第二十六話 呪法使い
「それで、コピーギャングはどこに居るんだ?」
俺は近くにあった路上駐車場に車を停め、ひとまず降車する。
『至って単純。下町にあるマンションの一室を借りていた。お前が少し前まで住んでいたような、ぼろい賃貸物件だ』
「……大胆不敵だな」
コピーギャングとは、あくまで「賢者の石を模倣したい」という思想に同調し、徒党を組んだ一般人でしかない。
つまり「自分はコピーギャングだ」と言われても、判別する手段が少ないのだ。
だが、自分から名乗る人間のほとんどは組織の悪名を使って悪事を働くだけの小物であり、本物のコピーギャングは、身を潜めて国民に紛れていることが多い。
皇国も王国も、彼らの『本拠地』を探しているのだが、仮の拠点を見つけることすら困難な状況が続いている。
「た、隊長。僕、何が何だか分からないんですけど……」
アズサからすれば、俺がこのカラスと何の話をしているのか全く分からないだろう。
だが、今それを説明している時間は無い。
「端的に言えば、俺たちはこれからコピーギャングの拠点に殴り込む」
「ど、どうしてですか?」
「そこには、アズサの呪法に関する手がかりがあるはずなんだ」
「な、なるほど」
コピーギャングと自分に何の繋がりがあるのか分かっていない様子だったが、アズサはひとまず頷いた。
『急げアルマ、獅子野カズヤは拷問されてるようでな、あのままだともうすぐ死ぬぞ』
「拷問?」
そんなことをして何の意味があるのだろうか。
コピーギャングは、口封じのために獅子野カズヤを連れ去ったと思っていたのだが。
「いや、考えるのは後だ――
『目的地の屋根に大量のカラスでも乗せておこう』
それなら一目で分かるだろう。
「アズサ、俺の背中に乗ってくれ」
俺は、アズサに背を向けてしゃがんだ。
「そ、それは一体どういう?」
「おぶるんだよ。アズサを」
俺が「ほら、早く」と急かすと、アズサは「ご、ごめんなさい」と、申し訳なさげに俺の背に乗った。
「しっかり掴まれ。振り落とされるなよ?」
「え?」
俺はぐぐ、と屈み、両足に魔力を溜める。
「『
バチッ、と火花が弾ける音がした。
「えええっ!?」
景色がジェットコースターのようにぶれ、気づけば近くにあったビルの屋上まで飛んでいた。
「戦闘に備えて魔力消費を抑えたいところだが、今はそうも言ってられない」
俺は屋上から身を乗り出し、下町方向へ目を凝らす。
「――あそこか」
真っ黒な屋根がうごめいているのが見えた。
「周りに住宅もあるから、直接突っ込むわけにもいかないな」
ビルの屋上を跳び、住宅の屋根を忍者のように駆け抜け、乗り継いでいく。
「アズサ、もうすぐ着くぞ」
「も、もうですか!?」
そして、マンションの屋上に静かに着地した。
カラスが一斉にぶわっ、と飛び立つ。
約三十キロを三分で走り切った。直線距離を突っ切ったから、タイムとしてはそこそこ。
「明次、コピーギャングたちは何号室に居るんだ?」
俺は唯一残っていたカラスに尋ねる。
『四〇一号室だ。ここからまっすぐ歩くと、真下にベランダが見える。そこから乗り込め』
「分かった。アズサ、もう降りていいぞ」
「は、はい」
刀の柄についたボタンを押下する。
『
機械音声が静かに響く。
「一緒にベランダに降りたら、まず俺が窓を蹴破る。そうしたら、アズサは拷問されてる奴を助けてくれ」
「そ、それは、僕の兄なんですよね?」
「そうだ……やれるか?」
自分を虐めていた兄を助けるというのは、複雑だろう。
「はい、出来ます」
だが、アズサはしっかり頷いてくれた。
二人で屋上の縁に立ち、ベランダを見下ろす。
「三、二、一、ゼロ」
その声を合図にベランダに降り、振り返って窓を蹴り破ろうとしたとき。
――まあ、待ってください。
窓に、血文字が書かれていた。
しかもベランダ側から読めるということは、この文字を書いた人間は俺たちがここから来ることを予見していたという事だ。
「おはようございます。お客さん方」
「……誰だ?」
窓の向こうに、執事の格好をした二十代ほどの男がいた。
「私は
彼が俺たちに恭しくお辞儀をすると、窓がひとりでに開いた。
入れという事なのだろう。
「た、隊長、これは罠なんじゃ?」
「そうかもな。だがそれを言うなら、もう相手の術中かもしれない」
警戒しながら部屋に入る。
アズサも俺の後ろについていた。
「心配しなくとも、何も仕掛けはございません」
「黙れ呪法使い」
俺が唾棄すると、宗徳が少しだけ目を見開く。
「おや、お分かりでしたか」
「呪法使いっていうのは、どいつもこいつも気味の悪い魔力をしてる」
「『気味が悪い』というのは、呪法使いにとって褒め言葉でございます。それだけ、人の悪意を取り込んでいるという事ですから」
話しながら周囲を観察していたが、獅子野カズヤの姿が見当たらない。
「獅子野カズヤはどうした。もう、殺したか?」
「いえ、生きていますよ? ほら、私の後ろに」
宗徳が一歩右に退くと、後ろに獅子野カズヤが現れた。
――だが、それはもう、拷問されつくした後の姿だった。
「ひぃっ」
アズサの足がすくみ、悲鳴が漏れた。
両手の指は千切られている。
両足の指は切れ味の悪い刃物で切断されている。
両腕はねじれている。
両足は逆に曲がっている。
目は、歯は、腹は、背中は。
もう、傷つけるところは何処にもなかった。
「やはり、ただの人間はいけませんね。脆いし弱い。とても、楽しめるものではございません」
気づけば、宗徳は右手に錆びたナイフを持っていた。
「貴方のような化物でなければ、私の欲は満たされない」
そして、それの切っ先をアズサに向ける。
「ぼ、僕?」
アズサの声が、か細く震えた。
「そう、かつての貴方のような化物こそ、最高の玩具なのですよ!」
彼の頬は上気していた。
それは愛する乙女のようで。
それは恋する少女のようで。
だがそれは、歪んだ狂気だった。
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