第二十七話 過去の正体

「……どういう事だ? それは」

 胸騒ぎが治まらない。

「その問いに意味は無いと思いますが、教えてあげましょう」


 矢佐賀やさが宗徳むねのりは、ナイフを指で弄んでいた。

「私は、コピーギャングの手先です。皇国の動向や情報を探り、時には人も殺す。そんな何でも屋が、私です」


 彼は目を細め、昔を懐かしんでいる。

「人も殺さず淡々と任務をこなす、つまらない日々が数年ほど続いていました……ですがある日、嫉妬にまみれた一人の青年と出会ったのです。その青年の名は、獅子野カズヤ」


 それを聞いて、隣にいるアズサが息をのんだ。

「私はその青年に声を掛けました。呪法使いとして悪意を収集しておくのは仕事の一つでしたし、純粋な興味もありました」


「最悪の出会いだな」

「私にとっては最高の出会いでしたよ……ともかく、私は獅子野カズヤにこう問いかけたんです」


 ――何をそんなに恨んでいるのですか?

「彼はこう言いました。『才能のある弟が憎い』と」

 反吐が出るほど醜い嫉妬心。


 だが、よくある話だ。

 この男と出会いさえしなければ。

「純粋な悪意は呪法に最も適している。それに、私はこういった喜劇が好みでしたから、弟の才能を潰す手助けをして、悪意を収集することに決めたのです」


「喜劇?」

「ええ。くだらない嫉妬心が引き起こす家族の崩壊。これを喜劇と言わずして何といいますか?」


 清々しいクズだ。

 もう、さっさとこの男の首をはねてしまいたかったが、どうしても気になることがあった。


「私は最初、獅子野アズサを魔力欠乏症に見せかけて殺し、それをネタにして兄を脅すつもりでした」

「だが、殺せなかった」


 宗徳は首を振る。

「いえ……それどころか、彼の心が強いせいで、呪法すら時間とともに消える不完全なものになってしまった」


「あり得るのか? そんな事が」

「あり得ません。だから私は驚き、それと同時にしたのです」

 宗徳が、アズサに満面の笑みを向けた。


「この少年の心を挫くにはどうすればいいのだろう? この少年はどうすれば壊れるのだろう? 興味が尽きませんでした」

 ――だから私は、まず少年の『母』を殺しました。


「……」

「私は、魔力欠乏症が少年の母に感染したかのように見せかけ、じっくりと殺しました」


 そうすると、少年の心は少しこわれた。

 笑えましたよ。父と妹は少年を恨み、諸悪の根源である兄は、自分が悪いというのにその責任を棚上げにして、己の弟を責め立てた。


「ですが、少年を壊すにはまだ足りなかった」

 驚きました。これほどまでに頑丈な人間がいるのかと。

「だから私は、少年――獅子野アズサを拷問しました」


「拷問?」

「ええ、拷問、拷問です。永遠に終わらない、最高に楽しいお遊び」

 あの時間を思い起こす。


「そう、私は少年と遊んだのです。私が少年を傷つけ、少年が自分を癒す。私が命令して治癒魔法を使わせるたびに、少年の魔法は熟練度を増していく。いつしかその速度は常人を超え、気づけば部位欠損すら癒す化物になっていた」


「……化物、か」

「ですが、夜になれば子供がお家へ帰るように、私たちの遊びも、少年の心が壊れることで終わりを迎えた」


 そして、私は少年の記憶を奪った。

「どうして、殺さなかった?」

「少年が『殺して』と頼んだからです」


「ああ、そうか」

 もう十分だ。聞きたいことは何もない。

「あとはお前を――」


 俺が刀に手を掛けたとき、宗徳が口を開いた。

「『いま、貴方の指は全部で何本ですか?』」

「は?」


 いや、俺を見て言っているんじゃない。

「アズサ!」

 糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちたアズサへ近づき、抱きかかえる。


 アズサの身体はがくがくと震え、冷え切っていた。

「何をした?」

「解いてあげたのですよ、呪法を」


 宗徳は嗜虐的な笑みを浮かべている。

「呪法を解くということは、消し去った記憶を元に戻すということに他ならない」

 俺がアズサへ近づいた隙に、宗徳が錆びたナイフを持って斬りかかってきた。


「ちいっ」

 右手にアズサを抱えたまま、左手で宗徳の腕を掴む。

「知っていますよ、貴方のこと」


 宗徳は腕を掴まれたまま、アズサに向かって中段蹴りを繰り出した。

「くそっ」

 仕方なく宗徳の腕を離し、突き飛ばす。


「気になりますねえ、一級戦力主席という名の化物は、いったいどれだけ頑丈なのか」

 最悪の形で、戦いが始まった。

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