第3話 【少女視点】前門の変異種ゴブリン、後門の巨大猫①

「ど〜も〜! 『レスポールさえも凶器に変える女』、旋律のネルで〜す!」


 タマと哲也がダンジョンに入る三十分ほど前のこと。

 越谷のダンジョンにて、一人の少女が生配信を開始していた。


 彼女の名前は押入おしいれねる。

 職業はダンジョン攻略配信をメインの活動に据えたアイドルで、たった今名乗った「旋律のネル」という芸名でその活動をしていた。


 彼女は動画配信サイト「ゲラゲラ動画」上で160万人ものチャンネル登録者を持つ、正真正銘の超有名配信者。

 超絶美少女だというのはもちろんのこと、彼女には他のダンジョン配信者にはない人気の秘訣が二つあった。


 一つ目は、アイドル系のダンジョン探索者の中ではぶっちぎりで強いということ。

 アイドルとしてダンジョン配信を行う者はたいていEランクあるいはDランク探索者で、あとはごくわずかにCランク探索者がいるくらいというのが相場なのだが、彼女はまさかのBランク探索者だ。


 Bランク以上の探索者はもう完全なベテランの域で、戦利品の売却益だけで高収入を得られるので、そのほとんどは配信など行わず専業探索者として活躍している。

 そうした棲み分けの中、彼女だけはBランクながら配信業も兼業しているため、そのユニークさが評価されて多くの視聴者を獲得できているのだ。


 ちなみに彼女は17歳の高校生だが、その年齢でこれほどの強さに至った理由は彼女の固有特性にある。

 彼女は「旋律の相棒」という固有特性を持っており、これは自身が愛用している楽器を一つ「絶対に壊れない無敵の武器」として転用できるという特性だ。

「旋律のネル」という芸名は、この固有特性から来ている。

 愛用するエレキギターのレスポールをメイスの如く振り回すその戦闘スタイルも、注目を集める一因といって差し支えないだろう。


 そしてもう一つの理由は、コメント返しが他のダンジョン配信者に比べ圧倒的に丁寧だというものだ。

 普通のダンジョン配信者の場合、戦闘中は戦闘に集中しないと危ないため口数が減ってしまうのだが、彼女の場合はコメントに集中しながら片手間で戦闘しても余裕で勝てるため、他の配信者より活発に視聴者とコミュニケーションが取れるのだ。

「他の配信者は赤スパじゃないと見逃されるけど、ネルちゃんは普通のコメントでもたまに読んでくれるから」という理由で推し変したオタクも少なくないのだとか。


 そこが人気の理由であるが故に、彼女はほとんどの配信において、危険度Dのダンジョンを拠点としていた。

 危険度というのは「同じランクの探索者4〜5人でボスまで攻略できる程度の難易度」と定められているもので、彼女の場合他のBランク探索者とパーティーを組めば危険度Bのダンジョンまで攻略可能だ。

 ソロの場合はランクより一つ下の危険度、すなわち危険度Cが推奨攻略難易度となる。

 だが推奨難易度ピッタリだとどうしても戦闘中の口数が減ってしまうため、危険度Dを中心に回っているというわけだ。

 まあ他にも、彼女が適性危険度のダンジョンへ挑まない理由としては、「他のBランクが全員専業探索者で、コラボ配信して一緒にダンジョンに挑むことができない」というのもあるが。


 今回来ている越谷のダンジョンも、例に漏れず危険度Dのダンジョンだ。


「みんな朝から集まってくれてありがとね〜! それじゃさっそく、天才ギタリストの私がモンスターの悲鳴を奏でていくよ〜!」


 そう言って彼女は、撮影用の自動追尾浮遊三脚にセットした自身のスマホのカメラに向かって小さくガッツポーズした。


 :おはよ〜!

 :ネルちゃん今日もかわいいよ!

 :ギタ……リスト……?

 :↑お、新規か?

 :囲め囲めー!


 既に同接数は2.2万を超えており、彼女が定形の挨拶をする間にも怒涛のコメントが流れていった。


「お、新規さん? いらっしゃ〜い! ゆっくり楽しんでいってね〜!」


 そんな中でも、彼女は新規リスナーと思われる人からのコメント(「モンスターの悲鳴を奏でていく」は配信開始時の決まり文句なので、そこにツッコむコメントは新規とみなされる)を目ざとく見つけ、反応を欠かさない。

 前方からはマッドモンキーという猿型のモンスターが迫っていたが、彼女はモンスターの方に目を向けもしないまま、大谷選手の44号ホームランのようなスイングでギターを振り、猿の頭を吹き飛ばした。


「お、もう一匹目か! 順調順調!」


 :相変わらずのノールックで草

 :悲鳴はどこいったんですかね

 :瞬殺すぎて奏でれてないんだよなあ

 :フ ラ イ ヘ ッ ド 革 命

 :ホームラン王とギタリストの二刀流

 :↑ついでにアイドルも合わせて三刀流


「もぉ〜、アイドルは『ついで』じゃないんだからね!」


 カプセルを拾うとすぐまた画面に視線を戻し、彼女はコメントに的確なツッコミを入れていった。

 その後も彼女はたびたびマッドモンキーに遭遇したが、彼女はカプセルを拾う時を除いて一度としてスマホの画面から視線を外すことなく、気配だけでモンスターの挙動を完全把握し、最適なタイミングでギターを振って全てを粉砕していく。


 しばらく進むと出現するモンスターがマッドモンキーからヴェノムバットに変わったが、彼女がやることは特に変わらなかった。

 ヴェノムバットは毒腺のある鋭い牙をもつ大型コウモリのモンスターだが、彼女からすれば動きはトロいので、先制で粉砕すればいいだけの話なのだ。


 :つ、強ぇ……

 :他の配信者見てからここ来ると感覚バグる

 :↑それな

【¥10,000】:支援

 :ナイスパ

 :ナイスパ!


「わああありがとうございますぅ! まだボス戦でもないのにすみません……っ!」


 赤スパが飛んでくると、彼女は嬉しそうにお礼を口にした。

 超有名配信者の彼女にとって、スパチャが飛んでくることなど日常茶飯事だったが、彼女は初心を忘れず毎回最大限喜びを表現することを心がけていた。

 他のダンジョン配信者は戦闘中だと特に心のこもっていないお礼になりがちなので、そこも「投げ銭のしがいがある」と評判になる要素の一つだった。


 通常のDランク探索者パーティーの三倍くらいのペースで、どんどん攻略を進めるネル。

 その快進撃はボス戦まで、全てワンパンのまま続くかと思われた。



 だが――事件は突然に発生した。


 :相変わらず悲鳴皆無で草

 :何も奏でてませんねぇ……


「おいおい、さっきからたっくさんレクイエム奏でとるやろがーい! って……え?」


 コメントにノリノリでツッコんでいた彼女だったが……突如として彼女は異様な雰囲気を察し、カプセル回収以外で初めてスマホの画面から視線を外した。

 さっきまでの和気藹々とした様子は完全になくなり、今の彼女の表情は緊張でピリついている。


 視線の先では……直径1メートルくらいの沼が出現し、そこから小鬼型のモンスターが出現するところだった。

 全身が完全に沼から出ると、沼は自然消滅して元の乾いた地面に戻っていく。


 現れたのはニンジャゴブリンという、本来であれば危険度Bのダンジョンの深層にいるモンスター。

 通常であれば、こんなところに出てきていいはずがないモンスターだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る