彼氏彼女一日契約!

なつの夕凪

契約条件がキツい!


 昼休みのいつもの時間に、宮姫みやひめすずはまるでコンピュータのように決まった台詞を告げる。


「さてと……どうする緒方君、延長? それとも終了?」

「もちろん延長する」


「延長してくれてありがとう、じゃあ……いつものお願い」

「わかった」


 普段は鍵がかかっており誰も入ることができない校舎屋上で、細い両肩に手を当てその唇を塞ぐ。

 

「ん……」


 宮姫の口からわずかに声が漏れる。


 互いの口を合わせるだけのキス。

 それ以上は許されてない。

 

 できることなら、いつまでも繋がっていたいけど息が続かない。

 ずっと息を止められればいいのに……。


 甘い余韻を残し唇を離す。

 

「ふぅ~今は午後12時48分だね。明日の同じ時間までよろしくね彼氏さん」


「りょーかい彼女さん」


 スマホのアラームを契約終了1分前の明日午後12時47分セットする。絶対に忘れないけど何かの事情で、明日の12時48分に契約更新が間に合わなかったら俺、緒方霞おがたかすみは彼女である宮姫すずの彼氏でなくなる。

 

 しかも契約更新は契約終了10分前からしかできない。

 他にも契約事項があり、互いに好きな人が別にできた場合や、相手への好意がなくなり契約更新したくない場合などの契約破棄は可能。浮気はもちろん厳禁。

  

 土日祝日は契約対象外。

 部活などの遠征や学校を休んだ場合は対象外。

 

 これらは全て宮姫が決めたもので、俺には契約内容を変更する権利はない。こう変えて欲しいとお願いするだけ。

 

 一番厄介なのは、学校の中でキスをするということ。

 たまにならともかく、毎日だと誰かに見られるかもしれない。

 

 俺達が付き合っていることはクラスメイトを含め学校の連中は大体知っている。

 でも、こんな条件で付き合っている事は誰も知らない。

 

 俺はいつ彼氏をクビになるかわからない状況で一年以上契約更新を続けている。

 

 諸事情により更新が間に合わなくなりそうなる度に、ひやひやしている。

 

 契約更新の場所は、月曜日は体育館裏、火曜日は音楽準備室、水曜日は屋上と毎日変えている。

 俺は見られたら見られたで仕方ないと思うけど、宮姫はそうじゃないらしい。


 この辺が男女間に違いなのかもしれない。よくわからないけど。

  

 できれば不安定な一日契約ではなく、無期限の普通のカップルに移行したい。

 だけど宮姫が応じてくれない。

 

 一般的に恋愛は惚れた方が負けらしい、惚れたのは俺なので現状では宮姫が出す条件を受け入れるしかない。

 

「そろそろ一日契約をやめて無期限にしてくれないか?」


「それはダメだよ。わたしが守れるのは今日と遠くない明日までだから。明日よりも遠い明日は信じられないし約束できない」


 ダメ元でいつも聞いてみたけど、いつもと同じように交際期間を無期限に移行しようとすると否決されてしまう。

  

「ところでさ緒方君は本当にわたしで良いの?」


「何だよ今更?」

「だってわたしたちは幼馴染ってだけじゃん。それも高校入学まで十年も会ってなかったし」


 俺達には長いブランクがある。

 

 小さな頃に同じ保育園で出会い、家族ぐるみの付き合いだった。

 卒園が迫った二月のある日、親父の仕事都合で急遽アメリカに引っ越すことになった。

 

 何の挨拶もできないまま俺と宮姫は離れ離れとなった。

 そして高校入学翌年に控えた中三の夏、俺は約十年ぶりに日本に帰国した。

 

 すっかりアメリカに慣れていたし、何が何でも帰国したかったわけではないが、一人だけアメリカに留まる訳にもいかない。

 俺も母さんも親父の希望で仕方なく帰国した。

 

 そして、帰国してから半年が経った高校の入学式で俺は宮姫すずと再会した。

 

「離れてた時間は関係ない。宮姫と再会した瞬間に運命だと思ったよ」

「いつもながら恥ずかしい事をよくサラッと言えるよね」


「宮姫……の前では恥ずかしい事は何もないから」

「はいはい。ありがとう。でもかーくんはモテるし別にわたしじゃなくても彼女できるでしょ」


「俺はすーちゃん以外の女の子には興味がない」


 公立校では珍しい帰国子女だからブランドイメージみたいなものがあるのだろうか。

 

 英語は生活で使っていたから普通に喋れるし、他にスペイン語やフランス語も堪能。

 また飛び級していたためアメリカにおける高校単位は履修済み。

 

 帰国せずアメリカに残っていれば大学に通うつもりだった。

 

 だけど日本の学生生活も慣れると楽しい。

 部活は男子バスケ部に所属しているが、入学早々レギュラーとなり、高二になった現在は部内のエースとして、全国でもそれなりに名の知れた存在になっている。

 

 アメリカで俺より20センチ以上高くて、上手いやつらと毎日ガチでやっていた経験が活きているようだ。


「そう言ってくれるとわたしも嬉しいけどね」


 嬉しいと言ってる割には彼女はいつも寂しげに笑う。

  

 グレーとベージュの中間のような髪色、えり足がスッキリさせたショートミディアムヘア、丸みのある大きな瞳、まつ毛の下のプルっとした涙袋、すっきりした鼻立ちと小さな唇。

 

 女子バスケ部所属でポジションはポイントガード、身長は百六十五センチほどでスタイルも良い。

 

 成績もよく、気さくな性格だから友達も多い。学年一かわいくてモテる女の子。

 

「言っておくけど俺は幼馴染って理由だけで宮姫に告ったわけじゃないぞ」

「ありがとう……わたしが緒方君と付き合ってるのは幼馴染の『かーくん』だからだよ」


「俺が『かーくん』じゃなかったら?」

「ごめんなさいしてる、わたし緒方君みたいなチャラい人は好きじゃないし」


「チャラくないだろ。普通だし」


「入学時にはもうピアスホール開けてたよね」

「アメリカじゃ普通だよ。生活指導に捕まるまで穴開けるのダメなのを知らなかったし」


「このまえ由佳の頭を撫でてたでしょ。女バスの後輩に手を出さないでくれる?」

「あいつはワンコだし、かわいい妹みたいもんだよ。妹がいないからよくわからないけど」


「今年のバレンタインチョコ何個貰った?」

「えーと確か紙袋三つ分くらい、でもあれって友チョコとか義理チョコってやつだろ? 俺は彼女がいるってちゃんと宣言してるし」


「右目の下の涙ほくろ、長いまつ毛に通った鼻筋、白い肌、緒方君って美女フェイス過ぎて嫌味なんだよね」

「子供の頃からよく女子と勘違いされるのは知ってるだろ」


「はぁ~緒方君は今日もズレてるね。でもその辺は『かーくん』のままなんだけど」

「すーちゃんは昔も今も変わらずかわいいね」


「さらっとかわいいとか言えるところが嫌」


 ぷぃと宮姫が顔を背けるから俺の方から顔が見えない。

 

 拗ねた顔、照れた顔もかわいい。

 きっと怒るだろうから今度は言わないけど。


「じゃあ言葉以外の方法で、『好き』を伝えるよ」

「え?」


 驚いた表情のままの宮姫の形の良いあごをこちらに向け、そのまま唇を塞ぐ。

 

 本日二度目のキス……。

 さっきより甘く溶けていく気がする。

 

 徐々に力が抜けていく宮姫の腰を支える、このまま時間を止めてしまいたいけど、そうもいかないので、ゆっくりと唇を離す。

 

「……一日二度もしていいとは言ってないけど」


 唇を抑えたまま、恨めしそうな視線で呟く。

 

「ダメとも言われてない」


「言っておくけど、今の分で契約時間の延長はないからね」

「わかった、これからも契約更新以外でキスしてもいいか?」


「それはダメ、一日一回契約更新の時だけ!」

「すーちゃんはケチだな」


「かーくん……緒方君は強引過ぎるんだよ!」

「宮姫も嫌がってるように見えなかったけど」


「今度言ったら、本当に契約非更新にするから」

「すみません、今言った事は全て取り消します」


「……緒方君がそんなんだから一日契約になるんだからね」

「はい、気を付けます」


「じゃあわたしは教室に戻るから、じゃあね」

「おぅ。また」


 屋上出口から呆れた表情のまま宮姫が去っていく。

 一人残された俺は二月の寒空の下、青いだけの空を見上げる。


 今日も無事契約更新はできた。

 昨日と何に変わらない。


 宮姫と彼氏彼女一日契約を始めたのが高校入学直後、かれこれ二年近くになるがいつもこんな感じだ。

 

 付き合ってはいるものの俺達の関係は当初からほとんど進展していない。


 一日で契約が終わる可能性があるということは、来週の日曜日にどこかに買い物に行きましょうとか長いスパンの予定が組めない。一日一日が勝負となる。


 あれこれ細かいことを考えてる余裕もないから、良いと思った事はすぐに伝えて、少しでも好感度上げ、明日の契約更新に備える。

 

 その場の思い付きだけだけで喋るので言葉に重みがない気がする。

 この辺が俺と宮姫の関係が進展しない理由の一つになっているかもしれない。


 保育園の頃もすーちゃんのことが好きだったと思う。だから言って、十年後また好きになるかと言えば話は別だ。

 

 アメリカにいた時も、子供の頃のアルバムなどを見て、すーちゃんのことを思い出すことはあった。

 

 ちゃんとした別れの挨拶も出来なかったから、会える機会があれば謝りたかった。ただそれだけのこと。小さい頃の自分には悪いが、あの頃と同じ想いを何年も維持するのは難しい。

 

 ところが入学式が終わり、新生活への期待からにぎわった廊下の片隅を歩く宮姫を見つけた時、自分でも信じられないが、俺はすぐに片膝を付き彼女に交際を申し込んでいた。

 

 そして、見事に振られた。

 

 諦めきれない俺は、毎日のように宮姫に告白し続けた。

 しかし当然のように振られ続けた。

 

 だがそんな日々が一カ月続いたある日、ようやくOKが貰えた。

 その時出されたのが一日更新の彼氏彼女関係。

  

 この不安定な交際を終え、俺の願う交際期間無期限に移行するためには宮姫に本気で俺を好きになってもらうしかない。そのために俺は寝る間も惜しみ、自分磨きに奔走した。

 

 今では学校の成績は常に一位。

 部活はエースで主将、国体選抜。

 服装や身なりも気を付け、気さくな雰囲気を出すためにクラスメイト達とも積極的に関わった。

 

 全ては宮姫すずに相応しい男になるため。

 

 それでも『彼氏彼女一日契約』が終わることはなかった。

 何かが足りないみたいだが、足りないものが何なのかわからない。

 

 宮姫も教えてくれない。

 

 俺はどうしたら普通の彼氏になれるのだろう。

  

 そんなある日のこと。

 

 いつものように契約更新のため、四時間目を終えた昼休みに水曜日の契約更新場所である屋上に向かうが宮姫の姿がない。

 しばらく待った後、宮姫のクラスの教室に探しに行くがやはり姿はなかった。

 

「なぁ、宮姫見なかったか?」

「さっきまでいたはずだけど緒方君と一緒じゃないの?」


「今日は違うんだ。ありがとう」


 高一の頃に同じクラスだった女子に聞いたが宮姫の行き先は不明のまま。

 慌てて校内の行きそうなところを探す。

 

 体育館、図書室、音楽準備室、そして再び屋上。

 

 どこを探しても宮姫の姿がない。


 契約の残り時間に焦りを感じ始めたその時だった。

 

――ピンポ――ン!


 RIMEの着信音が鳴る。

 

 慌ててズボンのポケットからスマートフォンを取り出しメッセージを確認する。

 

 RIMEは宮姫からだった。

 

『約束の場所で待ってる』


 約束の場所……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ってどこだよ!?

 

 校内の目ぼしいところは一通り探したけどいない。

 

 ひょっとして、どこかに隠れている?

 

 いや……違うな。宮姫は隠れたのではなく、待っているのだから。

 

 昨日キスをしたのは午後12時45分。

 

 そして今は午後12時21分。

 

 あと24分以内にキスをしないと契約終了となり、緒方霞と宮姫すずはただの同級生になってしまう。

 取り決められた契約事項により失効した場合の再契約は不可。

 

 契約終了だけは何としても避けなければならない。

 

 でもどこにいる?

 ひょっとして校外か?

 

 互いに部活をやってることもあり、付き合ってから出かけたことのある場所は限られている。

 

 ショッピングモールでの買い物。

 図書館の自習室。

 

 夏祭りで行った神社。

 クリスマスイルミネーションの飾られた新宿。

 

 下北沢のカレー巡り。

 

 どれも楽しかったし、良い思い出だけど、宮姫が言う『約束の場所』とは違う気がする。



 果たして宮姫との約束の場所とは。


 ……ダメだ全然思いつかない。

 

 最近ではないとしたら少し前?

 それとも高校入学直後?


 思い返すが何も浮かばない。


 浮かぶのはひたすら頑張った一日契約の日々と、無期限契約を提案する度に繰り返されるいつもの言葉。


「わたしが守れるのは今日と遠くない明日までだから。

 明日よりも遠い明日は信じられないし約束できない」


 ん?


 何かがひっかかる。

 明日よりも遠い明日……?


 明日……。 

 

『明日も待ってるね。かーくん』

 

 保育園時代のすーちゃんがいつも帰る時にかけてくれた言葉。

 

 グレーとベージュの中間のような髪は生まれてからずっと伸ばしていたらしく腰の辺りまであり、いつもリボンを付けているすーちゃんは絵本から出てきたお姫様みたいだった。

 

 高校入学後の今でも宮姫って苗字からたまに『姫様』って呼ばれているけど。

 

 そっか……。

 

 すーちゃんは……俺のお姫様はきっとあの日からあの場所で今も待ってるんだ。

  

 十年前からずっと……俺が来るのを。

 俺は急いでいかなければならない。

 


◇◇◇



 その場所にはかつて保育園があった。

 

 現在は建物が老朽化したことにより立て直しで保育園は別の場所に移築された。

 

 残された施設跡は公園となり、保育園時代のブランコや鉄棒、滑り台などはさほど古くなかったため、そのまま流用された。

 

 同じクラスの水野に借りた自転車をかっ飛ばし、懐かしい場所に辿り着いた時には、午後12時39分になっていた。

 

 契約終了まで残りあと6分。

 

 公園の左奥の古びたブランコに宮姫すずは制服姿のまま、ブランコを漕ぐわけでもなく座っていた。

 

「よっ」


 全力で自転車を漕いできたから息は切れたままだが、息を整えている暇はない。


「……よっ」


 宮姫らしくない物言いに思わず笑いそうになる。


「学校から微妙に遠くないかここ? 休み時間に校外に出るの原則禁止だろ」

「そうだね。でも緒方君に言われるとは思わなかったよ」


「もう少しヒントくれても良いんじゃないか?」

「わたしは自分にも人にも厳しいタイプなの、知らなかった?」


 知ってるよ。今の契約条件きついし。

 部活をやってる時も宮姫はかなりストイックだし。


「でも何とかここまで来れた」

「そうだね」


「思い出したんだ。今日2月25日は俺が11年前アメリカに引っ越した日、すーちゃんにさよならを言えなかった日だって」


「……」


 宮姫は黙っている。

 

「言い訳するわけじゃないけど、俺は渡米することを知らなかったんだ。

 両親は俺が嫌がるの分かってたから何も言わなかったんだと思う。

 

 飛行機に乗りに行くよって言われた時は、遊園地に行く時みたいに嬉しくてはしゃいでたよ。

 

 でも向こうの学校に通うようになり一カ月、二か月経っても日本に戻ることはなかったから、前の家にはいつ帰るの?って両親に聞いたんだ。そうしたらもう戻らないって……。

 

 しばらくはすーちゃんのことを考えたけど、時間が経つにつれ思い出すことも少なくなっていった。

 

 帰国する寸前はアメリカの生活に馴染んでたし、むしろ帰国したくなかったよ。日本にはすーちゃんと離れた悲しい思い出だけだし、もう会えないと思っていたから。

 

 高校に入学して廊下の向こうから歩いてくる宮姫がすーちゃんだってことはすぐに分かったよ。

 

 嬉しかったけど過ぎた時間が長すぎるから、どうにもならないって思った。

 

 せめて一言だけ宮姫と話したかった。

 本当はあの時はいなくなってごめんって言いたかったけど……気づいたら片足ついて告白してた。

 

 バカみたいだよな。周りにはたくさん見てるやつがいたし、自分でも恥ずいやつだって思うよ。

 でも気持ちが止められなかった」

 

 俺が喋り終えると、宮姫は優しくも悲しい笑みを浮かべたまま話し始めた。

 

「かーくんが保育園に来なくなってからわたしはずっと待ってたんだ。

 保育園の先生に聞いても、かーくんはしばらくお休みってことしか教えてくれないの、

 

 次の日も次の日もかーくんが来ないからわたしは毎日先生に聞くの、先生は相変わらずお休みとしかいわなかったけどある日、かーくんは遠くの国に引っ越しちゃったからもう会えないって言うの。


 保育園を卒業した後も毎年かーくんのいなくなった2月25日はここで待ってた。

 でもやっぱりかーくんは来ないの、中学一年の年に今年も来なかったらもう諦めようって決めて、待ってたんだけど、やっぱり来なかったから、

 

 かーくんがわたしだって分かるように伸ばしてた髪も切って、かーくんを忘れることにしたの。


 もう終わりのはずだったの。

 

 でも高校に入学したらかーくんは突然わたしの前に現れて、しかも付き合ってほしいって言うし、訳わかんなかったよ。

 

 断っても毎日告白してくるし。

 

 凄くカッコよくなってて、沢山の女子にキャーキャー言われてるけど、真っすぐなところは全然変わってなくて。

 

 だから再会して一カ月過ぎた頃にあなたにメチャクチャな条件を出したの、それが彼氏彼女一日契約」

 

「どうして俺のことを付き放そうとするんだよ。俺は宮姫とずっと一緒にいたいだけなのに」


「かーくんは……緒方君はまたいなくなっちゃうでしょ。

 わたしは緒方君をもう耐えられないの。


 だったらもう一緒にいない方がいい!って辛い思いをしなくて済むってね。


 ヘンテコな条件を出せば、すぐに諦めてくれるかなって……でも緒方君二年も頑張っちゃうんだもん……ほんとバカだよ」


 俺を罵倒する言葉に力はない。


――ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


 スマートフォンから残り契約時間1分を告げるアラームが鳴る。


 もう時間がない。


「宮姫、悪いけど契約更新するぞ」

「いや……更新したっていつか緒方君は私のそばからいなくなっちゃうじゃない!」


「俺は絶対に宮姫のそばからいなくならない」

「11年前にいなくかった」


「あの頃とは違う……もう子供じゃないし、また離れるくらいなら宮姫を連れてどこまでも逃げる」

「そんなの信じられない!」


「宮姫」

「いや!」


 このままだと間に合わない。

 でもどうすればいい?

 

 約束の場所にたどり着いた。

 宮姫は俺を待っててくれたのにどうして拒む?


 どうしてだよ……すーちゃん!?

 どうしたらボクはキミに届くの?


 あっ……そっか。

 

 緒方霞じゃダメなんだ……宮姫は小さなすーちゃんはかーくんを待ってるんだ。

 あの日からずっと……。


「すーちゃん迎えに来たよ。待たせてごめんね」

「……待ってたよ。かーくんずっとずっと」


 涙を浮かべる宮姫にそのままキスをする。

 これまでの想い、これからの願いも全部込めて……。


 長い長いキスの後ゆっくりと離れる。

 時刻は午後12時45分00秒。

 

 契約更新は無事完了。

 少し強引だったかもしれないけど。


「彼女にはもっと優しくしてほしいな、かーくん」

「ごめん気を付ける」


 俺に胸にもたれかかり宮姫が続ける。


「わたしには自信も勇気もなかった。緒方君がいなくなることばかり考えてた」

 でも一緒にいることだけを考えればいいんだね。少しの勇気があれば変えることだってできるかもしれない」


「そうだよ俺はいつも宮姫と一緒にいるから」


 離れていた全ての時間が重なり、ようやく幼馴染のかーくんとすーちゃんの時間と高校生の緒方霞と宮姫すずはシンクロしていく。

 

 再び出会えた俺たちは明日に向けて全力で走っていく……。








  

◇◇◇


 エピローグ~ 今日も今日とて一日契約


 

「さてと……どうする緒方君、延長? それとも終了?」

「もちろん延長するけど……」


「するけど?」

「何で未だに一日契約なんだ?」


「緊張感があっていいかと思って」

「契約切れの恐怖とストレスで胃に穴が開きそうなんだけど!」


「そこは頑張って」

「とほほ」


 幼馴染の俺達は約束の場所で、お互いを気持ちをぶつけ、ようやく分かり合えた。

 これでめでたしめでたしとなるはずなのに、どういうわけか彼氏彼女一日契約が終わらない。


「ところで中一の2月25日に保育園跡に行くの止めたんだろ? どうして今年はあの場所に行ったんだ?」

「賭けだったけど、今の緒方君なら気づいてくれそうな気がしたの、あの場所で再会できれば、過去と向き合えるかなって」


「一日契約から無期限に変更すれば色々変わると思う」

「それは却下します」


 どうあっても俺の意見は通らないらしい。


 となると、この溢れる想いをぶつけて今以上に俺のことを好きになってもらうしかない。

 今度こそ彼氏彼女一日契約は終わる……はず。よし!


「なぁ宮姫」

「ん?」


「I LOVE YOU」

「唐突に言うのやめて、キモいから」

 

「Je te dédierai cet amour pour toujours(ボクはキミだけにこの愛を永遠に捧げる)」

「わたしフランス語わかんないし」


「Siempre estaré ahí para ti(ボクはいつも君のそばにいる)」

「スペイン語も同じでわからないよ」


「じゃあどう言えば良いんだよ!?」

「日本語で普通に言えないの? 緒方君はいつも色々ずれてるんだよ!」

 

「アメリカでも日本でも言われるんだけど、俺のどこがズレてるんだよ!?」

「全部かな。緒方君は万国共通でズレてるんだね」


「……ちょっと待ってくれ、今から宮姫が俺のことをもっと好きになる言葉を送るから!」

「無理だと思うけど、せいぜい頑張ってね」

 

 

 考えろ俺!

 これまでの知識と経験をフル動員して、俺史上最高の言葉を大好きな宮姫すずに……。
















 

「俺に豚汁を作って」


「はぁ……良いけどさ、手伝ってよね。あとやっぱりズレてるよ緒方君は。

 

 でもね……好きだよ。


 今日も明日もその先もずっと一緒にいよう。


 でもその前に今日分の契約延長してほしいかな」


「りょーかい」


 俺と宮姫はいつもと同じように互いの唇を重ねる。

 明日も明後日もその先も……。


 


~~彼氏彼女一日契約 Fin~~

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