第2話 中編

 浅川さんに、会えないだろうか。淡い期待をずっと抱いていた。


 階段を上り備品室に向かう。以前この事業所にいたときは備品室に行くことはなかったので場所を知らないが地図を用意してもらったので迷わず行けそうだ。

 ときどきすれ違う社員の顔を必ず見ていた。


 目的の置き治具を無事に見つけた。借用許可をもらい、これで用事は済んだ。もうこれで、ここにいる理由はなくなってしまった。少しがっかりした気持ちが芽生えた。けれど玄関を出て少し歩き、正門を出るまで私は期待していた。

 浅川さんが今どんな仕事をしているのかは分からない。こんな風に違う事業所に行くことだってあるかもしれない。だったら外ですれ違う可能性だってあるはずだ。


「まだ暑いですね」


 栗原くんの言葉で我に返った。


「そうだね」


 私は機械的に答えた。浅川さんのことだけが気になっていた。他はどうでもよかった。けれども浅川さんには、会えなかった。



 栗原くんと遊ぶことになった。休日に、どこかに行かないかと誘われた。浅川さんと行けなかった水族館に行くことにした。

 みんな涼を求めてくるのか水族館は賑わっていた。

 休日に男女でどこかに行く、つまりはデート。娯楽施設とごはん、お茶。そのあたりが定番だろうか。

 私は栗原くんとごはんを一緒に食べたくなかったので「朝はゆっくりしたいから」と理由をつけて午後から会った。


 少しの罪悪感からか、私は楽しそうな反応をするよう努めた。幸い水族館は暗い環境だったので表情の演技は少なくてすんだ。


 水族館のあとタリーズコーヒーに寄った。スタバだと定番すぎる気がしてなんとなく避けた。浅川さんが好きだったタリーズ。ああ、だから選んだのか。

 私と栗原くんは四人掛けテーブルの、向かいあった椅子に座った。こんなとき、隣に座ればいいのか迷ってしまう。向かい合ったといってもなんとなく、椅子の位置はずらした。

「一応、コロナも心配だから」なんて取ってつけた理由で。気恥ずかしかったのもある。


 栗原くんはアイスコーヒーとチーズケーキを頼んでいた。私がケーキを頼んだので合わせてくれたようだ。

 私は本日のコーヒーとチョコケーキ。真夏だけれどクーラーの効いた店内はホットコーヒーを飲むのに適している。けれどもホットを飲んでいるのは私だけだった。みんな冷えないのだろうか? 夏はいつも同じ疑問を持つ。

 栗原くんはアイスコーヒーにガムシロップ二個とミルクを入れていた。私はブラックで飲むのが好きだった。

 栗原くんが自分の話を始める。そういえば私生活のことって話したことなかったな。


「紅葉さんはいつも仕事に一生懸命ですから」


 そんなことない。私は要領が悪い。無駄話をしている余裕がないのだ。みんなお喋りをはさみつつ、上手く仕事を片づけている。

 

 男女に限らず逢瀬の初回はお茶会のほうがよいと思っている。

 正解だ。ごはんだったら食べるのが中心になってこんなに語れない。

 ケーキが残り三分の一ほどになった。食べてしまうのがもったいないけれどいつまでも残しておくのも見た目が悪い。食べる量は一緒なのにゆっくり食べたほうがお得に感じる。

 栗原くんはケーキを半分くらい食べていた。ふと私のケーキの残り割合を見て、大きな一切れを口に運ぶ。食べる速度を合わせる気遣いができるのか。自分から誘える子だもんね。栗原くんの意外な一面を見た気がした。


 何度か栗原くんと逢瀬を重ねた。二回目から栗原くんは手を握ってくるようになった。けれどもそこまでだった。それ以上は踏み込んでこなかった。手の感触だけでどきどきする自分がいた。


 仕事ではいつも通りに接している。仕事中たまに栗原くんを見かけると、よく分からない感情が生じる。

 なんだろう。栗原くんは私のことが好きなんだと思う。誘うのも手を握ってくるのも、いつも栗原くんからだった。回数を重ねると私の心はもやもやしてきた。


 そうだ浅川さんに相談がてら、連絡してみようか。そう思ったら少しわくわくしてきた。連絡する口実ができた。

 男の気持ちが分かるのは男だと聞いたことがある。同じ職場のひとには言えないし、私には親しい男友達もいない。浅川さんが適任だと思った。

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