第5話 新生児、絶叫する。

 ・・・、・・・・・・。



 エーと、ココは・・・どこだ?


 ―――ここは、屋敷の中の、自分の部屋か。



 うーんと、私は・・・どうしたんだっけ?


 ―――妊娠39週5日で無事出生したのか。


 母子ともに健康、安産、アプガースコア9…よくわかんない数値はいいや・・・。とりあえず・・・、状況を確認、ええと・・・。




《あ、アアア!!!アスたんが目、め!!目あけたよぉ!!!かわいい、めっちゃかわいい!!!ハフゥンッ!!ちっちゃいのにちゃんと青色だ、ひぃ!!目、目が合った!!》



 ?!



 ナニこの派手にテンパってる情けない声は・・・って!!!


 ―――ナレーションか。



《このナンセンの地に生れ落ち、初めて目にする景色を興味しんしんで見回している青い瞳の生まれたてほやほやの新生児こそ、この物語の主人公…アストリット・グドブランズドーテル=ナンセンである。》


 そうだ!!

 この声!!

 ナレーション!!!


 ちょっと待って、なんでこんなにテンションが違う感じ?!

 イケボでうっとりするような語り口調と、明らかなテンパりマックスの落差は一体?!


 ―――口から出た言葉が全部ナレーション化しているのか。


 ああ、スキル【ナレーション】は、口に出してこそ私にも共有される…みたいな感じなんだね。

 つまり、考えている事までは私のスキル【ゼンブシッテル】でもわからないってことか。なるほど、考えているという事は現在進行形の事であって…確定していない、実現したわけではないからスキルが認定するには入れないって事なのね。


《ああ、僕のイチオシのアスたん♡小さい指…♡うわぁこんなに小さいのにつめが生えてる♡眉毛も生えてるしよく見るとまつげも…♡赤たんカワイイ♡ふにふにしたい♡スンスンしたい♡》


 どうやらこのナレーション…、ついつい思っていることを口に出してしまうタイプの人間が担当しているらしい。

 めっちゃいい声でさりげなく変態じみた発言するのはちょっとこう、いただけない気が。


 なに、一体どんな人がやってんの??

 おかしな人じゃないでしょうね、まあね、私は多少の変態志向とかスケベづらとか全然気にしませんけど!


 ―――令和の日本から異世界転移してきた、享年27歳の山崎要やまざきかなめ青年か。


 ・・・って!!!

 わりかしかなり…めちゃめちゃ相当イケメンなんですけど?!


 ちょっと鼻の下が長いけど大きめの口にでかくて切れ長の一重まぶた、やや色素の薄い直毛無造作ヘアに見え隠れする太い眉毛に飛び出たのど仏、身長178センチ体重75キロのぼちぼち筋肉質…、趣味は毎朝の軽いジョギングと料理、特技は20年間通った書道の腕前と中学高校と6年続けて黒帯を取った柔道、へえ、自慢の美声を活かして動画配信でVチューバーやってたんだ!!!かなりスレスレラインの発言を楽しみながら大規模販売店接客業の日々のうっぷん晴らしをしていたと、なるほどねえ。リアルな愚痴が哀愁を呼んでおばさま方にかわいがられ、気の弱さゆえの広い心発言が若い層の女性人気を呼び…うっ、けっこうチャンネル登録者数が多い、収益もボチボチある!!!


 なんでまたこんな【アナくれ】世界に来る羽目にって・・・、コアなファンに自宅凸されてもみ合ってるうちに事故でご臨終?!

 おうふ、かなりエグイ殺人現場、キタ――(゜∀゜;)――!!!!!

 非力な女子の本気の殺意、ちょー怖いぃイイイイイ!!!



 か ら の 。



 ……わりと爽やか青年に見えてムッツリだったのね。

 血まみれの本棚には厳重に難しい自己啓発本のカバーがかけられたエロゲがずらり、なにげに化粧道具がそろっているのは…メンズメイクショート動画を上げるつもりだったけど身バレを恐れて実行に移せなかったと。

 かなりの慎重派…いや、失敗を恐れて代り映えしないつまんない現状維持を選んじゃうような臆病者、イケメンなのに自信が持てないヘタレタイプかあ、声をかけられるまで待つスタイルが災いしてまさかの童貞とか実にこう、もったいないっていうか。まあ、私もおかしな箱入り娘が災いして純潔道貫いてるから人の事は言えないな…。


 パリピタイプの強引な友達がいなくて、当たり障りのない優しくて穏やかで真面目な人とばかり広く浅くの付き合いを繰り返してきた結果こうなっちゃったのね。一人でも強気のイケイケ人間がいたらこうはならなかっただろうなあ。ある意味気の毒だ。私がそばにいたらどんどんおだてて全部やらせちゃうんだけどなあ。


 性格はいたって温厚で思いやりのある、一途で優しい人だね。

 思い出を大切にするタイプ…転校する時にクラスメイト全員からもらった手紙の束を見返しては辛い出来事を乗り越えてきた頑張り屋さん、押し入れの中には小学校の時に隣の席の子にもらった手作りチョコレートが厳重にしまい込んであって、モテたことがあるという証拠を残してるあたり几帳面だよね。遠足の集合写真でかわいい女の子と並んでた部分を引き延ばしてラミネート加工した下敷きが…うん、ちょっとこの辺でやめとくか、あんまり根掘り葉掘り黒歴史的な部分を探っても気の毒だし。


 本人だって、まさか私に自分の歴史の全てをのぞかれる前提で生きてきたわけじゃなかろう、そりゃあ見られたくない部分だって相応にあるはずで……。

 まあ、いずれくすぐられた好奇心が疼いて全部のぞいちゃうだろうけど。ま、のぞかれてることに気付いてないんだからいいでしょう!!知らぬが仏ってね♪


《可愛らしいまなざしで部屋中をきょろきょろとみるアストリット。そこに、今日からアストリットにつくことになったメイドのシリエがやってきた。》


「はーい、アストリット様♡あらまあおめざめでちゅか~♡今からオムツを変えて差し上げまちゅからね♡黒緑色のぺたぺたうんち、気持ち悪いでちゅねー、お母様のおっぱいをたくさん飲んだら、ちゃんとさらさらの茶色いうんちになれまちゅからね~♡キレイキレイしたらお母様のぷるんぷるんのおっぱいを頂きに行きまちょーね♡」


 …なに、私黒緑色のうんちしてるの?


 ―――新生児は胎便という黒緑色の臭くないやつをするんだねって…まあいいや。


《上掛けが取り払われ、可愛らしいベビー服に身を包んだ小さくてはかないアストリットの姿が露わになった。》


 わあ…猫耳の生えてる獣人さんだ♡猫…とはちょっと違うような、何の獣人さん?


 ―――三代前に猫獣人のお母さんがいる、先祖返りの人間か。


《すごい、シシャモみたいな足だ♡ハムっぽい線が入ってる♡かじりたい♡ピンク色の偏平足舐めたいくすぐりたいスリスリしたい♡》


「ちょっと寒い寒いだけど、オムツ外しまちゅよー、すーぐ終わりまちゅでちゅよー♡」


 ・・・ぺり、ぺり。


《アストリットのオムツに手をかけ、マジックテープを外していくシリエ。おお、今…アストリットの秘密の部分が露わに!》


 …って!!


 ちょっと待って、もしかしてナニ、ひょっとして、え?!


 コレって、私・・・実況されてる?!


 ―――アストリット・グドブランズドーテル=ナンセンを主人公に構えた物語だからか。


 はい?!

 ちょっと待て…今、なんつった!!


 なんか、今の今まで漠然と【アナタと転生~こんな僕でも愛してくれる?~】の世界のナレーションっていう位置づけで認識してたんだけど、完全に間違えてたパターン?!【アナくれ】世界のナレータじゃなかったってこと?!わ、ワタシ専門の、ナレ、ナレタッ?!

 わ、私個人を主人公にって事は……、私を24時間徹底的に実況中継して!!!

 あんな部分もこんな部分も、あんなシーンもこんなシーンも、全部、全部全部全部全部丸見えのおっぴろげの丸出しのあっぱらぱーの、はい、はい?はい?!


 はぃイイイイイイイイイイ?!


「ぅああああ、あー!!あ、あああ!!」


「あ~ん、アストリット様♡いいお声♡でもねー、激しく動いちゃダメでちゅよー♡奥の方までキレイキレイするから、激しく動くと奥の方に入っちゃいまちゅからねー♡はーい、痛くないでちゅよー、そっと広げまちゅからねー♡はーい、ばっちぃ、ばっちぃ♡」



 生まれたてほやほやの体をひねり、必死になって秘部を隠そうとするも…うう、ああ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!



「あああ!ぉああああ!」



 勘弁、してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!

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