第2話 タマの初ダンジョン攻略

 翌朝。

 巨大化が夢ではなかったことに改めて驚きつつ朝食を済ませた俺は、約束通りタマとダンジョンに向かうことにした。

 軽くスマホで調べたところ、家から最寄りのダンジョンは越谷市にあるとのことだったので、行き先はそこにすることに。


 こんなドでかい猫と一緒に使える公共交通機関なんて無いので、ダンジョンまでは俺が自転車、タマが走りとかで行くしかないだろうし、その意味でも行けるダンジョンは最寄りの越谷一択だろう。

 それでも自転車で一時間以上かかるので、アラフィフのおっさんにはキツいところだが……なぜか今日はすこぶる体の調子が良いので、まあギリギリ何とかなる気がする。


 などと考えつつ、玄関から出た俺は、物置から十数年ぶりに使う自転車を引っ張り出そうとしていた。

 が、そんな時……タマから声がかかった。


「にゃ?(何してるにゃ?)」


「何って、移動のために自転車を出してるが」


「にゃー(そんな必要はないにゃ。行き先は決まったんだし、タマが連れてくにゃ)」


 え……どういう意味?

 タマの意図が分からず困惑していると、突如としてタマの身体に異変が起き始めた。


 全身が眩しく光ったかと思うと、光が収まった頃には、巨大な猫の代わりに白銀の翼が生えたスタイリッシュなドラゴンの姿が現れたのだ。


「え……ええええ⁉」


「にゃにゃ〜? にゃ!(驚いてるにゃ? これは移動の時の変身形態、通称『む〜とふぉるむ』にゃ!)」


 啞然としていると、タマはそう自分の技を解説した。

 む、む〜とふぉるむ……?


「にゃ(タマに乗るにゃ)」


 困惑が収まらないうちにも、俺は念力でドラゴンと化したタマの背中に抱きつかされてしまった。


「にゃにゃ、にゃ〜!(出発、進行にゃ〜!)」


 そして間髪入れず、タマは離陸し、埼玉上空を高速で飛翔しだした。


 こ、怖え〜。

 何だよこのスピード。もはや旅客機と遜色ないだろ。

 これじゃ十分もかからずダンジョンに着くんじゃ?

 てか……移動だけでこんな芸当を披露できるとなれば、本当にガチでとんでもない強さを秘めててもおかしくないな。


 などと目まぐるしく思考が回っているうちに、気づいたらダンジョンはもうすぐそばまで来ていて、俺たちは入口から十メートルほど離れた場所に着陸した。

 一瞬の出来事だったため気づいていない者も多いが、たまたま上空を見ていた数人がこちらを驚いた表情でガン見している。


「にゃ(む〜とふぉるむ解除にゃ)」


 戻る時は一瞬で、タマは瞬きする間に元の巨大猫の姿に戻っていた。


「にゃ!(それじゃ入るにゃ)」


 タマに先導されるがままに、俺はダンジョンの入口を通った。

 そして、タマによる「すごーいパワーの披露」が始まることとなった。


 ◇


 ダンジョンに入ってしばらく歩いていると……早速一匹目のモンスターが出現した。

 今までダンジョンなんかとは無縁の生活だったので、名前は分からないが……なんか猿みたいな見た目のモンスターだ。


 体格はチンパンジーとあまり変わらないくらいで、フィジカルならタマの方が余裕で上に見えるが、果たしてどんな戦いになるのか。

 期待と不安混じりな気持ちで見ていると……おもむろにタマは左の前足を上げ、ひょいと振り下ろした。


 すると――次の瞬間、どういうわけか猿が真っ二つに裂けた。

 絶命した猿は、徐々に透明になって消えていき……代わりに猿がいた場所にカプセルが一つ出現した。


「は……?」


 俺は理解が追いつかなかった。

 というのも――タマの攻撃、物理的には猿にかすりもしていなかったのだ。

 猿はタマの前方5メートルほど離れていた位置にいた。

 なのに、タマの前足は空を切ったにもかかわらず……まるで斬撃を受けたかのように、猿は一刀両断されたのだ。


「え……今の技はいったい?」


「にゃ(ただの”ひっかき”にゃ)」


「その”ひっかき”ってのは、斬撃を飛ばすみたいなものなのか?」


「にゃあ(そうしようと思えばそんな感じにもなるにゃ)」


 尋ねてみると、タマはそう先程の技を説明してくれた。

 遠隔攻撃可能なひっかきはどう考えても「ただのひっかき」ではないと思うが、まあ巨大化した猫にそんなことをツッコんでいてもキリがないだろう。


 倒したってことは……あれがドロップ品ってことだよな。

 一体何なんだろう?


「タマ、あのカプセルに入った物が何か分かるか?」


「ごろにゃ〜ん(ポリエチレンにゃ。だいたい4キロくらいあるにゃ)」


 なるほど、初戦果はポリエチレンか。

 プラスチックの価格相場なんか全然知らないが、たぶん売ったらお小遣い程度にはなりそうだな。


 しかし、あの野球ボールサイズくらいのカプセルに4キロものプラスチックが入るとは到底思えないのだが、タマは何を根拠にそう言ったのだろうか。


「本当に4キロもあるのか? あの中にそんなに入ると思えないが……」


「にゃあにゃあ(あのカプセルは中が亜空間になってるから見た目以上に入るにゃ。ただし一度開けたらあのカプセルは亜空間じゃなくなるから、空容器を収納としては使えないにゃ)」


 ほう、そういう仕組みだったか。なら4キロあるってのも納得だな。

 亜空間収納容器として使えたらカプセルそのものの方が中身より高くついただろうが、そうは問屋が卸さないか。

 てかタマ、一瞥しただけでそこまで分かるんだな……。

 いったいどんな能力を身につけたのやら。


 ま、何にせよ、最初の戦利品としては悪くないんじゃなかろうか。

 ……どこでどうやって売るのかとかもまだ全然知らないけどな。


 などと考えつつ、俺はドロップ品のカプセルを拾い上げた。

 そして、タマに先導されつつ探索を再開した。



 それからしばらくは、遭遇する魔物が最初と同じ猿ばかりで……タマの瞬殺により、俺は順調にポリエチレン入りのカプセルを集めることができていた。

 しかし十体くらい猿を倒した頃、ようやく別の敵が現れた。


 今度現れたのは、なんかでっかいコウモリみたいな敵だ。

 そいつもタマの”ひっかき”で造作もなく瞬殺されていた。

 コウモリのドロップ品は石灰入りのカプセルで、タマによると中身は20キロあるそうだ。


 そこから先はコウモリばかりが出現し、俺たちは石灰入りカプセルも十個くらい集めることができた。


 あまりにもサクサク進んでいる気がするが、簡単なダンジョンだからなのか、タマが強すぎるからなのかは判断に迷うところだな。

 などと考えつつ歩みを進めていると……曲がり角を曲がったところで、俺たちは今までにない相手に遭遇することとなった。


 道の向こうの方に、忍者のような格好をした小鬼? みたいなモンスターがいたのだ。

 新しい敵だな。どれくらいの強さなのだろうか。


 気になるところだが……一瞬遅れて、俺はそのモンスターが手を出してはいけない相手だと気づいた。

 というのも……忍者風小鬼には先客がいて、既に別の探索者が対峙していたのだ。

 人の獲物を横取りするわけにはいかないので、あれはスルーだな。

 また別の場所で忍者風小鬼を見つけたら、そこでタマに戦ってもらおう。


 そう思った俺だったが――しかし。

 あろうことか、タマは前足を振り上げた。


「あれはダメだ! 既に他の人が――」


 すかさず俺は注意しようとしたが、時すでに遅し。

 タマが地面に足をついた時には、忍者風小鬼は真っ二つになってしまっていた。


 忍者風小鬼は透明になりながら姿を消し、代わりにカプセルが一つ出現する。


 あー……やっちまった。

 こんな形で横入りするなんて、絶対やっちゃだめなやつだよな……。

 優しい人であれば、ドロップ品に手を付けなければ許してくれるかもしれないが、だとしても非礼には変わりないだろう。


「タマ……次からは人が戦ってるモンスターには手を出さないようにしような」


「にゃ……(いやあれは……)」


 とりあえず、何よりも急いで謝罪しないとな。

 俺は走って先客の探索者に近づいた。


 先客の探索者は、十代くらいに見えるかわいらしい女の子だった。

 なぜかエレキギターを担いでいるが、楽器を演奏しながらダンジョンを探索している……というわけではなく、おそらく「そう見えるだけの固有武器」か何かなんだろうな。

 俺も客観的に見れば「巨大猫を連れた意味不明な探索者」ってとこだろうし、正直人の戦闘スタイルにどうこう言える立場ではない。


 先程まで、少女は急にドロップ品と化した忍者風小鬼に目が釘付けだったが、近くに来た俺たちに気づき、おそるおそるといった感じでこちらへ振り向いた。


「大変申し訳ありません。うちの飼い猫が初のダンジョン攻略で舞い上がっちゃったみたいでして……お嬢さんのターゲットを横取りしてしまいました。どうかご容赦を」


 すかさず俺は、謝罪の言葉を口にする。


 が……それに対し、少女は俺たちをきっと睨みつけてこう言った。


「飼い猫? 私を油断させようったってそうはいかないからね……!」


「……え?」


 その言葉に、俺は拍子抜けしてしまった。

 怒られるのは覚悟していたし、パワハラに慣れている俺にとってそんなのはどうということはないと思っていた。

 が……「私を油断させようったってそうはいかない」って、この子は一体何を勘違いしているんだ?


 困惑していると、タマが俺に耳打ちした。


「にゃ〜ん(タマもモンスターだと思われてるにゃ。そしてテツヤは、女の子を油断させるためにタマが作り出した『飼い主を名乗る幻覚』だと思われてるにゃ)」


 ……マジか。そいつは緊急事態だな。

 そうなると、もう謝罪とか言ってる場合じゃないぞ。

 誤解を解くとかは後回しにして、攻撃される前に今すぐここから逃げないと。


「よし、全速力で帰るぞタマ」


 俺はそう言って、もと来た方向へ必死で走り出した。

 幸いにも、女の子に背後を攻撃されるようなことはなく……タマも後ろをついてきて、俺たちは無傷でダンジョンから帰還することができた。

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