第13話 試験の結果

 待合室に戻ってから、1時間ほど経った頃。


木天蓼またたび 哲也さん、どうぞ〜」


 ようやく受付の係員に呼ばれたので、俺はカウンターに向かった。


「まずは試験、お疲れ様でした」


 カウンターにて、係員は労いの言葉を口にしつつ……一枚の紙と一枚のカードを、どちらも字が俺の方を向くように並べて目の前に置いた。


「それでは結果をお伝えしますね。まずは試験の結果ですが……えー……木天蓼さんの成績は筆記試験が0点、実技試験が満点の50点でした」


 紙に記載されている採点結果欄を指しつつ、係員はそう続けた。


 あららー。

 超低得点は覚悟していたが、まさかの筆記は0点だったか。


 ま、考えようによっては下手に一桁台の点数を取るよりは良かったのかもな。

 せっかくここまで潔い点数を取ったなら、トゥイッターにでも結果をアップすれば笑い話くらいにはなるかもしれないし。


「いやー、私もこの仕事を始めて結構経つんですが……こんな極端な成績を目にするのはこれが人生初ですよ。『筆記は満点だけど実技はからっきし』みたいな頭でっかちタイプは極稀に見かけますが、逆パターンはね……」


「すみません。元々迷宮とは何ら関わりない生き方をしてたんですが、飼い猫が覚醒した関係で急遽探索者を兼業することになりまして。右も左もわからないまま登録に来たもんですから、筆記試験の存在も知りませんでした」


 あまりにも係員に物珍しそうに見られて恥ずかしかったので、俺は精一杯の言い訳をした。


「なるほどそんな裏事情が……。ペットを信頼されているのは素晴らしいことですが、それはそれとして、ゆっくりでもいいので自分の身を守るためにも基礎知識くらいは抑えていってくださいね」


 うん、それは肝に銘じておこう。

 とはいえ実際ちゃんと勉強できるのは、結構先のことになりそうな気もするがな。


 ここ一週間、兼業探索者として生きてきて分かったことが一つある。

 それは、副業やってる奴は化け物だということだ。

 仕事から解放され、プライベートの時間になってまで自己研鑽に励むなど、並大抵の精神力じゃ到底無理なんだよな。

 ここ五日は、本格的に配信者をやっていくにあたって今売れてる配信者の分析とかやった方がいいのかと思い、「夜家に帰ったらダンジョン配信者の動画を見よう」と毎朝決意していたはずなのだが……結局仕事終わりにはそんな気力は完全に削がれていて、気づいた時にはスマホで野球速報の動画を見てばかりだった。

 そしてその結果が、筆記試験でのこのザマだ。

 意識が低いと言われれば返す言葉もないが、それでも俺は普通こんなもんだと思う。


 最悪の場合、今の仕事をやめて専業探索者になるまでロクに勉強しない可能性もゼロではないだろう。

 いや何なら、俺みたいな凡人にはそのルートが一番濃厚だ。


「そして肝心の合否判定ですが……残念ながら、木天蓼さんはギリギリ試験合格となります」


 ……っておい。

 残念ながらとは何だ残念ながらとは。

 いくら筆記が散々だったからと言って、その言い草は無いだろう。


 俺は係員の言葉にムッとしそうになるのを堪え、こう質問した。


「どうしてそんな不合格になってほしそうな言い方を?」


「探索者登録試験、合格してしまうと再試験を受けられないんですよ。木天蓼さんのようにペーパーテストのみが優れない方の場合は、不合格になって一週間くらい猛烈に頭に叩き込んでから再挑戦すれば、より良い点数で合格し、高ランク探索者としてスタートできる可能性もありました。しかし……受かってしまった以上は、規定上そういう立ち回りは許されず、木天蓼さんはDランクからスタートすることとなります。これはむしろ木天蓼さんにとっても機会損失かと」


 すると係員は、理由を丁寧に説明してくれた。


 なるほど、確かにそう言われれば「残念ながら」と言えなくもないな。

 もっとも、本業を続けているうちは大して勉強できないであろうことを考えると、ここで受かったことが言うほど機会損失かと言われればそんなこともない気がするが。


 低いランクからのし上がった方が配信としてはストーリー性があって盛り上がる……かもしれないし、あまりネガティブには捉えないでおこう。


 しかし……探索者ランク、さっき待合室で読んでたパンフレットには「SからFまである」とあったんだが、意外と中間どころから始められるんだな。


「そういうことですか。でも、Fとかではないんですね」


「筆記0点実技50点で総合得点50点というのはあくまで合否判定に用いる点数の話で、ランク判定では多少実技側に傾斜がかかりますからね。本当に珍しいパターンですが、今回の木天蓼さんみたいに『ぎりぎり合格かつ中堅スタート』というのは全く不可能な話ではないです」


「なるほど」


 そんな制度になってるのか。

 だから何だという話ではあるが、雑談のネタくらいにはなりそうだな。



 などと考えていると……係員は、こう言って話題を変えた。


「さて、問題はここからですが……木天蓼さんに一つ朗報があります」


「……朗報?」


 合否もランク判定も聞いた今、他に伝えられることなど何もない気がするが……一体なんだろう。


 係員はこう続けた。


「今回の試験の結果としては、実技を満点の50点とさせていただいておりますが……実際に見せていただいた戦闘能力は、試験では測りきれない圧倒的なものでした。初期ランクは点数によって基準が設けられているので、そこで特別扱いすることはできないのですが……何とかして実力に見合う評価ができないか考えた結果、木天蓼さんには一つ、特例措置を設けることとなりました」


「と、特例措置?」


 思ってもみない展開に、思わず俺はオウム返ししてしまった。


「はい。今回、木天蓼さんには特別に『国境なき探索者』の特権が付与されることとなりました。……そのご様子ですとどういう権限かご存知ないですね?」


「……お恥ずかしながら」


 名前を聞いてもピンと来ないでいると、表情から係員にそれがバレてしまったようだ。

 係員はこう解説してくれた。


「国境なき探索者は、パスポート無しで税関も通ることなく無断でどんな国・地域にも出入り可能な権限です。かなり強大な、かつ国際的に有効な権限ですので、Aランク以上の超ベテラン探索者でも取得が難しい権限なのですが……木天蓼さんの飼い猫には『む〜とふぉるむ』なる高速移動手段があること、国外の緊急事態にも対応しうる実力があると推察できることから、この度はこちらの権限を付けさせていただくことにしました」


 与えられた権限は、比喩なしで文字通りのとんでもない特別権限だった。

 マジか。なんかしれっとランクが霞むオマケがついてきてしまったんだが。

 ゴーレムの動力源破壊って、ここまで厚遇されるほどのえげつない実績だったのか……。


 実際タマの「む〜とふぉるむ」の最長移動距離を測ったことがないので何とも言えないが、もしかしたら今後本当に気軽に海外に旅行できたりできるようになるのかもしれないな。

 個人的には、これを活かしてMLBメジャーリーグのワールドシリーズ決勝戦を現地観戦したいものだ。

 そういうことのために与えられた権限ではないことは重々承知だが、前日にアメリカのダンジョンを攻略しにでも行っておけば、一応の言い訳は立つだろう。


「色々と便宜を測ってくださりありがとうございます」


「いえいえ。私たちだって、才能ある者を燻らせたくはありませんから」


 俺はお礼を言いながら試験結果通知の紙をバッグに、探索者証のカードを財布にしまった。

 これで終わりかと思いきや……係員はカウンターの下を何やらごそごそして、スマートウォッチのような見た目のものを一つ取り出した。


「最後になりますが、こちらがステータス確認・更新用のデバイスとなります。もしかしたらご存知ないかもなので念のためご説明しますが、モンスターを討伐すると、その難易度に応じたスキルポイントが手に入るんですよね。このデバイスは、探索者の魂を解析してスキルポイントを数値化したり、ポイントを消費してスキルスクロールの魔法陣をダウンロードし、スキルを習得したりするのに使えるんです」


「なるほど」


 どうやらスマートウォッチ風の装置は、探索者の成長をサポートするためのグッズのようだった。


「ありがとうございます、こんなものまで頂いてしまって」


 早速俺はステータス確認・更新デバイスを左腕に装着した。


「いえ……こちらは合格者全員に支給しているものですので……」


 なんだ。国境なき探索者の話の後に渡されたから、これも特別待遇の一環かと思ったら違ったのか。

 まあ、そのほうが期待の圧を感じないで済むのでありがたいとも言えるが。


 今もいくらかスキルポイントが溜まっているようだが……現状タマが勝てない敵に会ったこともないし、何に使うかを考えるのは後回しでいいか。


「色々とありがとうございました!」


「とんでもないです! 今後のご活躍を期待しております!」


 最後に挨拶をして、俺は協会を後にした。

 これで明日は、満を持して正式な探索者としてネルさんとコラボできるな。

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