第6話 Deep sleep

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 目の前に、近付いて来る真っ黒な大波。

 黒い城壁のようにも見えるが、それは迫りくるバッファローの群れだ。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。

 この大群を、三分以内に全て鎮圧しなくてはならない。

 それが、今回僕に下されたミッションだ。


 ――非現実的でかなり無謀だが、やるしかないな……


 僕は、ルラキス星のアストゥロ市内にある特別派遣組織〝セーラス〟の派遣執行部所属のエージェントの一員だ。街中で暴れる凶悪化した機械知性体〝アンストロン〟を鎮圧し、市民の平和を守るため、常に戦いの日々を送っている。その職務上、生命の危険にさらされることが非常に多い。負担を少しでも減らせるようにと上層部からの配慮により、バディシステムが採用されていて、僕もその例外に漏れず正式な相方がいる。彼は、少し離れた所で同じような群れと立ち向かっているのだ。


 ――三分で、如何に効率良く仕留めるか……か……


 自分に向かってくるバッファロー型の機械知性体は、闇夜のように真っ黒で強靭な胴体をしている。

 恐らく、体長が約四メートルで、重さが約一トン位はあるだろう。

 それも、一機二機ではない。

 後から何機も続いているのだが、それらが僕達を標的としているのだ。


 ドドドドドドドドドドドドドドドド……


 周囲に響き渡る地響き。

 怒り狂ったような轟音。

 砕け散るような真っ黒な大波が、時速六十キロメートルの速さで攻めて来ている。

 あの特徴とも言える巨大な角――最大角長は二メートルはあるだろう。中々立派なものである――で、ボウリングピンのように突き飛ばされたり、突き刺されたら間違いなく即死だ。

 何としても直撃は避けたい。


 ――さて、どう仕留めるか……


 僕は、亜空間収納から即座に銃器を取り出した。それは、AK47タイプのアサルトライフルに似た形状だ。

 弾倉の中身を確認し、ストックを右肩にあてた。

 目の上を覆っているアイバイザーにも、照準を示す白のマークが点滅している。


 ――目標を射程圏内に捕捉。照準完了


 右手の人差し指に力をぐっと込め、トリガーを一気にひこうとした。


 その瞬間、背中に痛みにも似た強い衝撃が走った。


  ◇◆◇◆◇◆ 


 気が付くと、本部内にある自分の机の上だった。先ほどまで眼前に広がるように攻めて来ていたバッファロー達の姿は、影も形もない。


 (夢……? )


 目の前にはいつも使用しているPCの画面があり、変わらず味気のない文字の羅列で埋め尽くされている。手元にはマグカップが一つ置いてあり、中に入っているコーヒーはすっかり冷え切っていた。

 

 (いつの間に眠っていたのだろうか? 僕としたことが……勤務中なのに……)


 しかも夢の中まで仕事とは、どれだけ仕事中毒なのだろうか。我ながらため息を付きたくもなる。


 しかし、背中に感じる重みは変わらずあった。どこか、温かい。何だろうと思った途端、のどかで盛大ないびきが間近で聞こえてきた。振り返ってみると、針のようにツンツンとした茶髪頭が至近距離で視界に入った。上層部から要請あればいつも共に出向先へと赴く、僕の相棒だ。


 (何だ。君か……タカト……)


 いつもと変わらない光景だが、彼は僕を背もたれかソファと勘違いしているのだろうか? この様子だと、ちょっとやそっとでは起きそうにない。


 〝I don’t remember the dawn of spring春眠暁を覚えず〟とは良く言ったものだが、恐らく、昨日の出向先での疲れがまだとれていないせいだろう。あれは確かに骨の折れるミッションだった。何度か肝を冷やす思いもした。


 これまで常に傍にある温もりを危うく失いかけて、全身から一気に血が抜けてゆく思いをしたことは数しれず……しかし、全ては過去のことだ。今ではない。ならば良いかと思うと、身体中にほぐれるような温もりがゆっくりと流れてゆくのをしみじみと感じる。


 PCの画面に、時計の文字が浮かび上がっているのが見えた。あと三分で午前中の勤務時間は終了だ。


 (早いな。もう昼休みか……)


 普段昼休みは自宅で過ごすことが多いのだが、たまにはここの食堂を利用するのも良いだろう。メニューの種類が豊富な上、値段も比較的にリーズナブルなものだから、食堂内は常に混んでいる。急がないと、席がなくなるかもしれない。


 (……久し振りに彼を誘ってみるか)


 僕は、自分の背中に寄り掛かっている相棒をたたき起こすことに決めた。


 ◇◆◇◆◇◆ 


 ……そんな二人を、少し離れた後ろの方より、ちらちらとのぞき見している女性エージェントが二人いた。二人揃って、三日月目をしている。


「……たたき起こすも何も、さっさとよけちゃえば手っ取り早いのに……」

「全くだ。ディーンのヤツ、優し過ぎるにも程がある。ボウヤを甘やかすのも程々にさせないと、ロクな大人になりゃしない」

「本当にそうよねぇ。でも、二人揃って机で寝ちゃってる図は、もう、微笑ましいやら可笑しいやら……身体中がかゆくなっちゃうわ!」


 ナタリーは、口元に手を添えてくすくす笑い出した。今までこのルーム内の一角だけが常にブリザードが吹きすさぶ、氷に閉ざされたような世界だっただけに、今は嘘のようにのどかだ。多少度が過ぎていても、却っていい塩梅だろう。


「しかし、それにしても眠いよなぁ、ナタリー」

「今年の冬はかなり冷え込んでたから、身体が強張ってるのよ」

「もうすっかり春だよな」

「ええそうね……シアーシャ、私達もお昼食べに行きましょ!」

「そうだね! 近くに新しく出来たお洒落なカフェでもどうだい?」

「良いわね! それじゃあ急がなくちゃ!」


 サムズアップしたシアーシャに微笑み返すナタリー。彼女達の逞しい相棒達は、男だけで何か話したいことでもあるのか、一足先に外に出ていた。たまには、女同士で気楽にランチを囲んでおしゃべりするのも良いだろう。


 セーラス内には、今日も変わらず穏やかな時間が静かに流れていった。


 ――完――

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デュアル・ハンターズ〜外伝〜 蒼河颯人 @hayato_sm

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