夜の海岸に現れる龍の謎3

 日が暮れる前の十六時半。ソファから立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行ってくるわ」


「おう」


 あまり興味が無さそうに、空返事を返してきた杉浦翔は、俺に見向きもしないでパソコン画面を見続けていた。


 翔とは中学からの付き合いで、俺は親友だと思っている。

 前までだったら、翔の態度に文句を言っていた所だけど、今となっては雇い先の社長だ。


 文句の一つもつけることはできず、おずおずと出かける事にした。


「いってらっしゃーい。気をつけてね」


 それとは打って変わって、奏ちゃんは女神にも匹敵するような笑顔で送り出してくれる。


「うん。行ってくるねー。俺がいなくなるからって泣いちゃだめだよー」


「アハハ。泣かないよ。ねーハート」


 そう呼び掛けた奏ちゃんの膝の上には、ハートと言う名前の黒猫が丸くなって眠っている。

 ハートは返事をするのが面倒なのか、短い尻尾をピョコピョコと振って返事をしてみせた。


「あっ、そうだ。ついでにも持っていって、配っておいてよ」


 奏ちゃんの指差す先のテーブルには、ビラのような物が結構な枚数積まれている。


 近寄ってなんのビラなのか確認するために一枚だけめくり上げた。


「なになに。『弁天様と五頭龍』なんだよこれ?」



 俺の母校である腰越高校の地図と共に、俺の在籍していたクラスとも同じである1-Aにて公演と記されていた。


「里奈ちゃんのクラスで演劇をやるみたいなんだけどね、うちすぎうらでセット制作のお手伝いもさせて貰ったから、宣伝くらいさせてもらおうと思ってね」



 そうなんだ。と返事をしたい所だけど、俺の知らない情報があまりに多すぎた。


「えっと、リナちゃんってだれ?」


「あっ、そっか、里奈ちゃんと面識無いんだっけ。まあ、あれだよ私達の後輩。腰高生!」


「ふーん後輩なのか。で、弁天様と五頭龍ってのは?」


「えっ!?知らないの!?立花君って生まれてこの方の江の島っ子だよね!?」


「ん、まあ厳密には島育ちではないけど、そうなるかな」


 奏ちゃんの言う江の島の定義がどこまでなのかわからないけど、おそらくここら、腰越地区も含まれていると判断して、そう返事をした。


「それで知らないの!?龍神様と弁天様のお話し」


 また知らない単語が出てきた。りゅうじんさま?ますます知らねえ。


「知らねえな」


「立花はアホなんだ。知らなくて当然だ」


 パソコン作業をしたまま、翔が奥から口を挟んできた。


「おいおいアホは言い過ぎだろ。よそ様より少し知識がないだけでよ。……で、五頭龍とりゅうじんさまってのは同じ物なのか?」


 奏ちゃんは可哀想な物を見るように愛想笑いのような物を浮かべ、一つだけ頷くと、顔の横でヒラヒラと手を振った。


 おそらくそれは、さっさといけの合図だ。


「なんだよ。せっかく帰ってきて、ここに就職までしてやったのに、人を小馬鹿にしてよ。ひでーカップルだな本当に」


 ひったくるように、テーブルの上からビラを取ると、すぐに入り口に向かった。


 そして、引き戸に手をかけて、出るか出ないかの所で声をかけられた。


「あっそうだ。今日は風が強いしそんなに成果もあげられないと思うし、目撃情報聞きながらビラ配ったら早く帰ってきてよ。ご飯作って待ってるからね」


「ご飯!?マジ!?奏ちゃんの手づくり!?」


「うん」


 前言撤回。やっぱり奏ちゃんは天使だった。


「行ってきます!」


 足取りも軽やかに、俺は由比ヶ浜に向けて駆け出した。

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