恋人はVTuber。

文月 和奏

彼女の秘密

「……みお、今僕は忙しいんだ。あかりちゃんの新しいMVが公開されたから全力で視聴している! あぁ……燦燦と輝く明るい表情で歌っている……今日もあかりちゃんの笑顔は可愛い。そして、元気を貰える! 僕この時代に生まれてきて良かったわ……」


「……はいはい。今日もかず君は彼女の私よりが大好きなんだよね~。確かにあかりちゃん可愛いよね。小さくて、声も可愛くて、歌も上手いし。初配信から私も見ているけど、今登録者22万人か……親のような気分だよね~」

今僕たちは共通の推しであるVTuber「猫乃 あかり《ねこの あかり 》」ちゃんの新曲MVを見ている。


1年ほど前に活動を開始したVTubeで、金髪ストレートに空のように蒼い瞳を持った小柄な容姿を持つ女の子である。特徴的なのは頭からにょきっと生えているである。それとホラーゲームで叫ぶ悲鳴が猫っぽいがとても可愛い。


――キャラクターのコンセプトは『

性格はとにかく明るくポジティブ。ネガティブなことはほぼ言わない。

主な活動は『歌枠』『アニメ同時視聴』『ゲーム』『雑談』である。

中でも歌と雑談がメインで歌唱力と人柄の良さでファンを増やしてきた子である。

現在も精力的に活動をしていて登録者は増え続けている。


僕と澪はあかりちゃんの初配信から応援している古参であり、バイト先の同僚である。彼女が新人バイトとして入って来た日、指導役として僕が選ばれたのだけど、偶然趣味の話になった時、共通の推しが同じであったこともあり、それ以降自然と話すことが増え、バイト終わりに一緒に帰ったり、ファミレスで推しの話をしてたりしていたら自然と付き合っていた。


「そう言えばさ、いつも僕のアパートに来てくれるのは嬉しいんだけどさ、澪のマンションにも行ってみたいな~っていつも思ってるんだけど、次の休みに駄目かな?」

時々、僕のマンションで、一緒にあかりちゃんのアーカイブの視聴をみたり、ゲームをしたり食事をしたりしているんだけど、何故かいつも彼女の住んでいる場所には何かの理由で行くことが叶わないんだよな。同じ推しを持つ者としては部屋を是非見てみたいし、何より彼女のことをもっと知りたいのが男ってもんだ。

それに推しは推し、彼女は彼女でどっちも僕は大事にしたい。


「だから、いつも言ってるじゃない。私の部屋汚いし、幻滅されるのが嫌だから……それになにもない部屋だから来ても楽しくないよ? 和君のアパートのほうが過ごしやすいから私は満足だよ?」

また駄目である。なんでそんなにも人を入れたがらないのだろうか。

付き合ってもう半年たつというのにこの有様である。


――もしかして、僕があまりに推しに熱中しているから、飽きられ始めた? いやいや、告白してきたのは澪の方からであって、僕からではないから飽きられる線はないよな? 

まさか……僕とは遊びで本命がいるとか? ま、まさかな……

でも、澪は美人なんだよな。性格は大人しく、恥ずかしがり屋。顔はかなり整っている。背は僕より少し低い165㎝ほど女性としては背は高く、よく食べるのだが痩せている。出る所はそこそこ出てる感じではある。

ようはあかりちゃんとは正反対の性格と体躯なのである。


「そうか~。澪のマンションいきたいんだけどな~残念だな~。はぁ~」


「そんなに残念がっても駄目なものは駄目だよ。ほら、昨日の配信見直そうよ」

こんな日々が続いている。

けれど、彼氏としてはここで引き下がりたくない。

次のデートの帰りに澪のマンションまで隠れてついて行ってみようかな……浮気はないだろうけれど、頑なに入ることを拒むのが引っ掛かるんだよな。

もしかしたら、何かトラブルを抱えているのかもしれない。澪のことが心配だから、ごめん……許してくれ。






数日後、僕は予定通りデートを終えるところだ。


「和君、今日は楽しかったよ。また明日バイトで会おうね。おやすみなさい」


「僕も楽しかったよ。澪も帰り気を付けてな。じゃあ、おやすみ」

いつもの駅、いつもの場所で彼女と手を振り別れる。

さっきまで握っていた手は仄かに温もりが残っているが少しだけ、寂しい。

さて、澪には悪いけれど……どうしても入れない理由が気になるから、彼女のあとを追おう。


僕は黒のパーカーを羽織り直し、黒のニット帽にサングラスをかけて彼女に気づかれぬ様あとを追っていく。駅から数分歩いたところに鉄筋作りのオシャレなマンションが見えてきた。——澪が階段を登っていくのが見える。う~ん。防犯はやや心配だな。部屋は3階の一番端か……陽当たりも良さそうだし、風通しも良さそうだな! ってそこじゃない。


――よし、乗り込もう。

彼女がどうしてマンションに入れてくれないのか、その理由をみようじゃないか!


扉の前に立ちチャイムを鳴らす。……心臓がいつも以上に五月蠅い。緊張してきたぞ。こんなことして僕が幻滅されるんじゃないだろうか? って今更思ったけど、もう後の祭りだ。どうとでもなれ! 


「は~い。ちょっと待ってくださいね~。今開けますので……」

あれ? 澪の声じゃない? 一人暮らしって聞いてたんだけど……

あぁ、母親がたまたま来てるのかもしれない。そうだ、そうに違いない。


「こ、こんばんわ。澪さんいらっしゃいますか? 和って伝えて貰えばわかると思うのですが……」


「う~ん? ……和? あぁ! 和君ね! あかりから話は聞いて……じゃない、み、澪ちゃんから話は聞いてるわよ。ちょ、ちょっとまってね。今呼んで……」

……あかり? うん? どっかで聞いたことある様な……気のせいか。

母親にしては似ていないな。たまたま知り合いが来ていたってことか。うん、そうに違いない。


「……凛さん? 今日何か届く予定ありましたっけ? ……えっ? なんで和君ここにいるの?」


「ご、ごめん。どうしても、気になって跡をつけてきちゃいました……」

 澪が信じられないものを見るかのように僕を目の当たりにしたあと、すぐに表情が強ばるのがわかった。


「……あと、つけてきたんだ……そんなことまでして私の部屋が見たかったの? 一歩間違えれば捕まっちゃうんだよ?」


「和君だっけ? いくら彼女であっても無断で後をつけるのは犯罪すれすれよ。理由を言いなさいな」


「うぐっ……でも、澪のこともっと知りたくて……頑なに断られるからもしかしたら他に男がいるのかもとか、何かのトラブルの巻き込まれているのかもと思ったら心配で。――ほんとごめんなさい」


「なるほどね。澪が心配で、心配で跡をつけてきたと……安心していいわよ。澪ちゃん一途だからね。いつも君の話ばかりよ。もっと自信持っていいわよ」


「ちょ、ちょっと凛さん!? 今そんな話している場合じゃないですよ! もう、近所迷惑だから中入って!」

お? 何とかこの場はやり過ごせそうだな。それにしても、澪がそんなに僕のこと思ってくれていたのに僕ときたら彼女をまったく信用出来ていなかった。

いつもは見せないような表情もいいな……っと思っていたら強制的に中に押し込まれた。


「澪ちゃん彼のこと本当に信用して良いのね? 万が一、彼のとの交際、身バレをされたら活動が出来なくなるかもしれないわよ」


「……はい。こんな危ないことをしてまで私のことを知りたいと言ってくれたんです。私は和君を信じます。だから、私の秘密を打ち明けます」

 信用? 身バレ? 活動? なんのこと!?


「あ、あの~いったいなんのことかさっぱりわからないのですが……」


「……えっと、ね。私は和君に内緒にしていたことがあります。それが理由で私のマンションに和君をあげることが出来ませんでした」


「……は、はい! で、その内緒にしていたことってのはなんでしょうか?」


「内緒にしていたのことは……」

澪が大きく深呼吸し喉に手を添え発声を始めたの見届ける。

次の瞬間、僕は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃に遭遇する。


「こんこんばんにゃ~! 猫乃 あかりにゃん! 今日もにゃー達は元気かな~? さぁ、今日は歌枠いくよ~!」


「……!? えっ、猫乃 あかり……ちゃん? ……まさか澪があかりちゃんだなんて……これは夢だ! 夢に違いない!」


「和君これは夢ではないわ。——現実よ。澪ちゃんは猫乃 あかりなのよ。澪ちゃんが決めたことだから私はそれを尊重するけれど、いいこと? このことは絶対に誰にも話さないと約束してちょうだい。もし、君との関係がばれたり身バレしたら最悪活動が出来なくなるかもしれないの。貴方もそうなっては欲しくないでしょう?」


「ま、まだ現実を受け止めれきれませんが、あかりちゃんが卒業だなんて僕は嫌です。絶対に約束は守ります! って、これが僕を入れられない理由だったってこと!? そう言えばライブ配信はいつも一緒に見れないもんな……納得だわ」


「ご、ごめんね。和君を騙すつもりはなかったんだ。でも、これだけは信じて欲しいの。あのね? いずれ私が猫乃 あかりだってことは打ち明けようと思っていたの。だけど、打ち明けることで嫌われたらどうしようって……現実とバーチャルで人が違う様にしか見えないでしょ? だから、とても怖くて」

色々と不可解な点が解消されたのだけれど、澪が今にも泣きそうで僕も辛い。


「いや、僕も澪のことを信用できていなかったからお相子だよ。だから、泣かないでよ。怖がらなくていいじゃん。いつもの僕を知っているだろう? 僕は澪も猫乃あかりもどっちも大好きだ! だから、僕は君を受け入れるよ」


「……そうだよね。いつも全力であかりを応援してくれているし、澪としての私とも一緒に居てくれているよね。——ありがとう。和君大好きだよ」

 改めてお互いに好きなんだなって確信が得られたのは嬉しいな。

それにしても、彼女がVTuberでしかも推しの猫乃 あかりだったとか……僕はなんて幸せ者なんだろうか! そう僕が幸せを噛みしめていると


「……ごほんっ。二人共イチャイチャするのはいいけれど、この話は絶対に漏らさないようにね? ところで和君~、マネージャーとか興味ある? 私もそろそろ次の子を育てないといけないからさ~、この機会にまずは見習いからってのはどう? うん、うん。そうか彼女をサポートしたい! っといい返事だね~じゃあ、あとは任せるわよ!」

よくわからないまま、マネージャー見習いのバイトになっていたわけで、もうわけがわからないんだが! 


「ちょ、っちょっと、凛さん!? 僕やるなんて一言も言ってないですよ! あぁ、いっちゃったよ……」


「凛さん面倒見はいいから、しっかり教えてくれるはずだから安心していいんだよ。ふふっ、これからよろしくね新人マネージャー和君。」


「……よ、よろしくお願いします。あぁ、でも彼女がVTuberなんて僕は嬉しい!!! 」

こうして僕は恋人であり、VTuberである『猫乃 あかり』こと澪の彼氏兼マネージャーとなった。この先には僕たちを阻む障害が幾度と立ちふさがるが……それはまた別のお話である。

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恋人はVTuber。 文月 和奏 @fumitukiwakana

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