第11話 エルフ、見守る

「な、なんでここに?」


「や、なんでだろうな。俺も、よくわかんねーわ」


 胸元を押さえてこちらを見る紫砂。


 仕事モードの私服、新鮮だな。


 そして足音に転がってるのが、例の部長さんか。


「そっか。連、あんたが助けてくれたんだ」


「お、おい。大丈夫か?」


 ホッとしたように紫砂は、床の上に座り込んだ。


 目からはぽろぽろと涙がこぼれて、俺はすっかり動転してしまった。


「まさかこいつに何かやられたのか……?」


 正直、どうしていいかわからない。


 いつだって飄々として、掴みどころのない紫砂が、まるで子供みたいにわんわん泣いてる。


 俺は情けないことに、黙って見ていることしか出来なかった。


「……まったく。一々世話がやけるのぅ」


「ぐがっ!」


 ガツンと、まるで後頭部を殴りつけるみたいな衝撃が伝わる。


 不意打ちだったこともあり、前のめりになる形でバランスを崩した俺を、紫砂の身体が受け止めた。


「ああ、悪い。すぐどく」


「……いい。このままでいて」


「……わかった」


 背中に手を回して、紫砂は自分の胸に俺の顔を押しつけるみたいに、俺の身体を抱き寄せた。


 しゃくり上げる彼女の身体は震えていて、かなり錯乱してるのがわかる。


 どんな顔をしているのかを見ようにも、胸に埋まった俺の視界に入る情報はほとんどない。


 しばらく、紫砂の気が済むまで抱きまくらでいる覚悟を決めた。


「ありがと。落ち着いた」


「そか。それは良かった」


 室内の壁を背に、俺と紫砂は並ぶように座っている。


 時間にしてどれくらいだろうか。


 五分くらいにも思うし、一時間以上経ってるようにも思うし。


「あ。そうだ」


「何?」


 手持ち無沙汰で、どことなく気まずかった俺は、妙な空気をぶち壊すために。


「この間ダブル天使回してる時に初めて見たプレミア撮ったから、見せてやるよ」


「連。あんたこんな時に……」


「見ないならいいけど」


「や、それは見るけど」


 呆れたような目をした後、紫砂は俺のスマホに顔を近づけた。


「めっちゃぶれてるじゃん」


「そりゃ興奮してたからな。お前だって確定音鳴った時、よく『ビクッ』ってなるじゃん」


「条件反射みたいなもんだし」


 その後も俺たちは、ああだこうだと最近のパチンコ・スロット事情について話した。


 我ながら中身のない会話だと思いつつ、なんだかんだ紫砂が付き合ってくれるから、興が乗った。


 このまま勢いで、今日のこと全部誤魔化せれば良かったんだけど。


「なんか、迷惑かけてごめんね。こんなの、あたしらしくないよね」


 何事もなかったかのように笑う紫砂を見ていると、俺は居ても立ってもいられなくなり。


「そんなことないだろ。困った時に誰かを頼るのの、何がいけないんだよ」


 つい、声を荒らげてしまった。


「お前、どうしてこんな時にまで強がるんだ? 泣くくらいきつい目に遭ったんだろ? だったら、無理して笑う必要なくないか?」


「や、こんなの全然普通だって。調子に乗った上司のセクハラとか、日常茶飯事だし。そのたびにあんたに迷惑かけるわけには――」


「なんでさあ。お前は、自分の心配よりも俺を気にするんだよ。逆だろ? お前はお前なんだから。真っ先に自分を心配してやれって。それが普通だろ」


 ずっと、違和感があった。


 紫砂と一緒にいる時は、とても楽に感じた。でもそれは、あくまで俺個人の話であって。


 紫砂自身はどうなんだろうか。


 振り返ってみると彼女は、いつだって俺が思う『紫砂』という女性を演じていたように思う。


 自堕落で、気安い、なんとなくそばにいると楽な。そんな女性を。


 俺はいつの間にかそんな紫砂のあり方に甘えて、彼女を深く知る努力を怠っていたように思う。


 そりゃセフレだし、別に深く知る必要性なんてないんだろうけど。


 結局のところ俺は甘ちゃんで。たとえセフレだろうと、自分と関わった人間のことは、極力大事にしたい、とか思ってしまうんだ。


「俺はお前が情けなくても変に思ったりしないぞ。そもそも、俺みたいなのとずっとこんな関係続けてる時点で、だいぶおかしい奴なんだし。そんな奴を今更どうこう思ったりしないさ」


「あんたって……ほんとさぁ……」


 ため息をつきながら脱力するように、紫砂が身体を預けてくる。


 右肩に乗った彼女の重みは、どこか心地よかった。


「あたしさー、まあまあめんどいんだよ」


「それは知ってる」


「あと、子供だし」


「そうだな」


「実は離婚歴あって子供もいる」


「うっそ!?」


「嘘」


「お前なあ……」


「はは、ごめん」


 さすがに焦った。だって紫砂に子供がいたら。いたら……なんだ?


「連。あたしが病んでも、捨てないで」


「場合による」


「そこは男らしくビシッと言うところでしょうが」


 くすくすと、彼女は笑った。


 少しだけ、声の調子が軽くなったように感じる。


「帰る。おんぶ」


「まだお前んとこのオフィスだぞ」


「今更。もういいから。ほら」


「はいよ」


 甘えてくる紫砂を背負って、俺は事務所を出る。


 足元には未だに例の部長が転がってるけど。


「帰ったらお礼する」


「適度にな」


「うん。適度に、朝まで」


「重労働コースじゃねーか」


 首に腕を回して抱きつく紫砂が。


「……ありがとうね、ラピスちゃん」


 何事かを呟いた気がしたけど、俺にはよく聞こえなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ん……ここは? はっ、そうだ! 録加来くんは!?」


「おお、目が覚めたかえ」


「な、なんだこのガキは!? 僕を攻撃したのはお前か!?」


「じゃったらどうする?」


「決まってるだろう! 不法侵入で警察に……っ」


「通報する前に、我はお主を殺せるぞ?」


「は、はは。何だそれ。何かのトリックか。プロジェクションマッピングとかそういうのだろ!?」


「さあて、何をどう解釈するかはお主次第じゃが。先程お主を気絶させたのも、我のこういった能力によるものじゃ。ここでお主には選択肢が二つある。一つ、我に逆らって戦う。二つ、金輪際我と我の友人に手を出さない。ここで見たことも全部忘れる。推奨は後者じゃが。さてどうする?」


「そ、それは」


「猶予は五秒じゃ。一、二、五。さあ、答えるがいい」


「か、カウントが途中で飛んでるじゃないか!」


「ああ、そういえば我は気が短いんじゃった」


「ぎゃああああああああああ」


「なんてのう。さすがにお主程度の小物、殺すのも面倒じゃ。これくらいで許してやろうぞ。ついでに、記憶もいじって、と。……やれやれ、あまり世話を焼かすでないぞ、連よ」



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※お知らせ※

5月3日から投稿ペースを上げます。

3日→3話、4日~6日→2話、となり、6日の投稿をもって完結となります。

せっかくのGWなので、期間中に全て投稿することにしました。

また、3日以降の投稿時間も19時→18時5分に変更します。


以上、ご周知くださいm(_ _)m

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】


 こんにちは、はじめまして。

 拙作をお読みくださりありがとうございます。


 毎日19時に1話更新していきます(短い場合は2話まとめて更新)。

 執筆自体は完了しており、全21話となっています。

 よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m




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