天邪鬼と嘘つき ―君と、わたしと。2―

城門有美

プロローグ

第1話

 低く耳障りな音がゆっくりと鳴らされていく。高知三奈は寒さに首を竦ませながら参拝の列に並んでいた。


「……人多すぎ」

「初詣だからね」


 隣に立つ御影美桜は何を当たり前のことをとでも言いたそうな表情だ。三奈はため息を吐く。


「こんな真夜中の神社にこんなに人集まることある? みんな暇なの?」

「自分だって来てるくせに」

「それは……」


 美桜が誘ってくれたからだ。久しぶりに美桜が誘ってくれたから。

 きっと初詣はあの人と行くのだろう。そう思って諦めていたのに。


「ていうか、三奈って初詣来たことないの?」

「は? バカにしてる? 普通にあるし」

「でも、この人混みにイラッとしてるじゃん」

「いつも初詣は冬休み最後の日とかに行ってたから」

「……それ、初詣って言えるの?」

「うっさい」


 少し列が進んで三奈と美桜は数歩足を進める。鼓膜を震わす低い音が響いた。


「この除夜の鐘ってさ、ほんとに百八回数えてるのかなって思わない?」


 美桜が階段の上の方へ視線を向けながら言う。三奈もそちらに視線を向けると眉を寄せた。


「適当なんじゃないの? めっちゃ並んでるし。あっちのロープで仕切られた列って鐘つき列なんでしょ? 絶対に百八人以上並んでる」

「たしかに」


 美桜は笑った。


「――美桜さ」

「んー?」

「なんでわたしと来たの。初詣」


 彼女の笑みを見つめながら三奈は聞いた。


「え、なにいきなり」

「あの人と来たかったんじゃないの?」

「あの人って、先生?」

「他にいないでしょ」

「だね」


 彼女は笑いながら「でも今年は三奈と来たかったから」と続けた。


「なんで」

「なんでって、別に普通じゃない? 親友と初詣行くのは」

「去年は来なかったけど?」

「それは三奈が嫌がったからじゃん」

「美桜も行かないって言ってた」

「言ってたね」


 美桜は苦笑して「でも、今年は違うから」と三奈を見た。三奈は彼女を見返して「ふうん」と視線を逸らす。

 たしかにその通りだ。美桜は変わった。あの人、明宮サチに出会ってから美桜は変わってしまった。

 一年の頃は何をするにも怯えているような子だった。真っ直ぐで正直でウソがない。そのせいで周囲に溶け込むことができない。そのことに苦しんでいるような純粋な子だった。汚れたところが一つもない、綺麗な子。

 そんな彼女を守ろう。そう決めていたのに。


「変わったよね、美桜」


 三奈がぼんやりと前を見ながら呟くと「それ、前にも言ってたね」と美桜は笑った。


「でもさ、わたしから見ると三奈の方が変わったと思うよ」

「美桜も前にそう言ってたね」

「うん。でも、あの頃よりもっと変わったなって思うよ」

「へえ……」

「どこが、とは聞かないんだ?」

「どこが?」


 言われたので聞き返すと彼女は苦笑しながら「そういうところ」と答えた。

 横目で見た彼女はまるで大人のような表情で三奈のことを見ている。もう彼女は三奈が守ってあげなくてはならないような弱い少女ではない。三奈の手を頼りに後ろをついてきていたような彼女でもない。それどころか彼女の方がずっと前を歩いている。

 背中を追いかけているのは今では三奈の方だ。しかしずっとウソを頼りに生きてきた自分では、もう彼女に追いつけそうにない。その背中を見失わないよう必死に追いかけるだけで精一杯だ。


 ――変わりたくて頑張ってるのに。


 少しでも美桜に追いつきたくて。それでも今までの生き方が癖になってしまっているのだろう。気がつけばウソをついている。それが誰かを傷つけていることもわかっているのに。

 最近、学校でも自分が浮いているように感じることが多くなった。仲が良かったはずの友達ともあまり会話が弾まない。会話が楽しいと思えない。

 別に友達のことが嫌いになったわけではない。元々好きでも嫌いでもなかったのだ。ただ、そこにいるために必要だったから絡んでいるだけ。それでも去年まではそこそこ楽しかったはずなのに。

 三奈は小さくため息を吐くとスマホを確認した。するとメッセージがいくつか届いていた。それは友達からのあけおめメッセージ。

 三奈は眉を寄せて「は?」と呟いた。


「え、なに」

「年明けてる」

「うそ」

「ほんと。ほら」


 スマホの画面に表示された時刻を美桜に見せる。


「ほんとだ……。ぜんぜん気づかなかった。三分も過ぎてる」


 言って彼女は周囲に視線を向ける。


「誰も気づいてないんじゃない?」

「どうでもいいんでしょ。ここに並んでたら新年明けようが明けまいが、賽銭投げるまで身動き取れないし」

「たしかに。全然進まないもんね」


 美桜はおもしろそうに笑うと「明けましておめでとう。三奈」とその真っ直ぐな笑みを三奈に向けた。


「うん。おめでとう。えっと、今年もよろしく?」

「なんで疑問系なの。今年もよろしくね」


 美桜はそう言うと自分のスマホを取り出した。そして嬉しそうに微笑む。

 どうせあの人からメッセージでも届いたのだろう。そう思って見ていると彼女は「見てよ、これ」と画面を三奈に向けた。


「なにこれ」


 三奈は呆れて眉を寄せる。そこに表示されていたのは画像だった。見覚えのある金髪の女が楽しそうに笑いながら自撮りをしている。その後ろには酒の缶を持った笑顔の松池瑞穂。そしてテーブルに突っ伏して寝ている様子の明宮が写っていた。


「先生ね、今日はみんなで年越しパーティしてるんだけど」

「寝てるじゃん」

「お酒飲まされちゃったみたいだね。ミナミさん、先生の家に集まる時よくお酒持ってくるから」


 彼女は言いながらスマホに何か打ち込んでいく。

 明宮が寝ている、ということはこの画像の送り主は自撮りをしている金髪の女なのだろう。

 柚原ミナミ。

 たまに美桜からも話を聞く彼女とは以前、一度だけ話したことがある。どういう人なのか詳しくは知らない。美桜が気に入っているのだから良い人なのだろう。だが、苦手な相手だ。もう二度と会いたくないとすら思う。

 自分自身でも気づいていない気持ちを見透かされてしまいそうだから。


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