修正テープで何でも修正しよう。過去も未来も今も。

 あの修正テープに文字を書かれた日から、あたしは古澤を避けるようになった。


 あいつはあの事故のことを知っている。私があえて友達を作らずギャルを演じ、友達は学校の外にいるから学校にいなくても平気というのをのもバレてる。

 これ以上何かがあいつからバレていく、漏れていくのは何が何でも避けたかった。


 ただ、同じ高校同じ学年で、彼をずっと避けるのも難しくて。

 昼休み、教室から屋上へ食べる場所を変えたあたし。

 一人黙々とお弁当を食べている。

 このお弁当は自分で作ったもの。

 あの事件以降、損害賠償で両親の関係は崩れ、あたしは父親に引き取られた。だから家事炊事は私がやっている。お弁当作成もこなれたもんだ。


 そうやって黙々とお弁当を食べているとき。


「さ、わ、だ、さん」


 後ろからおどろおどろしい声で声をかけられた。

 私に構うのは古澤、いや、古澤さんしかいない。怖くて振り向けない。

 今度は何をバラすんだ……。


「はい、約束の焼きそばパン」


 綺麗な声で、スッと、後ろから焼きそばパンが差し出される。


「あ、ありがと、ゴザイマス」

「探したんだよー、休憩時間はおろか昼休みですら消えちゃうから」

「あ、その、ごめん、なさい」


 恐怖でガッチガチ。古澤さんの顔も見れない。


「あ、あの!」

「びっくりしたぁ! なんだい

「あの、事件をバラすことは、やめて、ください。セックスでも何でも、しますから」


 無言。多分古澤さんの中で取引してるんだろう。


「キスと引き換えかな」

「キス、ですか」

「うん、こっち向いて」


 ギギギ、と出ない力を引きずり出して古澤さんの方を向く。

 古澤さんはいつもと変わらない清々しい顔をしていた。


「一つ、良いですか。沢村弘人、ひーくんが生きているのはほん――」

「それはキスしてからだ」


 そう言われて乱暴にキスをされる。でも、ただ唇を重ねただけでそれ以上のことはしてこなかった。口の中に入れられるのかと思っていたから、それはよかった。


「ふう、ゆーたんとキスしちゃったよ」

「これでバラさないでくれますか?」

「バラすって何を? 俺は事件なんて知らないよ? 知っているのは沢村弘人が生きていること、うちの親に損害賠償が入ってきてること、両親はその金でゴタゴタになり離婚したこと。俺は母親についていったこと」


 え。


「じゃあこのキスは」

「何かに怯えているゆーたんにつけ込んだ詐欺事件だね。あ、これを事件にしてバラそうか。ゆーたんは揺するとチョロいぞーって」


 バシン、と私の手のひらが鳴る。


「バカ!」

「――ごめん、ちょっと遊びすぎたね。でも情報はほとんど出そろってるよ。今日は僕の額に正解が書いてあるんだ、修正テープの上にね。あの事故はどんな事故だった?」

「あれは……私がひーくんを見つけて道路に飛び出して、トラックにひかれそうになった所をひーくんが押し出して身代わりになった事件。五十メートル以上引きずられたって」

「そう、そしてひーくんは病院へ行った。俺はこの後のことも知っている。聞きたい?」


 もちろん聞きたい。でも聞いていいのだろうか。トラックに五十メートルも引きずられたんじゃ生きているわけがない。

 私が逡巡していると。


「――よし、今度は話す代償におっぱい揉もうかな」

「……どうぞ」

「ってことは聞きたいんだね。よーし、って、さすがに揉まないよ。それはカップルになってる人の特権。それで、ひーたんは輸血をたくさんしてね、生き延びたんだよ。生きてるんだ。君の親は知っているよ。損害賠償を僕に払っているからね」


 え、え?


「あんたは古澤ヒロトでしょ? 確かにヒロトだけど」

「そろそろ額の修正テープをみようか」

「そ、そうだね」


 古澤さんの額に長く貼られた大きい修正テープ。

 そこに書かれた文字を読む。


『沢村弘人は古澤弘人となり、今貴女の前にいます。弘人の事件は気にしないで。自分の人生を楽しんでね。こざわゆりより。旧姓、沢村友梨』


「ひ、ひーくんのお母さんじゃん」

「そう、弘人は死んでないぜ。ゆーたんを残して死んでたまるかよ」

「本当にひーくんなの?」

「こっちが聞きたい。本当にゆーたんなの? 日光に行ったよね、県内トップ高といえばここだけど、お父さんはどうしたの?」


 本当だよおおお、と泣き崩れる私。

 お父さんとは離れ、安アパートに暮らしているのだ。いくらお父さんでも賠償金払いながら良いアパートを借りるなんて芸当はできっこない。


「生活費はバイト代で。宇都宮は最低賃金高いから喫茶店の四時間だけでも十分に稼げるんだ」

「そっか。うちは母子家庭でも大きくなる俺にあわせて義手義肢を買い換えないといけないから生活は困窮したんだけど、最近お母さんが貿易会社立ち上げてね、それが軌道に乗ってなんとかなりそうなんだ」

「そっか。会いたかったよひーくぅぅぅぅん! 死んでなくて良かったぁぁぁぁ!!」

「俺も会いたかったよ、ゆーたん!」


 ひとしきり泣きじゃくった後、しっかりとひーくん、ううん。弘人の顔を見つめる。弘人も見つめ返してくる。

 ゆっくりと目を閉じる私。


 弘人の顔が近づいてくる。

 神様、奇跡をありがとう。

 そう思いながら待つ。

 すると――


「修正テープをピーっとな。動くなよ」

「ちょ、キスの場面でしょ!? しないの!?」

「雪菜はキスしてそのまま最後までしたい盛り女ですっと、書けた書けた」

「今すぐ修正しろ馬鹿野郎!!」


 バシン! 乾いた音が空に響き渡る。


 良く晴れた春の日であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

修正テープと私。~引き離された幼馴染みが奇跡の再会を果たすまで~ きつねのなにか @nekononanika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ