第九話 記憶に勝つ

「消した記憶をそのままにして、魔力欠乏症の呪法だけを取り除くことはできないのか?」

「嬢ちゃんの呪法を解く方法は大きく分けて三つあるが、そんな都合のいい話はない」

 明次は右手で薬指、中指、人差し指の三本を立て、解呪の方法を話し始めた。


「まず一つ目、これはおまえも知っているだろうが、呪法をかけたもの――いわゆる呪法使いがそれを解く、もしくは死ぬ。だが、今からあてもなく探すには、時間がかかりすぎるだろう」


 薬指を閉じる。

「そして二つ目、おれの陰陽術で強引に解く。これは程度の低い呪法には有効だが、あの嬢ちゃんにかけられた呪法は強力だ。この方法を使えば、嬢ちゃんの心が持たんだろう」


 中指を閉じる。

 そして明次は「これが本命の策だ」と、右手の人差し指を俺に向けた。

「嬢ちゃんの記憶を暴いて、それを克服させる」


「……そんなこと、していいのか?」

 アズサ自身が閉じ込めた記憶を、俺たちがこじ開けていいのだろうか。

「やらなきゃ、あの嬢ちゃんは死ぬ。それも、そう遠くないうちに」


 今、アズサの状態は安定しているはずだ。

 身体的にも、精神的にも。

「嬢ちゃんの見た目が幼いままなのは、魔力が足りんからというのもあるが、呪法を体内に宿し続けているせいでもある。あのままじゃ、そのうち呪法が身体を蝕むぞ」


 よくよく考えれば、俺はアズサの見た目を「そういうもの」だと認識していた。

「それだけじゃあない。もし、何かの拍子に嬢ちゃんの記憶が戻ったらどうする?」

「あり得るのか?」


「嬢ちゃんの消した過去を知っている人間がいたとして、そいつが嬢ちゃんにすべて話してしまう可能性だってある」

 明次の言う通りだ。


 アズサが見た過去の景色を、他の誰かが見ていたとしても不思議ではない。

「だからアルマ、まずはおまえが呪法のを探れ」

「原因?」


「そうだ。呪法というのは人間の負の感情を使う。あれだけ強力なものとなると、嬢ちゃんに恨みを持つ人間が呪法使いに手助けをして、その怨恨を呪法の糧にした可能性が高い」


 あんな心優しい人間を、誰かが恨んだりするものだろうか。

「逆恨みの可能性もある。というより、十中八九逆恨みだろう。あの嬢ちゃんは、悪事ができるような奴じゃない」


「でも、どうやってその記憶を克服する?」

「仲良くなるんだ、嬢ちゃんと」

 明次は、真面目な顔でに子供っぽい言葉を口にした。


「どういうことだ?」

「おまえが呪法の原因を見つけたとき、嬢ちゃんは見たくなかった過去と向き合うことになるだろう。そのときおまえが、嬢ちゃんの心の支えになってやるんだ。そうしないと、心が壊れる」


「仲良く、か」

 改まって言われると、難しい言葉だ。

「おまえは自分らしくしてろ。それが一番いい」


「何だよ、それ」

 よく分からなくなってしまった。

 だが、微妙な表情をしている俺を見て、明次は「それでいい」と勝手に納得した。


「悩め。きっとその先に、おまえの答えがあるはずだ」

「それは占いか?」

「いいや、未来だ」


 格好つけやがって。

 その言葉は、言わないでおこう。

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