第6話 新生児、慣れる。

「はーい♡アストリット様♡気持ちイイでちゅね~!そろそろねんねのお時間でちゅよぉ~♡」


《沐浴で隅から隅までキレイに汚れを落とされ、柔らかな布でいたるところの水分を吸い取られ、清潔なオムツを丁寧に当てられ、高級なベビー服に身を包んだアストリット。母オースタの乳を心行くまで食み、満腹になったようだ。いつもかわいらしく見開かれている両目のまぶたが下がり、おねむのサインが出ている。》


 ・・・。


 新生児生活も、今日で四週目。

【ゼンブシッテル】によれば、来週で新生児期は終わり、以降は乳児と呼ばれるようになるんだってさ。


 すっかり丸見えおっぴろげ実況にも…慣れたものよ。

 ヘタに体をよじって隠そうとすればするほど注目されて事細かに状況説明されてしまうのだということに気がついてからは、ずいぶん落ち着いたんだよね。


 極力無になり、されるがままの状況で…己の心を冷静に保ち、全てを甘んじて…受け入れる癖が!ばっちり身につきましたとも!!


 いやー、自分で見れない場所の形状までばっちり他人のナレーションで知ることになろうとはね!!!

 自分の動きを別視点から確認できるってそうそうない事じゃない?なかなかこんな経験できないよね!!こんな人生もあるもんなんだね・・・って!!


 受け入れざるを得ない状況、そこまでは納得している!!


 だがなっ!!


 24時間監視実況されてんの、地味にきつい……。゜(゜´Д`゜)゜。ワァーン…


 通常ナレーションにたまに飛び出すハイテンション変態丸出しの本音、その落差に振り回されるのはもちろん、おかしな単語選びの文章やものすごい発想の変態思考にすかさずツッコミを入れても全く気付いてもらえないもどかしさなんかも相まってね?!


 右を向けば右を向いたと実況、服を脱がされれば服が脱げた♡と大はしゃぎ、乳を飲めばいかがわしい発想がダダもれ!!

 他人事として聞いてる分には面白いかもだけど、自分が逐一実況されてるとなれば話は別!!たまに寝てる時や長考してる時は黙り込むけど、それ以外はずーっとエエ声が聞こえてくるわけで……、はっきり言って正直気が休まる時が…ない!!


 さすがにナレーションに慣れてきたこともあって、初めの頃みたいに寝入ってすぐに聞こえてきたエエ声で目が覚めちゃって思わず喚き散らすなんてことはなくなったんだけど、ついつい好奇心旺盛でなんでも知りたい癖がうずいちゃってね?!

 なんていうんだろ、思い通りにいかない脳内会話?自問自答の他人版みたいな、常に頭の中がざわついているとでもいえばいいのか。人の思考にめりめりとねじ込まれる他人の煩悩というか、なんというか。はっきり言ってダメージハンパない、頭の中のデータバンクがパンパンで、なんていうか、裂けちゃいそう……。


《……アストリットは眠るまでに少々の時間を要するタイプだ。天井のあちこちをくまなく見渡し、美しい瞳のその奥の網膜に景色を焼き付け、貪欲に知識を収集している。もしかしたら、将来壁職人になってもいいと考えているのかもしれない……》


 今だって自分の考えを思いっきり脳内に展開して気が付かないようにしているだけで、ボチボチ実況は続いていたりするんだよね……。

 ってか、勝手な妄想で物語をすすめるのやめてくんないかな。誰が壁職人を目指すというんだ……。尻でも生やして喜ぶとでも思ってんのかなあ……。


 失礼を働いているとはつゆしらず、山崎要青年ナレーターは実に気軽にポンポンと声を届けてくる。

 全く持っていけ好かないので、ついついナレーションが聞こえてくるたびに座った目つきで天井を睨み付けてしまう羽目になってしまうのは…仕方ない事だよねえ?!真面目にナレーターに邁進している人は微塵も気が付いてないみたいですけどねえ?!


 私の心の中はナレーターにはわからないので、エロい夢を見たりヤバイ妄想をしたりおかしな想像をしたり、頭の中でさんざんツッコんでも怒り心頭になっても笑い飛ばしてもコケにしても…全くバレないのだけれども!!


 いちいち寝てる間に交換したオムツの枚数や排泄物の形状報告および回数に温度感、母親の乳の張り具合に父親の興奮度、寝静まった屋敷に響くいかがわしい音声の考察にご機嫌伺いに来たおっさんの性癖やほのぼのとした薬師のおばあちゃんのハレンチな歴史、こんなんアストリットあたしの物語に微塵も影響しないだろというようなエピソードをぶち込んできてもうね、ホントおなかいっぱいなんだわ……。


 ナレすけ(スケベなナレーターなのでたまにそう呼んでいる)が深掘りして伝えたいと思った部分はスキル効果で情報がサクッと追加されるため、いらんこと文章が長ったらしくなっちゃって…ホントもうね、うん、すごく……

  ウ  ザ  い  。


 ナレーションに夢中になっていて自分が存在していることに気が付いていないだけまだましなのかも。自分が人間だって気付いたら、たぶん絶対この人いろいろやらかすよねぇ。微妙に自信なくて野望が持てないくせにしっかり欲望は発散させようとして暴走した挙げ句、全部バレてることに気付いて自棄を起こして事実を捏造するような無茶振りナレーションをしてしまう可能性すら…ある!!!


 いろいろと調べた結果、スキル【ナレーション】は現実と密接に関係している事が判明している。


 有言実行という言葉があるけど、わりとそれに近いような感じ。ナレーションされたことは事実になる……、つまり、ナレすけの采配で…現実が変わる可能性があるのだ!!


 ただ、例外というか…はっきりと明言しなければ現実化しないんだよね。物語の面白みを増すような展開に持って行く場合も実現化しないらしいし。ついさっきの壁職人の流れなんかは、文末が予測で終わっているので実現化はしないと思われる。…まあ、私が壁職人になりたいと思ったら実現しちゃうかもだけど。

 尻かぁ…、有り、かも……。


 今は意思疎通ができない状態だから何もできないけど、もしナレすけとコミュニケーションが取れるようになったら、私の運命を変える事もできるかもしれないんだよね。ナレーションではっきり聖女が来なくなったとか、アストリットはごく普通の令嬢として幸せに暮らすことになりましたって明言してもらえたら、私は助かる、はず。


 問題はどうやって伝えて、どうナレーションをしてもらうかって事なんだよ…。


 なんていうか、一方的にのぞき放題してきた事実と全部筒抜け状態だったというショッキングな事実、それを受け入れてもらえるだけの信頼関係が築けていないうちは…絶対に行動を起こすべきでは、ない……。


 下手にショックを受けて、一言この世界は崩壊したなんてナレーションをされたら…その瞬間すべてが終わるもんね……それは、あってはならないパターン……。


《…アストリットの瞼が、ゆっくり閉じる。左手の親指をちゅくちゅくし始めたら、もう、間もなく…夢の世界にダイブする合図なのだ。》


 あれだね…、目の前で自家発電されないだけ、ましなのかもしれないって考えて…、いやまあ、見たいけど……、ぼちぼち、リアル変態を楽しみつつ、様子伺いをしながら…のんびり、いきて・・・いこうか・・・な・・・・・・。


 ・・・・・・ぐう。

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