第5話 ポルトガル

 5月初め、ともえはポルトガルにやってきていた。レッキ(下見)で、乾いたグラベルに苦労している。日本のグラベルとはまるで違う。まるで氷みたいなグラベルなのだ。尾根沿いの1.5車線分の道を本戦では100km以上のスピードで走る。最高速は150kmを越す。60kmで走っても砂ぼこりが多い。それと、道がかまぼこ状になっている。排水のために道の両側に溝があるのだ。日本ラウンドでは側溝になっているが、ここはスコップで掘られているだけで、これが後に影響することになる。それと、ポルトガルといえば、ジャンプである。ミニジャンプはいくつもあるし、ラストのFAFEの大ジャンプには2万人の観客が詰め寄せる。ポルトガルの最大の見どころである。さすがにレッキではジャンプはしないが、ともえは着地点でクルマを降りて、地盤の確認をしていた。それに昨年までのビデオを見て、どの程度のスピードで走ればいいのかを研究していた。もちろん、コ・ドライバーのトムとも相談している。

 金曜日、監督の田中がともえに話しかけてきた。

「ここはパンク対策で決まる。無理をするとパンクにあう。できる限り、タイヤ温存でいけ。ともえはそれができると思っている。他のチームは4~5本のスペアタイヤを積んでいるが、ともえは2本でいく。その分、車重が軽くなるから優位にたつはずだ。それに道ならしは上位のマシンがやってくれる。自分を信じて走れ」

「タイヤ2本を使いきったら?」

「もちろんデイリタイヤだ。それでアウトだな」

「運も必要ということね」

「それもある。でも、ともえの一番の良さは目の良さだ。道を広く使うとパンクしやすい。ともえの目の良さでラインを見極めろ」

「がんばるけど、コーナーでドリフトしている時に大きな石があったらアウトだね」

「まぁ、それも運だな。ところで大ジャンプはどうする?」

「慣れてないからね。姿勢よく飛ぶわ」

「ということはチャレンジなしか?」

「今のところはね。でも、その場になったらわからないわよ」

「おいおい、脅かすなよ。くれぐれも無理はするなよ」


 金曜日ラウンド、ともえは無理をしない走りに徹した。コーナーでもなるべくドリフトせずにグリップ走法にこころがけた。ただ積載スペアタイヤが少ない分、立ち上がりスピードは他のマシンより速い。それでタイムは結果的にWRC2クラスの4位のポジションにいた。総合では12位である。

 土曜日ラウンド。今日も天候はいい。その分砂ぼこりが激しい。皆、無理をしているのだろう。アクシデントが続出だ。道の両脇の壁にヒットしてスピン続出である。SS11でトップを走っていたロバンペロが横転。道脇の溝にタイヤを落としてしまって、道路左側の樹木にぶつかり、横になってしまった。それ以上にひどかったのは、そこを通り過ぎたところで、WRC2のトップにいたオルベルグが左の壁にぶつかり、きりもみ状態で転倒。マシンは大破してしまった。ドライバー2人が無事なのが不思議なくらいの損傷だ。そして次のSS12、ここで勝山が壁にリアをぶつけ、マシントラブルをさそった。T社2台がデイリタイヤとなり、ともえは総合9位にあがった。

 日曜日ラウンド。午前中は霧であった。SS20の有名な大ジャンプFAFEでは霧がかかっている。中にはライトをつけて走っているマシンもいる。ともえも無理はせずライトをつけ、スピードをセーブして大ジャンプにのぞんだ。他のマシンも似たようなものだ。順位は変わらず。

 SS22,最終パワーステージ。11.8kmの距離を走る。一部ターマックの場所があるが、ほとんどは砂ぼこりが激しい尾根道のグラベルである。SS20と全く同じだが、今回は見通しがいい。ともえのライバルは8位のC社ラッセルと10位H社のリーだ。タイム差はどちらも2秒。パワーステージでがんばれば8位に上がれるし、落ちれば10位になる。ふんばりどころのステージとなった。

 H社リーがスタートする。なかなかいい走りをして、7分をきりWRC2のトップタイムをとった。その時、ともえは中間は走っていた。ターマック区間からグラベル区間に入る右カーブをうまくドリフトさせて抜ける。ここにも大勢の観客がいる。腕の見せ所の場所である。そして、最後の大ジャンプ。コ・ドライバーのトムが

「GO!」(行けー!)

 と叫んでいる。ともえもそのつもりで、アクセルをふんだ。ジャンプで空を飛ぶ感覚を感じた。着地も無事成功。そしてすぐにフィニッシュ。H社のリーに勝った。次のC社ラッセルの到着を待つ。2秒以内の差なら負ける。胸がドキドキしている。8位に入れれば、スェーデンの7位に続いての好結果である。手ごたえとしては今回の方がある。

 ラッセルのタイムはともえの3秒落ちだった。ターマック区間からグラベル区間に入る時にスピンしたらしい。ともえはトムとハイタッチをかわして喜びを分かちあった。WRC2のトップはC社のグリヤーニである。堅実な走りをして、いつも上位に入っている。

 総合トップはスポット参戦のオージー。前回のクロアチアに続いての優勝だ。すでにレジェンドとなっている彼は先日、大統領から勲章をもらったばかりである。2位はH社のヤナック。今シーズンからH社に復帰し、やっと本領発揮というところだ。3位にはH社のヌーベル。ランキングトップに立った。マニファクチャーランキングでもH社がT社を抜いた。T社にとっては次回のイタリアが正念場だ。

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WRC2に女性ドライバー登場 飛鳥 竜二 @taryuji

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