してしまったのが、人為的なものであったとしたら、王城内に間者が居る可能性も高い。
いや、恐らく間者は居るのだろう。国王が倒れるタイミングが良すぎる。
「この際にあぶり出してしまうか」
日が沈み、空が段々と黒に染められていく。
まだほんのりと赤が残っている山際を横目に見ながら、一夜は王城へ戻るため宙を降りていった。
一夜は敢えて直接王城には戻らず、城下町の外れに降りた。
表の通りへと近づいていくと、街灯の灯りがキラキラと輝いていて、その下では兵士たちを、その家族であろう人たちが泣きながら家の中へ迎え入れていれている光景があちこちに広がっていた。
また、戦いがおさまったことを喜んでか、酒場らしき建物からは、住民たちの笑い声が聞こえてくる。
そんな様子を眺めながら通りを一人歩いていた一夜の顔も、自然と笑顔になった。
人と接することに苦手意識を持ち始めてもなお、やはり誰かが心から笑っていたり、安心して過ごしている様子を見ると、心が温かくなる気がしていた。
そんな街の様子を一通り見て満足すると、一夜は再び人目のつかない場所から、ふわりと宙へ浮き、城門の前で降りた。
「え……」
「あれ……?」
城門を守っていた衛兵が、口をポカーンと開けたまま、今しがた宙から降りてきた一夜の姿を見つめている。
一夜はてっきり、兵士たちには自分の情報が回っているものだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
ただ、あまりにも驚愕している様子の衛兵の顔を見て、自分がそんな顔で見られることが新鮮で、思わず吹き出してしまった。
「あははっ、ふふっ……驚きすぎですよ。突然降りてきてしまってすみません。東雲一夜と申します……って、あら?」
一夜が驚かせてしまったことに謝りつつ、自らの名前を名乗ると、衛兵は再び硬直してしまった。
「あ、あなた様があの、一夜様でありましたか!!」
一夜が王城に初めて降りてきた時は、スノウたちと共に王城の上層階に設置されたテラスへ直接舞い降りた。
そして、それから間もなく一夜は飛び立ってしまったために、王城に居た兵士の中には、一夜の姿を見ておらず、「一夜様」という神が王国の味方につき、守護神となってくれたということと、一夜が起こした王立病院と戦場の奇跡についての情報を知っているに過ぎない状態だった。
この時点まで、一夜の姿を直接見ているのは、大臣や数名の将兵、そして王立病院の面々に加えて、ミラたち殲滅隊の兵士たちだけだった。
「この度は、本当にありがとうございます……!!」
一夜は最初、その言葉を王国兵として、この戦いでの活躍を労ってくれた言葉として受け取ったが、兵士が一夜へ感謝の言葉を述べたのは、それだけが理由ではなかった。
「弟が戦場にいたんです。無事に帰ってきた弟が興奮気味に話していました。弟を救ってくれて、本当に……本当にありがとうございます……!!」
話を聞くと、衛兵の弟はこの衛兵よりも体躯が良く、そこを買われて前線へと配属されていたという。
その戦場が、一夜が真っ先に向かった激戦地である北門だった。
衛兵の弟が何とか敵の攻撃を掻い潜りながら敵を斬り伏せていたところに、敵兵が突如巨大な火球が放たれ、目前まで迫ったそれにもうダメかと諦めかけたその時、眼前で火球が消滅し、それと同時に一夜が宙から舞い降りてきたのだという。
ただ一夜としては、とりあえず放たれた火球を消さなきゃと思って消しただけだったから、顔をぐちゃぐちゃにしながら感謝されると思っておらず、どこかむず痒い心地がして「気にしないでください」としか返すことが出来なかった。
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衛兵と握手をして別れたあと、一夜は王城内のとある場所へと急いでいた。
(狙っていた侵攻が上手くいかなかったとはいえ、こんな戦いを仕掛けてきた皇国がタダで引き下がるとは思えない)
もし自分が敵側なら、潜入させている斥候に命じて眠り続けている国王を殺し、再び王国を混乱に陥れる。
国を倒す方法は何も外からの攻撃に限らない。元の世界の歴史を見ても、過去に何度も権力に目が眩んだ部下が反旗を翻して王を殺し、自身がその王位を継いでしまうという事件が起きていた。
異世界だからといって同じようなことが起きないとは言えない。
一夜が今回、初めて王城に舞い降りた時と違って、下層の城門から城へと入ったのにもちゃんと理由があった。
スノウから国王や王国についての話を聞かせてもらった時に、この国の王族は“民と共に在る”という信条を受け継いでおり、寝所も民を見下ろすことがないようにと、王城の下層に設けられたと言っていたのを覚えていた。
まぁ、いざ国が危機に陥った際に王を避難させやすくするという目的もあったのだろうけど。
今回の戦争を止めた立役者である一夜が一向に王城へと帰らなければ、スノウをはじめ城内の者たちは一夜の行方を当然気にする。
そこに城門の衛兵から、下層に一夜が現れたという知らせがもたらされたら、下層へと兵士たちか、もしくはスノウたちことだから、スノウたちが直接出向いてくると考えた。
そうして人の目が多くなれば、王に対して何かしようという怪しい動きは出来なくなるはずだ。
けれど、仮に兵士たちだけが出向いてきた場合、人手を分けて一夜を探そうなどと言って、どさくさに紛れてそこからはずれ、姿を消すことも容易となるだろう。
ほら、やっぱり。
『動くな』
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