第4話


「……どこ行くんだ」


 玄関に腰掛け、靴を履く神に、俺は反射的にそう声を掛けていた。


「ああ。そろそろお暇しようかと」

「はぁ? どこ行くんだよ」

「あては特にないかな」

「じゃ、じゃあまだ居たっていいだろ――」


 俺の発言に、神は呆れ顔をする。


「俺は神だぜ? 君にだけ寵愛を与えるわけにはいかないね」

「寵愛ぃ? ンなもん与えられた気しねえよ」

「俺が寄り添ってあげた」

「俺にそんな趣味はねえよ……じゃ、これからどうするんだよ」


「今までとおんなじさ」

「今までと?」

「そ。ぶらついて、色んな人間と話をして、諭して、罵って、文句を言うんだ」

「……ああ、確かに。今までと変わんねえな」

「そうさ。はー、懐かしいな。ブチ切れる奴も居れば、君みたいに達観した奴も居たね。ま、俺からすれば、どっちも図に乗んなよって感じだけど」

「悪かったな、図に乗ってて」

「同じ返しをもうごまんと聞いたよ。もしかしたら、君はあの時話した少年と同一人物なのかも」

「んなはずないだろ。俺は俺だ」

「そう。君は君だ」


 神は俺を指差す。


「……は?」

「でも、いつか君でなくなる日が来る」

「死生観の話か?」

「黙秘する。神の口から言えないこともあるんでね」

「おいおい、今更なんだよそれ」

「ふっ、開けてびっくり! 死んでみてのお楽しみ~」

「それを言うなら玉手箱だろ」

「ま、そゆことで」

「……ちょっと、待ってくれよ」

「どうした? 急に寂しくなったのかい?」

「……そういう訳じゃねえ、けど」

「…………はっ、分かった。じゃ、俺が一つ自由研究の課題をやろう」

「おいおい。冗談やめてくれ、もう三十一日だ」

「いや、無期限さ。また会ったら教えてくれよ」

「何を」

を。良いだろ、この題材」

「……ああ、確かに。悪くないな」

「だろ」


 神は玄関を開け、敷居を跨いで――くるりと振り返る。


「ああ、そうだ」

「まだ何かあるのか」

「君たちのことは適度に尊敬してるし、見下してるよ。俺は神だからね」

「はっ、何だよ、捨て台詞か?」


「――だから君は、俺が尊敬する人間きみらしく愚かで居てくれよ」



 ◆



 呼吸器に繋がれ、老体が息粗くベッドに横たわっている。それを親族が取り囲む。


「じいじ、死んじゃやーよ!!」

「父さん……うっ」


「あ、ぅ……」


 老人はそのしわまみれの口で物を言おうとするも、うまく発声出来ない。


 開け放たれた窓から、眩しい陽の光が差し込む。


「よっ」


 いつかの声がする。窓だ。誰かが窓に腰掛けている。

 声の主は手刀を掲げ、老人の返事を待つように頬杖を付いていた。


「……あんたか」

「久々だね。元気してたかい」

「元気に見えるか、これが」

「はっ、しわしわになっちゃったねぇ、可愛いじゃんか」

「はぁ、変わってないな、あんたは……」

「そうかい」

「なんであんたは、こんなことを延々とやるんだ。これからも俺みたいなやつが産まれて、同じような会話をするんだろ」

「そうさ。おんなじ会話をするだろうね」

「じゃあ、なんで」

「俺はね。友人でありたいんだ」

「……?」

「別に人類すべてと仲良くなれるとは思っちゃいないさ。でも、これは俺が始めたことだ。この星を創ったのも、君たちを創ったのも、俺が始めたことなんだよ。だから始末は付けたいと思ってね。この時代の人間が何を考えて、どんなことに迷って、誰と添い遂げるのか。俺は最初と最後だけ見るなんだ」


「ああ、そういうことか」

「そう、そういうこと」


 神は柔らかな瞳で、老人を見つめる。

 心電図はどんどんと緩やかになり、じき――――。


「午後一時四十八分、ご臨終です」


 カーテンが揺れ、いつの間にか窓の外には、昼下がりの街並みが広がっていた。



 ◆



「あいつ、脚本家になったんだ」


 男はぽつりとそう呟き、ホルダーに置いていたメロンソーダを吸引する。

 客が箱を続々と出て行く。幕引きだ。


「ノンフィクションとか、恥ずいと思わなかったんかねぇ」


 男は伸びをして、ホルダーからトレーを外し、その場を後にした。

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神と知り合いになる話。 秋宮さジ@「棘姫」連載中 @akimiyasaji1231

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