第31話 奥の手

 国立競技場、夜11時30分を回った。

 満月だ。

 グラウンドの上空で、満月の光を浴びながら、金色の龍と、人型の悪魔が戦っている。

 東洋の龍だ。長い体と威厳のある顔と角を持つ龍。五聖獣の中央を護る『黄龍』。

 楯無管理官に召喚され、悪魔を倒すべく戦っている。

 優勢なのは、この黄龍。

 しかし、

 勝利を確信しているのは、悪魔の方。

 クサカという人間に召喚され、その体を乗っ取り、完全体になろうとしている。

 『カオス』を言う名を楯無キドラに与えられ、それを受け入れた悪魔。

 恐怖の代名詞として、『悪魔カオス』が語られるの未来を、楽しみに、そして間もなくだと思っている。

 悪魔カオスは防戦一方、守りに徹している。

 だが、それでいい、それがいいのだ。

  間もなく黄龍は消える。自分と違い、一時的に現れた存在。偉大すぎるゆえ、人間の召喚では一時的にしか呼べない存在。

 この決着を示すかのように、満月が雲に隠れてしまった。ナイター照明ではっきりと戦いは見えるが、月明かりがないと不穏に感じる。

 まさに、暗雲が立ち込めた状態。

❝やはり、人間には悪魔は倒せない。

 もう、分かっただろう?❞

 黄龍と空中戦を行いつつ、下にいる召喚者、楯無キドラ管理官へと語っている。

 早く見たいのだ。強気で、尊大だった人間が、絶望する瞬間を。

「『人間』?違うね、

 お前と戦っているのは『人々』だ。」

❝何が違う?❞

 悪魔カオスには、管理官の返しが分からない。

「『先祖代々』『子々孫々』、それが『人々』だ。」

 まだ強気の姿勢を変えない。

「今だけではなく、過去から積み重なった力、蓄積された力、それが人々だ。お前が戦っている相手だ。」

 代々嫡男に受け継がれた聖獣『玄武』、言霊として蓄積された隠し名も祖父より与えられた。1代では不可能、多くに名を呼ばれる繋がり無くば不可能な力、それを『人々』と表している。

❝ハハハハハハ!❞

 悪魔カオスが一蹴した。どうでもいい話だ。今、黄龍が薄れていくのを感じた。その方が重要だ。

 いよいよだ。日付が変わる頃には、この女に、そして人類に『絶望』を与えられる。

 黄龍が、幻獣から幻影に戻りかけている。

「見よ!カオス!」

 楯無管理官が、持ち込んだ箱、ずっと足下に置いていた、布で覆われていた箱の、

 その覆いを取った!

「カァー!カァー!」

 鳥籠だった。

 カラスが1羽入っていた。

「行け、クサカ!」

 カラスを解放した管理官、そのカラスは一直線に悪魔へと向かって行く。

「お前が攻撃できぬ唯一の存在に、我が魔力を込めた!」

 警戒の姿勢を取る悪魔、

 ……しかし、

❝ハハハハハハ、❞

 カラスは方向を変え、増設されたポールをかすめ、遠くへ、競技場の外へと飛んで行ってしまった。

❝逃げたぞ!お前の切り札のクサカが逃げたぞ!❞

 悪魔の笑いは止まらない。

 その悪魔カオスの高笑いが止むのを待ってから、

「当たり前だろ。」

 静かに、

「あれはただのカラスだ。」

 悪魔の鼻っ柱を折った。

 ……笑っている。

 もう手が無いはずなのに、

 楯無キドラは笑っている。

❝最期まで横柄だったことは、評価してやろう。❞

 悪魔カオスが向きを変えた。もう力の無い黄龍から、標的を楯無キドラへと変えたのだ。

「横柄?……態度『4L』と言いな!」

 最期の最期まで、態度大大大大な女だ。

 いや、

「力を抑えていたのは、お前だけだと思っているのか?」

 最期ではない?

❝お前ごときに何ができる?❞

「お前ごとき?……言ったろう。1人の力ではないと!

 それに、力を残しているのは、私ではない!」

 悪魔に言い放った時、

 幻影となった黄龍が、楯無管理官の元へ、体内へと返って行った。

「最後の『奥の手』のために、黄龍の力を残しておいたのさ!」

 そして、

 その言葉を待っていたかのように、

 満月を隠していた雲が晴れた。


「最期(エンド)ではなく最後(ラスト)のトリックを見せてやる!

 最期(エンド)を迎えるのは、お前だ!カオス!!」

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