モンブランの悪魔6

 SideY 


 舞台の幕が開けると、昔の農民が着ていたような服装をした女子生徒が一人立っていた。

 歴史の授業中、教科書で見たことがあるような服装ね。たしか編布あんぎんと言う名前の服なのだと目にした事があるわ。


 まあ、あれは、現代の技術で、作ったのだろうけど。


 暗闇にスポットライトで照らさしだされた女子生徒は、握りしめたマイクで語り始める。


 ━━━━昔々、この辺り、深沢周辺には大きな湖がありました。


 現代では見る影もありませんし、どこに存在していたのかも詳しくはわかっていません。


 伝承によれば、その湖は常に霧が立ち込め、うす気味悪く、人々はあまり寄り付かなかったそうなのです。


 ですが、人々が近づかないようにしていたのには、他にも理由があったのです。


 ━━━━その湖には五つの首を持つ、五頭竜と呼ばれる龍が住んでいました。


 その龍は、天変地異を起こし、田畑を荒らしたり、人里から子供を攫ったりと、五頭竜はやりたい放題、悪事の程を働いていたそうです。


 深沢湖周辺に住む人々は、五頭竜の曲事くせごとにほとほと困り果て、長に相談をします。



 女子生徒から左手にスポットライトがスライドすると、二人の男子生徒が照らし出された。


 二人とも女子生徒と同じように、編布を着ている。



「長。このままでは町は壊滅してしまいます。なんとかならないものでしょうか。妻も娘も、飢えに苦しみ床に伏せています。……このままでは、私もそう長くは持たないでしょう」


 町民の苦痛の訴えに長は、自らの身の危険を顧みず、五頭竜に直談判する事を決意します。


「わかった。私がなんとかしよう」



 長は準備を済ませると、すぐに湖へ向かいます。そして、五頭竜を呼び出し、天変地異を起こさない様に申し出ます。


 

 スポットライトが客席側に移動して、舞台は真っ暗闇に包まれる。


 舞台展開の為かしらね。


 ━━━━なんて思っていたのだけれど、一向に舞台が再開される様子はない。


 舞台上でセットの準備をしているような音もしない。


 なにかトラブルがあったのかと観客席がざわつき始める。


 ちょうどそのタイミングで、体育館に入ってくる人物がいた。


「やべーよ。翔と奏ちゃんに怒られる」


 暗闇で顔は見えないけれど、声だけで誰だかわかった。


「立花君?」


 少し離れていたけだ普段より少しだけ声のボリュームを下げて話しかけた。


「おっ、その声は愛ちゃん。でもわりーな今は相手してられねえんだよ」


 そう言うと立花君は、私のいる位置とは反対側の壁際に向かっていく。


 なんとなく嫌な予感がして、私はその後を追いかけた。


 彼は梯子に手をかけ、キャットウォークへ昇って行った。


 私も彼に続く。


 そして、立花君は舞台のちょうど正面の位置に慌てて歩いていく。


 そして驚嘆の声をあげる。


「はっ!?嘘だろ!五頭竜がいねえ!」


 ざわついているとはいえ、今は舞台上映中だ。慌てて立花君の口を塞いだ。


「何がいないのよ?」


「あ、五頭竜だよ。五頭竜がいねえんだ。舞台で必要なのに!俺はどうしたらいいんだ!?」


『……ちばな……ん。ザザー……とうして』


 どこからか、少しノイズがかった声が聞こえる。それも知っている声だ。

 声のした方を手探りに手を伸ばすと、プラスチック製のが手に触れた。


 そのプラスチック製のなにかは声を発していた。顔を近づけてまじまじと見てみると、なにか無線機のようなものであることがわかる。

 前に汐音が購入していたものに物にとても似ている。


『立花君。応答して。どうなっているの?』


 間違いなく汐音の声だ。

 応答するために横についていたボタンを押しながらマイクのような物に口を近づける。


「汐音。愛華よ。今立花君はパニックになっているから、代わりに私が応答しているわ」


『え!?愛ちゃんがなんでそこに!』


「そんな事今はどうだっていいでしょう。なにかトラブルでもあったの?」


 無線機の向こうで逡巡するようなまがややあってから、返答が返ってきた。



『翔君がドローンを操作しているんだけど、飛び立たないのよ。今どういう状況?』



 今の説明だけで、なんとなく合点がいってしまった。

 はあ……私があれだけ止めていたのに、五頭竜を飛ばそうとしていたわけね。このバカ三人は。


「立花君。ドローンはどこにあるの?」


 舞台の演出に組み込まれてしまっている以上、ここでごちゃごちゃ言っていてもしかたが無いわ。……飛ばすしかない。


「ここにあったんだよ。ついさっきまでは。俺がトイレに行く前までわよ」


「ここに?」


 

 少し暗闇にもなれてきたから、周囲を見渡してみるけど、それらしき物はない。


「汐音。落ち着いて聞いて。立花君。ドローン失くしちゃったみたい」


『え、えっー!?失くしちゃった!?』


 驚愕の声が無線機から返ってくる。しかし、私にはどうしようもない。


 返答を返さずにいると、少し慌てた声色で返答かあった。


『わかった。なんとかするよ』



 そこで汐音との通話は途切れ、少しすると舞台の方で慌しい動きがあった。


 ドタバタと何かが動き、怒号まで聞こえてきたのだけれど、しばらくしてスポットライトが舞台を再び照らし出すと、長役の生徒が立っていた。



「五頭竜様。私の統治する村では天変地異による不作で、飢えに苦しんでおります。どうか、少しの間だけで構いません。手心を加えてはいただけないでしょうか?」



 長は跪き、両手を胸に前でこすりあわせ、慈悲を請います。





 しかし、五頭竜は鼻で笑い、直ちに長に立ち去るように告げるたのです。



「それではまるで私が悪者みたいではないか。それにな無条件では、やめることをできないな。我は暇なんだ。とてもな」


 それでも長は諦めず交渉を続けます。

 自らの子供を生贄に捧げる事で、なんとか溜飲を下げてくれないかと提案をしたのです。


 ここで五頭竜が高らかな笑い声をあげます。



「なんとも愚かな男よ。良いだろうお前の生贄が続く限り大人しくしていてやろう」



「はー、ありがたきご慈悲」


 舞台中央を照らしていたスポットライトは舞台端に移動して語り部の女子生徒を再び照らし出す。



 こうして、長は自らの子供を差し出し、村に起こる災いを食い止める事ができたのです。


 こうして、私達の住む地域、『腰越』は、子供の死で乗り越える、子死声越こしごえと呼ばれるようになったとも言われています。

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