何をどうやっても破滅コースにしかならないクソゲーの悪役令嬢に転生した可憐な乙女は、クセのありすぎるイケメンにそっと…キスを、ねだる

 どこまでも続く、目に鮮やかすぎる青い空。柔らかそうな白い雲があちらこちらにポコポコと浮かび、心地よく吹く風は緑の木々の柔らかな葉を穏やかに揺らしている。喧騒のない、ただ、ただ……のんびりとした時間が流れる、平和そのものの光景。

 芝生が覆いつくすなだらかな丘の上には、少々武骨な大岩を積み上げて作られた頑強な砦があり、そこを囲うようにして華やかに色付いた素朴な花々が美しく咲き乱れている。


「あ、あった!四葉!」

「やった!これで花冠の完成っ!」


 フサフサとした柔らかい草の上で、シロツメクサを編んで草遊びをしている子供達が、この世界で一番美しい女性を囲み……、はしゃいでいる。


「…ッ、すごく綺麗!上手にできてる、さすがソニア!カリンもヴェンケもお手伝い頑張ったね!」


「うふふ!自信作よ!」

「ふふ、お姫様、お姫様!」

「あっ…動かないで!」


 子供達が嬉しそうに笑いながら、拵えたばかりの芸術作品をレディの頭に、そっと乗せた。


 美しく輝く銀髪に、薄緑色のティアラが良く映える。

 子供達に慈愛の眼差しを向けるその姿は、素朴なドレスに身を包みつつも溢れる魅力を隠し切れておらず、まるで突如世に現れた、伝説の女神のようだ。


「アストリット様っ!すごくよく似合うよ!お嫁さんみたい……アッ!」

「……アス様、王子様はいつ迎えに来るの?求婚、されたんでしょ?」

「ヤダよぅ、アス様……、お嫁に行かないで、ずっとナンセンにいて!」


「う、うん……、ソニアも、カリンも、ヴェンケも……心配しないで!私はずっと、ナンセンにいるから、ね?」


 ぽろぽろと涙をこぼしはじめた少女のまなじりを、お手製のハンカチで優しく拭う……このご令嬢は、名をアストリット・グドブランズドーテル=ナンセンという。


 腰まである、艶やかでサラサラとしたストレートロングのプラチナブロンド。ウルウルと揺らめく魅惑の瞳は、空の青が霞んで見えるほどに美しい瑠璃色。シミひとつないきめ細やかな肌はウサギのように白く、華奢な体躯たいくは思わず抱きしめたくなるような儚さを漂わせている。


「…さ、さあッ、みんな、風が冷たくなってきたわ、そろそろおうちに……お帰りなさい。また明日、一緒に遊びましょう?」


 アストリットは、まだ涙ぐんでいる少女の背をそっと撫でながら立ち上がった。プルプルとした桜色の唇がほんの少し震えているのは、目の前で未来を想像して悲しみに包まれてしまった子供達の気持ちを感じ取っているからに違いない。


「絶対、絶対よ、約束!」

「王都の王子の所には絶対行かないでね?!オーラヴ様のあと継げばいいじゃない!」

「あの王子、女好きってパパが!ちょっと怪しいってママが!」


「うん、約束する。あのね、王子様の事は断るし、私はお父様のあとを継ぐってきめているのよ。明日、きちんとお話…」

「「「ほんとに?!」」」


 子供達は、つい二秒前まで泣いていたというのに、目を丸くして手を取り合ってはしゃいでいる。よほどアストリットの言葉がうれしかったのだろう、元気に丘を駆け下りていった。それを穏やかに見届けたアストリットは、一人、物憂げな表情を浮かべて……しずしずと砦の中に入った。


 ここは北エルーパウの立憲君主制王国ノシュクルのディアヴィナス西岸にある長閑な村、「ナンセン」。王都から二つほど街を越えた大陸の端にある、農業と漁業と林業をバランスよく収入源とする、資源と人材に恵まれた平和な村だ。


 落ち着きと安らぎの故郷と評され、人々が騒がしい王都から癒しを求めて静養に来るようなこの村をまとめているのは、オーラヴ・グドブランズドーテル=ナンセン辺境伯……アストリットの父である。大きな体と広い心をもち、少々豪快ではあるものの人情家で義理堅い性格をしており、身分を気にせず心と心が触れ合う政治を行った人物であり、寂れた村を魅力的な土地にした最大の功労者として、村民から多大なる信頼を寄せられている。

 娘であるアストリットは、貴族でありながら領民と机を並べて学び、共に同じ食事を楽しみ、労働をし、この村で育った。時に村民たちの孫として、娘として、お姉さんとして、妹として、仲間として、先生として……愛されて、美しく成長したのだが。実は、涙なしでは語れない壮絶な過去がある。


 アストリットは今から17年前、オーラヴが王都で当時第一王子だったハルフダンの護衛をしていた時に生まれた。


 ―――こんな輝きは見たことがありません!鑑定士に依頼するべきです!

 ―――なに、これは……いったい、どういう事だっ?!

 ―――お、落ち着いてください!オーラヴどの!

 ―――わ、私の赤ちゃん、あ、あか……う、ぅう……。

 ―――お、奥さまっ?!気を確かに!誰か、だれかぁ!


 ノシュクルには、稀に体に輝きを纏って誕生するものがいる。


 その神々しい姿から、生れ落ちた瞬間に『神の呼かみのこ』という称号を与えられる赤子。生まれる前に神に個別に呼ばれ、この世を良くするために尽力せよと使命を与えられた、選ばれし存在として全人類はもちろん生きとし生けるものたちに認識されている特別な存在。人のみならず、獣人も竜人も動物も魚類も虫も、すべからく平等に使命を背負って生まれてくる。


 この世界ではじめて呼吸をした時、輝くオーラが身を包み、その光が収まるまでの5分ほどの間に、神から生涯限定で貸し出されるという特別な能力……スキル。

 スキルは個体によって違い、魔法を発動したり、特定の能力を持っていたり、特殊技術を使えたり、変身できたり、飛ぶことができたり、モノを生み出したり……実に多種多様である。


 能力を与えられ、宿命を持って生まれた、この国に、この星に、多大なる恩恵をもたらすであろう、『神の呼』。力を持つがゆえに、全ての『神の呼』は……国に保護される運命にあった。

 手厚い保護と教育を施さねば、稀におかしな思想に染まってしまい多大なる被害を生む事があるため、厳密な監視が必要とされていたのである。一月に一度監視員が面談をし、おかしな兆候が見えたらすぐに専門の養護施設に収容され、以降親と会うことは叶わなくなる。

 通常であれば五歳になる年に王都にある全寮制の神の呼学園に入学し、18歳になるまで愛国精神を叩き込まれ、能力開発をしながら教育を受けることが義務付けられている。


 能力の系統で光の色に違いが見られるため、おおよその能力を見分ける事が可能だったのだが、アストリットは、生まれ落ちた時いまだかつて一度も誰も見たことがないような桜色の光を纏っており、混乱を呼んだ。出産に立ち会った公式出生立会師(バスティバル)が、慌てて【世界神の呼総本山】に連絡を入れ、世界に二人しかいないというスキル鑑定士が派遣されることになった。ノシュクル建国以来、初の出来事である。


 ―――お嬢様のスキルは……、〈ゼンブシッテル〉です。

 ―――ゼンブシッテル?!なんだ、それは!

 ―――分かりません、未知の……言語だとしか!


 未だかつてこのヨルドという星の上で一度も確認されたことがない、初お目見えのスキル名に、父オーラヴ、母オースタ、識者、国王……たくさんの人々が、戸惑いを隠せなかった。


 この、聞いた事もなければ、意味も分からない、不思議なスキル。

 愛に満ち溢れたものなのか、悪に通じるものなのか、それとも。


 関係者が集まり、会談を重ねる日々が続いた。


 一般的に、神の呼は生まれてすぐの頃は魔力が安定せずスキルを暴走させるものであり、それに伴い能力の正体を知ることがほとんどであった。ところが、アストリットはごく普通の大人しい可愛らしさの塊であるだけで、スキルの片鱗も感じさせなかった。注意深く観察を続けたものの、生まれた時に光を纏ったこと以外、一向に能力らしいものを窺わせる気配がないまま時間だけが過ぎていった。


 とりあえず、物心がつく五歳までは様子を見ることに決まり、両親はようやく……愛娘まなむすめを、人前で抱きしめることができるようになったのである。


 しかし、一方で初めて見るスキルに恐れをなし、処分をすべきだと、おかしな存在は幽閉すべきだと声を荒げる者もいた。

 未知の恐怖があるからという根拠のない言いがかりのような理由で命を奪うなど、とても許される事ではない。しかし、不安をあおるような噂があとからあとから湧いて出て…王都に不穏な空気が流れるようになった。


 ―――オーラヴよ、ナンセンの地に赴き、開拓をしてくるのだ!

 ―――大自然あふれる中で、のびのびと娘を育ててみよ!

 ―――あの広大な土地であれば、何かが起きても……王都までは影響がないはずだ!


 王都各所でピリピリとムードが漂い、誰もが辟易するようになったころ、当時の王がオーラヴに辺境伯の地位を与える事にした。

 もともと人嫌いの獣人や精霊たちが多く住まう場所であり諍いも多く、誰も好んで訪れようとしない大自然あふれる未開の地……ナンセン。そこにコミュニケーション能力の高いオーラヴを送り込み、開拓と友好の輪を広げるという体で、未知のスキルを持つ幼子を守ろうとしたのである。

 この王の采配には、オーラヴの無二の親友であり、のちにノシュクルの王になるハルフダンの進言があった。


 かくしてナンセンの地に向かったアストリットは、大変に聡明な赤ん坊だった。


 申し訳程度に泣いて粗相を知らせ、愛くるしい肢体を恥ずかしげに丸めてオムツを変えてもらい、時折中空を澄んだ瞳でぼんやりと見つめながら、何度でも聞きたくなるようなかわいらしい喃語をつぶやき…いつまでも見つめていたい、尊みの極みたるその姿は、実に庇護欲を掻き立たせ、老若男女・精霊・獣人・動物・虫・魚類に菌類までも、すべからくメロメロにした。

 たまにいきなり真っ赤になって布団の中に潜り込むこともあったが、それ以外はごく普通に……ぐんぐんと大きくなった。


 苦悩する大人達の心の騒めきを受け止めるかのごとく、穏やかに微笑み、にこやかに接近しては傷ついた者のそばに寄り添い手を握る……愛らしさの塊、癒しそのものであった。


 ただひとつ……無口である事だけが、気がかりとなっていた。

 いつもニコニコとしてはいるが、ハイとイイエしか言わず、自分の心のうちを話すことが皆無だった。大人達のいうことはすべて理解しているようで、難しい話を聞いては時折悲しそうな顔をしたり喜ぶような表情を見せることはあった。監視員との面談においても何一つ問題は発生しておらず、父オーラヴはこのまま五歳まで一緒に暮らせるものと信じて疑っていなかったのだが。


 アストリットが三歳の誕生日を迎え、盛大なバースデーパーティーが開かれたその日の夜、急展開を迎える事になった。


「お父様……お話が、ございます。」

「は、はひっ?!あ、アスタン、ちょ……なに、ねね、今何言った?!三歳児と思えない発言、どどどどうしたんでちゅか!パパたんを困らせようとママちゃんと画策…えっとー、ハイ?!ついさっきまで、わんわんかぁ~い〜♡っておしゃ、おしゃべり?!」


 完全に親バカに成り果てていたオーラヴは、突然書斎を訪問して流暢にしゃべりだしたアストリットの発言に恐れ戦いた。しかし、何があっても動じない強靭な心の強さを誇っていた事もあり……、目を丸くしつつ、万が一を考えて遮音魔法のろうそくに火をつけ、愛娘と向き合うことにしたのである。


「お父様、本日は私のスキルについて詳しくお話いたします。生まれた日から今日まで、これから先のことをさんざん一人で考察し、ようやく結論にたどり着いた次第でございます。破滅しないために、お父様の力が必要であると結論を出しました。お願いいたします、どうか…私の話を、お聞き下さい!」


 愛娘が口にしたのは、『この世界はゲームという創造の物語が礎になっている』という、にわかには信じがたい話であった。


 このナンセン…ヨルドという大地および住人は、【地球】という天体にある【ニホン】という国で開発された【オトメゲー】という機械の中で展開される【クソゲー】と称される破滅物語ありきの存在であり、現時点で救いようのない未来が決まっているのだと悲痛な面持ちで語った。愛する娘は、その物語の中で過酷な運命を与えられた【悪役令嬢】であり、何をしても18歳で死亡する運命しか待っていないのだと涙ながらに訴えた。


「私は五歳になって王都の神の呼学園に入学いたします。お父様は私がいなくなった寂しさを埋めるために浮気に走った挙句悪い女性に引っかかり、共謀してお母さまを亡き者にし、辺境伯を追われます。私が15になる年に【二ホン】のラノベ脳丸出し女子が召喚され、聖女に仕立て上げられたのち後見人であるアルフ・ノルトヴェイトが辺境伯になります。この地は聖女の煩悩丸出し政策で潰され、瓦礫と魔物の巣窟になります。私はこの村を守ろうと孤軍奮闘するのですが、如何せんお父様もお母様もいなくて…極悪聖女の悪巧みによって追い詰められてしまうのです。純真無垢を装う肉食系聖女の薄っぺらい筋書きにのせられて悪役令嬢として生きることになり、第一王子ソフス、魔術省トップのトリグヴェ、獣人王の息子ハルワルド、異世界人のヤスオに振り回された挙句、最後はどうやっても断罪イベントののちに毒殺、撲殺、幽閉、おもりを付けられてヤイツダンド海に放り投げられることになってしまうのです。」


 愛娘の告白を聞き、オーラヴは混乱を隠せなかった。


「むう…あすたんの言うことは…想像の賜物である可能性はないのかい?スキルのせいで、おかしな記憶を植えつけられているとか……。」


 自分は妻オースタを心から愛しているし、娘がいなくなったぐらいで見ず知らずのババアに手を出すことなどありえない、そう考えたのだ。


「では、私の話を信じていただけるよう、心苦しいのですがお父様には耳が痛いお話をお伝えさせていただきます。お父様の初体験は18歳年上のスケスケおぱんつのシグリさん、初恋の相手家庭教師のマッタさんは男の娘、ベッドの下に愛用の純白おぱんつが永年保存魔法漬けになって隠してある、お母様との馴れ初めは女装っ子コスプレパーティーの痴漢プレイ、いけないバイトの宣材写真および自己満足プレイのディスクは引き出しにあるスイッチを押すと…」

「ちょ!ななななな、はひょふぇっ……?!」


 愛娘が椅子によじ登って、三重にロックをしてある重厚な引き出しをいとも簡単に開けた瞬間、変態違った色んなことに貪欲な若い父暴走性欲魔神は思わずみっともない声をあげて頭を抱えた。


「私はお父様の隠したい部分も自慢したい気持ちもイェンス牧師との事もどんなプレイが好みなのかも嫉妬に狂ってハレンチ悪魔と契約するお母様の事も全部、全部知っているんです!そういうスキルだから!でも…その道筋は、運命は、お父様が私の話を信じて、共に戦って下さったら変える事ができるはずなんです!お願いお父様!私の話を…信じて!けして、けっしてお父様の性癖を嘲笑ったり、軽蔑したりしません、むしろ応援することを、新しい悦びにつながるようなご提案をすることを誓います!どうか、どうか……!」


 己の性癖を把握された動揺はあったものの、オーラヴは大粒の涙をぼろぼろと零しながら訴える幼い愛娘の言葉を信じる事にした。力強い理解者が現れたという安心感、まだ知らぬよろこびへの期待感もあったようだ。


 かくして、アストリットとオーラヴの二人三脚の挑戦が始まった。


 これから起こりうる展開を尽く潰していけるようあらゆる事態を想定し、根回しをし、生きる道を探る日々が続いた。


 まず親子は、ナンセンの改革をすることから手をつけ始めた。この大自然しかない場所を、愛と魅力にあふれる憧れの地にしなければ、やがて荒廃してしまう事になる。

 スキル〈ゼンブシッテル〉のおかげで、水脈や埋蔵物の在り処、使える魔法の詠唱文言に力になってくれる精霊の居場所、言葉の通じない種族とのコミュニケーション方法、相容れない種族との距離の取り方…知りたいと思うことはすべて知識となり、オーラヴ一人で持て余していた村の改革が加速した。


 住人たちと共に花を植え、土を均し、領地を区画分けして都市計画をたて、毎日に張りが出るような生き生きとした村にするため心血を注ぎ…やがて努力はすべて実を結んだ。

 ただ広くて殺伐としていただけのナンセンは、人々の心を癒し英気を養う場所となり、住む者たちはみな明るく前を向き、子ども達の笑い声があふれる村になったのである。また、大人たちもくすぶる情熱を発散させる歓楽街を得て、メリハリのある日常を楽しみ、はつらつと暮らすようになっていた。


 アストリットが五歳になる頃には村全体のマップが完成し、様々な種族との棲み分けや友好関係が成立し、産業の基礎、娯楽施設などの計画などがすべて整った。


 全てが順調であったかのように思えたが、予想外の出来事もいくつか起きた。


 母オースタが、獣人の青年と浮気をして出て行ってしまった。ゲームの筋書きが変わったためなのかはわからない。

 アストリットの『神の呼学園』への入学がなくなった。アストリットが何一つスキルらしい能力を発現しなかったことから免除されることになったのである。父の前以外では口数の極端に少ない…ただの平凡な少女を貫いていた結果と思われた。

 ナンセンが、奔放な都市になった。ゲームのなかでは、ナンセンは清廉潔白な紳士と淑女の村であったが、あちらこちらでナンパや露出、おかしなプレイが横行し、それを皆が温かく見送るような大らかな人々が溢れるようになった。


 明らかにクソゲーの舞台とは異なる世界が構築された。しかし、まだまだ気を抜くことは許されない。


 このヨルドが滅亡するのは、聖女召還がきっかけとなる。


 伝説のクソゲー【アナタとアキバ転生~ね、こんな僕でも愛してくれる?~】略して【アナくれ】は、数々のおかしな性癖をもつイケメンと聖女が悪役令嬢に邪魔されながらプラトニックラブを貫く乙女ゲーである。癖の強すぎるシナリオを進めると、紆余曲折ののち結ばれ、更なる高みを目指そうと二人そろって懐が深くて大きすぎる現代日本のオタ街に転生を目論み、星を大爆発させて二人の愛よ永遠に…で終わってしまうというトンデモゲームだ。


 つまり、聖女が召喚されてしまったら、即この星は滅ぶことが決定する。


 聖女を召還するのは、アストリットを排除せよと声をあげたアルフ・ノルトヴェイトである。オーラヴの人気を妬み、勝手に恨んで全部潰してしまえと暴走した結果、破滅の元凶を呼び寄せる事になる。最近ナンセンの人気が高まってきているので、そろそろ手を打っておかねば、聖女召喚が早まってしまう可能性があった。


 アルフ・ノルトヴェイトは、イケメンのくせに奥手とヘタレをダブルで拗らせている受身100%の男である。ゲームの中で聖女に演技バレバレのおねだりをされてコロッと信じるくらい女性慣れしておらず、声をかけてくれた人をすぐに好きになってしまうほどに飢えていた。そこで肉食系のウサギ獣人の女子を紹介したところ、あっという間に幸せそうな温かい家庭を築いて五人の子持ちになり、子育てに追われるようになった。…とても人を恨んでいる暇など無くなってしまったが、子作りする暇は有り余っているらしく、来月には双子が生まれるらしい。


 アストリットが15歳を目前に控えた日の朝、聖女が来ないことが確定した。


 聖女の召喚の儀式は、青い月が白い星に隠れる年の満月の夜にしか行う事ができなかったのだ。次に聖女の召喚ができるのは80年後、もはやその頃には…悲しいことだが、アストリットはずいぶんおばあちゃんになってしまっている可能性が高い。


 山場は越えたと言えた。しかし、何がどう影響しておかしな展開になるかわからない。母親の一件もあった。アストリットは気を抜くことなく、ゲームの中でプレイヤーの攻略対象だった男子との縁を潰していくことにした。


 魔術省トップのトリグヴェには、軟体タコキメラの女子をあてがった。触手ラブの拘束オタクは、あっという間に吸盤付き触手の虜になって所帯を持ち、若くして24匹のミニタコちゃんたちのパパになった。身体中の至る所を締め上げてもらって、つやつやとした肌を晒しながら穏やかに暮らしている。


 獣人王の息子ハルワルドに、モフモフ至上主義のスライム系エルフミックス女子を紹介した。愛する者をかじりたくなる癖は、スライムの持つ無限増殖スキルのおかげで心行くまで堪能できているらしく、少し前に婚約発表をした。


 異世界人のヤスオは、転生ハーレムモノのラノベが大好きなので、牡を種族で共有するタイプの女子とお見合いさせた。日替わりで美女たちとデートを重ねて喜んでいるので、もう間もなく巣に持ち帰られて…一生大切にしてもらえることになりそうだ。


 第一王子ソフスには、今恋人がいる。ゲームの中で愛し合っていた幼馴染のニルスである。ゲームの中ではBLは許さんと王に言われて逆切れし、誤って事故を起こしたのち闇落ちしたのだが、今はとても幸せそうだ。偽装結婚の打診がアストリットの元に届いたので、頭の痛い問題にはなっているのだが。


「あとは、私が、誰かとお付き合いすれば、結婚すれば……、問題解決なんだけど。」


 アストリットは、クソゲー世界の悪役令嬢という運命を乗り越えて…今、まだ誰も知らない、物語の主人公になったのだ。


「…あーあ、誰か素敵な人いないかな!」


 これから、美しく可憐で運命を乗り越える強さを備えたアストリットと、恋に落ちる、誰か。


「…私の事を、ずっと見つめて、ずっと好きだと言って、ずっとそばにいてくれるような、人。」


 …どこにいるのだろうか。


 願わくばこのまま、誰とも恋に落ちずに、愛にあふれた物語を綴っていってほしい。


「…もう、見つかってるの。」


 アストリットが少し頬をピンク色に染めて…空?を、見上げている。


「私…〈ゼンブシッテル〉スキル持ちなんだよ?」


 青い瞳が、見つめて…いるのは?


「ちょっと、ナレーション!その声、聞こえてんのよっ!」



 …。



 ……?!



「あのね!全部丸聞こえ…ナレーションになってない心の声もゼンブシッテルの!私のオムツ替え見ていやらしい事考えてたでしょ?!私のドレスの隙間から谷間が見えてお宝認定したでしょ?!いつも私に見惚れて大喜びしてっ!ずっと黙ってたけど……、全部バレバレなんだからね?!どれだけ恥ずかしい思いをした事かっ!自分のナレーション、初めから全部思い返してごらんなさいよっ!」



 ッ、ちょ…、はい、はい?!



「全部知りたい、見ていたい……気持ちはわかる!!でもね、私はのぞかれるだけの人生じゃなくて…一緒に並んで、一緒に時間を過ごして、一緒にいろんなことを楽しんだりして生きたいのよっ!私だって知らないこと知りたいし、見たいんだからね?!」 



 で、でも、僕はただのナレーションで!登場人物じゃないっていうかっ!



「貴方のスキルはね、〈ナレーション〉なの!私の事をナレーションするのに必死過ぎて気付いてないみたいだけど、貴方も私も、この【アナくれ】の世界の登場人物なのよ!」



 え、ええ?!ぼ、僕が、登場…人物?!



「私が頑張って、必死になって悪役令嬢の役を降りたように!貴方もナレーションに役目を降りたら、いいの!」



 そ、そんな事って…?!



「…いい加減私に告白しなさいって言ってるのよっ!好きなんでしょ?!あたしの事っ!」



 す、好き、好きスキスキスキ好きすぎます、ひゃい!!!



「とりあえず…私の事、抱きしめに来なさいよ!寂しいんだからね?!こう見えてもっ!!誰かさんが見てるだけで、独り言言ってるだけで、ちっともかまってくれないから!!」



 真っ赤になって力説しているアストリット……生ツンデレだ、かわいすぎる、抱きしめていいって言ってる、いいの?!



「聞こえてるんだってばっ!あーも―!早くこっちに来なさい!」



 元悪役令嬢は、この先…僕が!必ず幸せにすると、決めた!


 僕はナレーションの役目を放り出して、愛する人の元に…!



「ご、ごめんね?!えっと、そのう…、あ、アアア、愛しっ、うわあ、かわいすぐる、はぅう…♡生あちゅたんまじカワユス!きゅぅうん♡はう、はぅう♡スキ、スキスキだいちゅき♡」


「思ってる事、全部口にしなくても大丈夫だから!いくらイケメンだからって、あんまり残念過ぎるセリフばかり言ってると…き、キライになっちゃうから気を付けなさいよっ!ちゃんと人間になったんだから…きちんと、その口で!私への、愛をっ!伝えてくれなきゃ、ダメなんだからねっ?!」



「…僕は、この先必ずアストリットを守り続けると心に誓って、そっと桜色の唇に…キスを落とそうと…」




 …ナレーションのくせが抜けない僕を、見上げた…最愛の人は。




 はにかみながら、僕の腕の中で…そっと目を閉じたのだった。

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エロの権化たる私、異世界転生したらまさかのヘンタイ乙女ゲーのデバガメ悪役令嬢?!しかも365日24時間イケボで実況中継されちゃうとか… あ り え な い ん で す け ど ! たかさば @TAKASABA

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