第1話 異能力(トリック)

「得!利!」

「…また言いましたね。」

 車の後部座席から降りようとしていた若い男に、運転席の若い女が尋ねる。

「先輩、その『うり』って何ですか?」

 女は20歳。スーツ姿だが、よく学生と間違われる。愛嬌があり、年上に可愛がられるタイプだ。

「『利を得る』で『得!利!(うり)』。

 僕も深くは分かってないんだけど、姉さんが教えてくれた言葉なんだ。小さい頃から使ってる。緊張をほぐす、おまじないかな。」

 笑って答えた先輩の男も若い。22歳。普通の、ちょっとお坊ちゃんぽい好青年。

「えっ?!あっ?!やっ?!……いい言葉ですね。」

 顔を引きつらせて答えた運転席の女性。実は今の返しに一つだけ、彼女を硬直させるワードが入っていた。

「じゃあ、行ってくるよ。」

 若い男が後部座席から降りた。

 運転席の女の方は、先輩に言われた通り、この場で待機。コンビを組んで一ヶ月、一度たりとも先輩の指示を破ったことはない。

 先輩の青年のことは怖くない。むしろ優しすぎるくらい。新任早々のバディとしては恵まれたと思っている。

 が、一度たりとも、頑なに拒んで、彼を助手席に乗せようとはしない。今回も後部座席。

 直属の上司でもある彼の姉、彼の「姉さん」が怖いのだ。

 道路を横断し、向かいの建物に先輩が入って行くのを、運転席のガラス越しに、少し不安な表情で見守る。

 向かいの建物は銀行。 そこへ入った先輩は若いビジネスマンにしか見えない。

 しかし、ビジネスマンと決定的に違うところが2つ。

 ……彼はスーツの下に『拳銃』を持っている。

 向かいの銀行で事件が起きている訳でもない。

 ……しかし、彼の『直感』は良く当たる。

 その『直感』こそが普通ではない2つ目、

 彼の『異能力(トリック)』だった。 


 彼が入ってから少しして、銀行のシャッターが降りた。

 15時を回っている。違和感はない。

 違和感は、彼が戻って来ないこと。

 中では、銀行強盗事件が起きていた。


 銀行としては大きくはないが、防犯レベルは高め。受付カウンターを透明の強化アクリル板でしっかりと隔てている。警備員は常時2名。

 その、マシンガンでも壊れないはずの強度の防弾アクリル板は無惨に壊され、破片が床に飛び散っていた。

 警備員2名は、居合わせた客や銀行員と共に、大金庫の中へ、たった今入れられ、たった今大扉を閉められた。

 10 数名が大金庫内へ閉じ込められた。半日程度なら大事はないだろう。 その間に強盗犯4名は逃げ切るつもりだ。

 今、屋内には、金庫にあった現金4億円を2つのバッグに入れて持っている強盗犯4人と……金庫に入れられなかった若い女性銀行員4名がいる。

 強盗犯は全員覆面にコート、そして銃を持ち、人質の女性店員は、カウンターの奥の隅、入口から遠い場所に集められている。

「さて……人質として連れて行こうと思ったが、4人はちょっと多いな。」

 ライオンの覆面の男が隅の人質たちへと銃を向けた。

「きゃあ!!」

 人質が叫んだ。

 強盗犯も全員驚いている。

 人質4人の手前に、いつの間にか、

 若いスーツの青年が現れたからだ。

(得!利!)

 自分を鼓舞するために、その青年は心の中でそう叫んだ。

 4人の女性の5m程前に、彼女たちを守るように立ち塞がる青年。

「どこから現れた?!」

「その金を持ってさっさと消えろ!」

 強盗の質問には答えず、拳銃を構えて警告する。

 青年は拳銃1丁。強盗犯は全員マシンガン、小型だか最新式、威力は拳銃と段違いだ。

「何者だ?」

 ピエロの覆面が尋ねると、

「楯無(たてなし)巡査部長だ。」

 警察だ!の一言でいいのだが、この問いには丁寧に答えた。

 ちなみに、

 突然現れたのは『異能力(トリック)』。気配を消し、姿を認識されなくなる力。便利ではあるが、攻撃態勢を取ると解けてしまう。人質が金庫内に閉じ込められる流れを、「好機!」として待ったのだ。


 彼、楯無刑事が銀行に入った時には、強盗犯はすでにいた。

(複数いる?!)

 彼のトリック『直感』が働いた。察知能力ほどの万能さは無い力だが、外れたことはない。すぐに気配を消して屋内に潜んだ。

 4人が同時に動き出した。立ち位置がバラバラ、人質も多い、マシンガンもある……好機を待った。

「警察かっ!!」

 ゴリラの覆面男が向かって来た。

 マシンガンを投げ捨て、コートに覆面姿、そして素手で迫る。

(これを凌げば?!)

 後ろの人質を安心させる為にも、両足と丹田に力を込めて仁王立ちする楯無刑事。

(得!利!)

 心の中で叫ぶ目の前で、

 ゴリラ覆面の男が、

 大きなゴリラへと姿を変えた?!


 3mの大ゴリラ!

 これが奴の異能力(トリック)だった。

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